第15話 罰 (1)
地底湖から上がろうとしたとき、ログが手を差し出してきた。
ゼインはその手を取り、地上にあがると、水を含んだ服を絞る。
「ログのスキルのおかげで助かった」
「…役に立てて良かった」
ログは動かなくなったベオロクを見て、青ざめ始める。
「あ、あの、ベオロク様死んでないよね?」
「え、殺したけど?」
「気絶してるだけだよね?」
「いや、死んでるけど」
呆然とするログ。
行ったことの重大さを今さら理解したようだ。
「ど、ど、どうしよう…」
「なるようになるだろ、ほら行くぞ」
ゼインとログは地底湖を離れる。
出口を抜けた先で、冷えた身体を太陽光が暖かく迎え入れてくれた。
ゼイン達の行く手を阻むように村人達が集まっていた。
ブレイジスが呼んだのだろう。二十人はいそうだ。
ややこしくなる前に立ち去った方がいい。
ゼインはログの背中を押す。
「わっ!」
転びそうになったログを盾にゼインは森の方へ向かう。
「逃げたぞ!追え!」
ブレイジスの号令のもと、三人追いかけてきたが問題ない。
こちとら昔から森を庭のように駆け巡ってきたのだ。
ゼインは木の枝に飛び乗ると、木から木へ移動する。
◆
村人の中に両親の姿があった。
久しぶりに会えたことに嬉しさが溢れる。
「パパ!ママ!」
両親のもとに走り寄ると、母はログを突き飛ばす。
「こっちに来ないで!」
そう冷たく言い放つ母。
彼女から優しい母の面影は消えていた。
「何のためにあなたを育てたと思ってるの!?毎日毎日泣いてばかりのあなたを慰めてきたのに…こんなことになるなんて!」
「全くだ!この日を何年待ったと思ってるんだ!金まで出して、ようやく候補者に選んでもらったんだぞ!」
「だ、だって、試練なんか受からなくていいって、また三人で暮らしたいって…」
ログは絞り出すような震えた声で言った。
「そんなの守護者に選ばれてもらうために言ったに決まってるだろ!」
「守護者に選ばれてさえくれていれば、良い暮らしができたのに!守護者にならないなら、こんな子どもいらなかった!」
崖から突き落とされたような衝撃が脳天に突き刺さる。
怒りに満ちた両親からの言葉にログの心は打ち砕かれた。
本当に悲しいときは涙なんて出ないんだ。
両親は僕のことなんて見てなかった。
僕じゃなくても良かったんだ。
守護者に選ばれさえすれば誰でも良かったんだ。
僕は…愛されてなんかいなかった。
「ログ」
村長であるジャルトンが一歩前に出る。
いつもの優しい笑顔はなく、厳しい表情を浮かべていた。
「何をしたか分かっておるな?」
ログはうなだれ、受け答えができる状態ではなかった。
「ログを連れて行け」
ジャルトンがブレイジスに命じた。
放心状態のログの手首を縛り、軽々と持ち上げた。
◆
追手の声が聞こえなくなったので、樹上の枝に立ち止まるゼイン。
一旦ここで身を隠すか。
落ち着いてから、雷魔剣とポーチを探しに行かないと。
木の幹にもたれかかり、目を瞑る。
すると、下の方から慌ただしい声が聞こえてきた。
「ログがベオロク様を殺したらしい」
ここはノートン村までの通り道に近い場所だったようだ。
だが、音を立てなければ居場所が気づかれることはないだろう。
ゼインはそのまま村の女達の会話に耳を澄ました。
「もう一人子どもがいたらしいが、どこかに逃げたんだって」
「ログはどうなるんだ?」
「これから処刑されるらしいよ」
「気の毒に…」
「何言ってんのさ。守り神を殺したんだよ。当然のことさ。これから村がどうなるか分かんかいよ。村から出ることも考えないと…」
女達は村の方へと歩いていった。
ゼインは目を開け、揺れ動く葉を眺める。
ログのことだ。罰をそのまま受け入れるのだろう。
ベオロクと対峙したときから、こうなることは薄々感じていた。
神として祀られている魔物を倒せば、相応の処罰が科されるのは当然だ。
ほんの七日一緒に過ごしただけだ。
危険を冒してまで助けに行く必要はない。
あいつはそういう運命だったんだ。
それにログの処刑が行われるなら、人はそちらに集まるはずだ。
手荷物を探すにはちょうどいいか。
ゼインは周りに誰もいないことを確認すると、村の方まで移動する。
村にある小屋の窓を順に覗いていく。
五軒目で物置小屋を見つける。そこには雷魔剣とポーチが置かれていた。中は無人のようだ。
しかも運が良いことに窓は施錠されていなかった。
音を立てないように中に忍び込む。
ポーチの中身は全て無事だった。テオスの欠片もある。
「おい!」
ゼインはビクッと身体を震わせる。
忍び込んだのがバレたか。
雷魔剣に手を掛けたとき、男の声が続く。
「処刑が始まるぞ!急げ!」
「分かってるよ!」
男達はゼインに気づくことなく走り去って行った。どうやら村の中央に向かったようだ。
ゼインはこの隙に小屋から出ると、男達とは反対方向に走った。
夜空が村を包み込む頃、中央広場では組まれた薪に火が点けられる。
焚き火の前に絞首台が設置され、そこにログが一人立っていた。
村中の人々からの憎悪を全身に浴びる。
「皆の者、我がノートン村の歴史上で最大の禁忌が侵された。ベオロク様へのせめてもの弔いとして、かの者の命を差し出すこととする」
ログの首に縄が掛けられる。
観衆の中に両親の憎しみに満ちた表情を見つけると、思わず目を逸らした。
彼らに見放されたログに、生きる気力はもうなかった。
巻き込まれたゼインが無事に逃げれているといいな。
そう心の中で祈り、ログは台から足を踏み外した。