第16話 罰 (2)
「痛っ!」
目を開けると、地面が視界に入る。
生きてる?
首に掛けられた縄が切られていた。
見上げると、絞首台に立つゼインの姿があった。
「村長!あいつがログを唆した奴だ!」
ゼインを指差しながら叫ぶブレイジス。
「なんじゃと!あの子どもを捕らえろ!」
絞首台の周りにいた見張りがゼインを捕らえようと迫るが、ゼインはあっという間に斬り倒す。
流れ出た血を見て、観衆は悲鳴を上げながら逃げ惑う。
「ノートン村のログはたった今死んだ。その抜け殻は俺が貰う」
絞首台から村長を見下ろしながらゼインは言った。
「何を言うか!そいつは大罪人じゃ!」
「大罪人?子どもを魔物に食わせてる奴のがよっぽど大罪人だろ」
「何も知らない子どもが出しゃばりおって!奴を早く捕まえるんじゃ!」
ブレイジスがゼインを捕まえようと剣を抜く。
だが、動きが素人だと一目で分かった。
今までの強敵達に比べたら生ぬるい。
ゼインはブレイジスの剣を難なく躱すと、その腹を躊躇いなく斬った。
ゼインはジャルトンに血に濡れた剣を向ける。
「まだ続けるのか?」
「ひっ…!」
ジャルトンの臣下はもういない。
村民達は遠くからこちらの様子を窺っているようだ。
ゼインは絞首台から飛び降りると、村の外に向かって走り出す。
「ログ!走れ!」
ログは急いで立ち上がり、ゼインの後を追う。
途中で振り返ると、微笑むアリシアの姿が見えた気がした。
どれだけ走っただろうか。村からかなり離れた気がする。
喉の奥からは血の味がした。
川を渡ったところで、ようやくゼインは足を止めた。
追ってくる人影もないようだ。
川の水を飲み、ようやく一息つく。
「ゼイン、どうして僕を助けたの?」
「お前のスキルは使えるからな」
両親や村長達の顔が脳裏に蘇る。
いつかゼインにも見放されるかもしれない。
そんな恐怖が心の中で渦巻く。
「でも、僕なんて…いない方が…」
「死ぬはずだったお前を助けたのは俺だ。どうせ死ぬなら俺のために死ね」
強くて乱暴なゼインの言葉に、僕のちっぽけな考えなんか軽く吹き飛ばされた。
そうだ。
村から追われた今、僕はもうこの人についていかないと生きていけない。
どうせさっき終わる命だったのだ。
生かされたこの命は彼のために尽くすべきなのかもしれない。
「…分かった」
頷いたログは意思を固めたように見えた。
ゼインはポーチからノートを取り出す。
「よし。まず俺が記録した図鑑を全て覚えてもらう」
ノートの中身は魔物や植物の記録だった。
凄い。
こんなに細かく記しているのか。
ゼインが腰につけている瓶の中身が動いたような気がした。
じっと見ていると、にゅるんと瓶の中で動いていた。
「ゼイン…瓶の中のやつが動いてるけど…」
「ああ、これか。ベオロクの体の一部だからな。元の体に戻ろうと動き回ってるんだよ」
「ベ、ベオロク様の体を持ってきたの!?」
「ああ、ポーチを取り戻したときに取りに行ったんだ。瓶があれば保管できるからな」
なんて不敬な…。
いや、もう死んでたからいいのか?
そもそもベオロク様を倒したことに僕も加担している訳だし…。
「お前はノートン村の人間じゃないんだから、もう気にすんな」
「う、うん…」
そうだ。
もう考えないことにしよう。
その方がいい。
自らに何度も言い聞かせるログ。
「それにしてもベオロクの素材取りに行く前に、ログが処刑されてなくて良かったよ」
ベオロク様の素材と僕を天秤にかけて、ベオロク様の体をとったのか。
「人でなし!」
「仕方ないだろ!あのときは警備も手薄だったんだから。ベオロクの死体をどこかにでも運ばれたら、素材を取れなくなるんだし」
ついていこうと決めた人間違えたかなと後悔し始めるログ。
「そうだ。ログ、そこに座れ」
「え、な、何するの?」
まさか自分も研究材料にされるのかと身構えるログ。
「何を身構えてるんだよ。髪を切るだけだよ。そんなに長いと、肝心なときに髪で視界が塞がるだろ」
「あ、でも髪は!」
「ワガママ言わず切れ!」
ゼインは小刀でログの前髪を切り揃える。くせっ毛なので、分かりづらいが不揃いになっている後ろ髪も整えていく。
セイラの髪もこうして切っていたことを思い出す。
ほんの少し前なのに、遠い昔のことのようだ。
「だいぶスッキリしたな」
開けた視界にゼインが映る。
満月に照らされたゼインは優しく笑ってログを見ていた。
「お、落ち着かない…」
「そのうち慣れるだろ」
すると、ゼインは突然上着を脱ぎ始める。
「え!?」
「追手もきてないし、今のうちに水浴びも済ませておくぞ。次いつ川があるか分からないし」
「いや、僕はいいよ。そんなに汗かいてないし」
「何言ってんだよ。ここまで走ったんだから汗かいてるだろ」
ログの服を脱がそうとするが、やたら抵抗してくる。
「何、恥ずかしがってんだよ」
ログの胸に手が当たる。
?
何だ、この感触は。
もう一度触れる。柔らかい何かがそこにあった。
頬を染めるログ。
「まさか、お前、女なのかー!?」