第22話 依頼
「ゼイン、少しいいか?」
「まあ、いいけど」
レイムはゼインの隣に座る。
「単刀直入に言うと、スオナと共に村人達が意識不明になった原因を特定してほしい」
予想はしていたが、やはりその話か。
「嫌だよ」
「何故?」
「これ以上の面倒ごとはご免だ。俺は魔物の素材の実験とか調合が好きなだけで治癒師でもない。専門家に任せるのがいいんじゃないか?」
「そうだろうか?今日、ゼインとスオナが話している様子を見ていたが、とても息が合っているように見えた」
見ていたのか。
スオナには知識も経験もある。俺がいなくても原因を突き止めることは難しくないだろう。
「…気のせいだよ。俺を説得しようとしても無駄だ。俺達は明日村を出ていく」
「ログくんは明日も手伝ってくれると言っていたぞ?」
「勝手に言ってるだけだ。俺が行くと言えば、ついてくるよ」
「うーん、困ったな」
そうは言いつつも、レイムはあまり深刻に捉えていないように感じる。
どうもこの男は何を考えているのか掴めない。
すると、何かを思いついたのか、レイムは右手で左の掌をポンッと叩く。
「そうだ。もし原因を突き止めて、村人達を治してくれたら、君の望む物をあげよう」
「…本気で言ってるのか?」
「もちろんだ。余程の物でなければ、俺の持てる力で必ず君に渡そう」
この俺を物で釣れると思われていたとは心外だ。
どうせ子どもだとみて、大した物は要求されないと思っているのだろう。
それならレイムが用意できない物を要求してやろう。
用意できない物だと分かれば、レイムも諦めるはずだ。
「…ヤタガラス。ヤタガラスの素材が欲しい」
「ヤタガラス?」
「百年前に絶滅したとされる魔物だ。どうだ?あんたに用意できるか?」
無理に決まっている。
ヤタガラスは脚が三本に三つ目の黒い鳥で、子どもの頃ノルシにもらった古い本に載っていた魔物だ。
ヤタガラスなんて魔物の存在すら、レイムは知らないだろう。
「ああ、それなら城の保管庫にあった気がするな」
「…は?」
「確か見た覚えがある。脚が三本ある魔物じゃないか?」
合っている。でまかせを言っているわけじゃない。
本当にレイムはヤタガラスのことを知っているんだ。
目を輝かせ、レイムに詰め寄るゼイン。
「そ、それだ!本当にくれるのか?」
「もちろんだ。これで交渉成立だな」
ヤタガラスが手に入る。この機会を逃せば二度と手に入らないかもしれない。
必ず原因を突き止めてみせる。そのためなら何だってやってやる。
◆
ログは自然と目を覚ます。
まだ日が昇ってから間もないようだ。
昨日は早めに寝たこともあり、随分身体もスッキリしている。
傍に寝ているのはシリルだけで、ゼインの姿が見当たらなかった。
ゼインを探しに行こうと立ち上がる。シリルも欠伸をしながらついてきた。
「こっちからゼインの匂いがするニャ」
シリルの言った方向に向かうと、家の中で何かを探すように棚を探るゼインがいた。
「ゼイン、何してるの?」
「泥棒してるニャ?」
「違うよ。何か村の人達に共通点がないかと思って」
扉をノックする音が聞こえてくる。
振り返ると、スオナが姿勢よく立っていた。
「ゼインが今回の原因特定に一役買ってくれるとレイム様から聞きました。これからよろしくお願いします」
スオナは丁寧にお辞儀をすると、レイムが村を発つときのことを思い出す。
「スオナ、ゼインを手伝いに頼んだ。彼と協力して村人達を救ってやってくれ」
「レイム様。お言葉ですが、私一人でもレイム様の期待に応えてみせます」
「もちろんスオナは一人でもやり遂げるだろうが、ゼインと行動を共にすれば、君のためにもなると私は思っている」
あんな子どもが私のためになるとは到底思えなかったが、レイムの意向を無視することはできない。
「…承知しました」
「ではな、スオナ。任せたぞ」
「はっ!」
横に並ぶ兵士らと共に敬礼をして、レイムを見送った。
スオナは頭を上げる。
こんな子どもと協力するくらいなら、自分で原因を特定する方が早いに決まってるのに。
レイム様は一体何をお考えなのか。
「村の人達の様子はどうですか?」
「まだ誰も目を覚ましていません」
ゼインはスオナから予想通りの回答を受ける。
やはり正しく対処しない限り、彼らは目を覚まさない。それに、これ以上眠ったままだと栄養失調になる可能性がある。
これは早急に原因を究明しなければならない。
ゼインは床に落ちたコップを拾い上げて机に戻す。
家の外へ出ると、まだ眠ったままの村人を見つめる。
「昨日の夜、村の人達の身体を調べたけど、やっぱり全員目立った症状はありませんでした。それから家の中も調べましたけど、食中毒を起こすような食べ物はありませんでした」
「…まさかずっと調べていたんですか?」
ゼインが不眠不休で調べていたことに驚くスオナ。
「当たり前ですよ!ヤタガラスのため…じゃなくて村人を早く助けるために出来ることはやらないと!」
そこまでして村人のために尽くすゼインの姿勢に目を見張るスオナ。
ログ達はゼインの本音を見抜き、ジッと横目で見る。
二人の視線を気に留めることなく、話を切り出すゼイン。
「調べていて一つ気になることがありました。村の周りを調べに行きたいです」
スオナは兵士の一人に声を掛け、村人達を世話を任せる。
ログは辺りを見渡す。
「レイム様はもう村を出たのですか?」
「はい、早朝に。大切なお身体に何かあるといけませんので」
「身体に?レイム様に何かあったんですか?」
そういえばログには感染症である可能性について伝えていなかった。
村の外へと向かいながら、スオナが要点をまとめてログに事情を話した。
自分達も感染するかもしれないと知り、怯えたような表情を浮かべる。
「もしかして僕達も…?」
「可能性はあります。感染していたら、我々もいつ発症するか分かりません」
「ログは村に戻っていてもいいぞ」
「…いや、僕も最後まで手伝うよ」
村の端まで辿り着くと、その境界に沿って歩く。
村の周りは長草が生い茂っているが、その中に草が刈り取られた道を見つける。
普段、村人達はここを通って外へ出ているのだろう。
ゼインはそのまま道に沿って進む。ログとスオナもその後に続いた。
「そういえばスオナさんは治癒師なんですよね?」
ログが尋ねる。
その頭上にはシリルが眠そうに乗っかっていた。
「そうですよ」
「治癒師っていつもこんな大変なことしてるんですか?」
「いえ、普段は魔物との討伐で怪我をした兵士の治療がほとんどです。今回のようなこともあまりないですね」
ログとの会話を聞きながら、治癒師の仕事に少し興味を持つゼイン。
スオナを少し苦手と感じているだけに二人の会話に入ろうか悩んでいると、シリルと目が合った。
バカにしたようにフッと笑うシリル。
「あ、あの、スオナさんは何か治癒スキルを持っているんですか?」
思わず声が上擦ったゼイン。恥ずかしさで顔が熱くなる。
スオナは不思議そうにゼインを見た後、そのまま質問に答える。
「…いえ、私はスキルを持っていません。治癒師の中にも治癒スキルを持っている人はほとんどいません」
「じゃ、じゃあ、どうやって治療を?」
「配合書に従って薬を作って、それを患者に合わせて処方しています」
スキルがなくても薬を作れるのか。
てっきりスキルの力で治療をしているのかと思っていた。
大人数の患者を相手にするなら、スキルに頼らず薬を作れる方が都合が良いのだろう。
「大変そうですね」
「でも、自分が選んだ道ですから。私は助けていただいたこの命を、レイム様のお役に立てるように尽力するだけです」
「レイム様に助けてもらったことがあるんですか?」
「ええ、幼い頃、魔物に襲われたとき助けていただきました」
ログはスオナに積極的に話し掛けているなと感じる。
女性でありながら第一線で活躍してるスオナを見て刺激を受けたのかもしれない。
ゼインは目当ての物を見つけると足を止める。
「あった」
三人の目の前には大きな湖が広がっていた。




