第21話 判断
「スオナ!」
「はい!」
レイムが荷台から降りたと同時に、オレンジがかった髪を後ろで結んだ女騎士も動き出した。
倒れた人々に駆け寄ると、他の兵士にも指示を出しながら、村人達の容態を確認し始める。
処置の仕草からして、彼女は騎士ではなく治癒師のようだ。
兵士によると道行く人達だけではなく、家の中でも倒れている人がいたらしい。
スオナは報告にくる兵士にも細かく指示を出していた。
相当場慣れしていると、すぐに分かった。
荷台にはゼインとログだけになった。
「僕らも手伝う?」
「いや、あいつらに任せればいいだろ。俺らは騎士団じゃないし」
「そう、だけど…」
「ログはお人好しすぎる。そんなんだと、いつか痛い目見るぞ」
「でも、やっぱり僕はやらなかったことを後で後悔したくないから」
ログはスオナのもとへ駆け寄ると、彼女の指示を受け、他に倒れた人がいないか確認しに行ったようだ。
ゼインは腰掛けたままじっと座る。
「ゼインは行かないニャ?」
「言ったろ。俺は騎士団じゃないし、専門家でもない」
「手伝うことに何か肩書きがいるのニャ?ゼインは研究が好きじゃニャいの?」
「なんだよ、急に」
「自分だけの世界に閉じこもっても良くニャい。違う世界にしかニャい物もあると思うニャ」
ゼインは舌打ちをすると重い腰を上げた。
「魔物のくせに生意気言いやがって」
シリルはスオナのもとへ向かうゼインを見つめながら、尻尾をゆらりと揺り動かす。
「まだまだ青いニャあ」
スオナは倒れている女性の瞳孔や呼吸、身体の状態を細かく確認していた。
ゼインは彼女の傍に腰を落とすと、大きく息を吸って言葉を吐き出した。
「あの、何か手伝います。多少薬の知識があるので、役に立てるかもしれません」
スオナはゼインを一瞥する。
「気持ちはありがたいですが、もう大丈夫です。兵をそれぞれ向かわせましたし。皆、意識不明の状態のようですが、目立った症状もないので、ひとまず安静にして様子を見ます」
端的に話すスオナはどこか冷たく感じた。邪魔をするなと言いたげだ。
だが、ゼインは彼女に構わず、倒れている女性の身体を確認するが、視認できる症状はなさそうだ。
他に考えられる可能性は…。
「食中毒の可能性はないですか?」
「いえ、そのような所見もありませんでした」
「何かのスキルのせいとかは?」
「可能性はありますが、こんな小さな村でスキルを使う理由がないかと」
この村はどちらかというと全体的に古めかしく、貴重な物があるようにはみえない。
確かにこんな場所でスキルを使う可能性は低いか。
「レーヴィットという魔物が振りまく粉を吸うと意識を失いますが、症状として表れる痙攣もありませんし」
初めて聞く話だ。そういう魔物もいるのか。
だが、魔物の線は低いだろう。
村人達の服は全く乱れていないし、食い荒らされた様子もない。
「感染症の可能性はないですか?」
「…その可能性はありますね」
「でも、感染症なら高熱だったり、咳が出たりするらしいですが…」
ゼインは女性の額に手を置くが、高熱を発しているわけではなかった。
「熱もないか…」
感染症の可能性は見落としていた。
知識があると言うだけあって、多少は知見があるようだ。
だが、所詮はレイム様に敬意も表さない世間知らずの子どもだ。現場を知っている私に比べればまだ劣る。
スオナは兵士の一人に布で口を覆うように指示を出し、殿下には患者には近づかないように伝令を頼んだ。
ゼインはその間に他に思いあたる症状をもとに横たわる女性の身体を観察するも、確信を持てるような診断はできなかった。
この状態で薬を与えるのはリスクが大きい。やはり暫く様子を見るしかなさそうだった。
村の住民はかなり少なく、全員合わせても二十人ほどしかいなかった。
テントを張り、そこに村人達を寝かせる。
しかし、暫く待っても誰も目を覚まさなかったので、今日はこの村で一晩過ごすことになった。
状況報告のため、広場でレイムを中心に主要なメンバーが集まる。
ゼインも招集されたので、その輪に加わった。
「状況はどうだ?」
レイムがスオナに尋ねる。
「まだ誰も目を覚ましていません。脱水させないように水を少しずつ飲ませてはいます」
「原因を特定するのは難しそうか?」
「…はい、現状では難しいです」
「困ったな。どうするか…。キーソン、伝令は送っているな?」
「はい、そろそろ結果が分かるかと」
すると、空間を割くように勢いよく男が飛び出てきた。
「ババーン!!呼ばれて飛び出て、いざ来たれ!情報屋のヒロトだよ!」
し、心臓に悪い。
突然現れた男に目を丸くするゼイン。
上半身が宙に浮いており、下半身から先は異空間に残っているのか見えなかった。
以前、ミナリが持っていた指輪で通信していたときと同じようなスキルだろうか。
しかし、あのときとは違い、確実に男の実体がそこにあった。
「来たか。情報屋、どうだった?」
レイムが落ち着いて答える。
ゼイン以外に彼の登場を驚いていないところを見ると、元々この男と顔見知りなのだろう。
「うーん、他の場所を見て回ったけど、意識不明者が出てるのはこの村の他に二つ。メイザードの方も同じように倒れてる人いたよ。でも、安心して!騎士団が手当てをしてたよ」
「そうか、手間を掛けた」
話の内容からして空間と空間を移動できるようなスキルなのか。
情報屋を生業にしているのは合点がいく。このスキルならあらゆる所に忍び込める。
しかし、この男はどうにも軽薄な印象を受ける。このまま鵜呑みにしていいのか疑問に感じる。
もしかしたらもっと広範囲で起きていることかもしれないし、逆にこの村でしか起きていないのかもしれない。
どちらであるかで対応も変わってくるだろう。
「こいつの言うことは信じて大丈夫なのか?」
ゼインの指摘にヒロトはわざとらしく頬を膨らませる。
「ひどいなー、トラストミーだよ!」
「トラストミー?」
「僕を信じてってことだよ!」
「胡散臭いやつだが、その情報だけは確かだ」
「そうそう!ってレイムさん、胡散臭いはヒドいなー。あ、ちなみに魔獣ベオロクを倒したゼインくんとログウェルくんのことも知ってるよ」
糸目の中から小さな瞳がゼインを捉える。
俺達のことまで知っているのか。驚いた。
情報屋を名乗っているだけはありそうだ。
「これで信じてもらえたかな?」
「…ああ」
「情報屋、また進展があれば伝令を頼む」
「オッケー!じゃ、そのときのお金は別料金だから、よろしくね!じゃあ、バイバーイ☆」
空間の割れ目が閉じると、同時に情報屋の姿も消えた。
騒がしい男がいなくなると静寂がより際立った。
レイムは腕を組みながら唸る。
「他でも起きているのか、どうするか…」
「まず原因を突き止めることを優先にすべきかと。万が一、感染症によるものだったら、殿下の身体に障ります。どうか先に王都へお戻りください」
スオナがレイムに提言する。
「彼らも大事な民だ。彼らを置いて戻るなど俺にはできない」
「レイム様、時期が時期です。どうか、ご自身のお立場をお考えください」
キーソンが説くように話す。
レイムは唇を強く噛んだ後、ゆっくりと息を吐くレイム。
「…分かった。明日の朝、盗賊達を連れて、王都へ戻る」
スオナ達は引き続き住民達の容態を見つつ、原因を特定するよう指令を受けて、その場は解散になった。
ログとシリルは眠いと言うので、騎士団が持っていた布を借りて先に寝ていた。
ゼインは一人、地面に座って夜空を見上げていた。ここは星がよく見える。
それにしても面倒なことに巻き込まれたものだ。
シリルの研究をしようにも、こんなに人がいたら集中してスキルを使えない。
あの調子だとログはここを離れようとしないだろう。
「ゼイン、少しいいか?」
ログをどう説得しようかと考えていると、レイムがゼインに声を掛ける。




