第10話 捕縛
静かな森の中。大きな岩陰の下。
木の葉を揺れ動かしながら、緩やかな風が流れる。
しかし、その葉のざわめきも風の揺らぎもゼインは感じていなかった。
その手に伝わってくる情報のみを拾いながら、調合する素材の割合に神経をすり減らした。
出来上がった粉末を確認する。
まずまずの成果だ。
ゼインはルート達と別れてから、三日三晩徹夜で実験を繰り返していた。
リザードの素材を初めて手に入れたことで興奮していたのもある。
それに、この辺りは魔物が全くおらず、実験に集中できる環境だったのも大きかった。
ようやく実験にひと区切りついたので、ゼインは一度休むことにした。
目を閉じると、あっという間に深い眠りについた。
熟睡するゼインを見つけた男が、もう一人の男に声を掛ける。
「ブレイジス、こんな所に子どもがいるぞ」
「何?」
ブレイジスは眠りこけているゼインを見ながら、にやりと笑う。
「年の頃もちょうどいいし、試練にいいな」
「候補者を勝手に増やしていいのか?」
「大丈夫さ。後で村長には話しておく。こいつは外の人間だし、都合が良いだろう」
「それもそうだな」
◆
「痛っ!」
全身に響く衝撃で目を覚ます。
何故か手足が縛られている。
目の前に立つ男がにやけながら言った。
「ログ、そいつに説明しておいてくれ」
閉められた扉から、ガチャリと音がした。鍵を掛けられたようだ。
何が起きた?
森の中で寝ていたはずなのに。
見渡すと、充分な広さのある小屋の中にいるようだ。
窓は全て鉄格子で覆われている。
部屋の中央には机、二脚の椅子があった。
その椅子には一人の少年が座っていた。
ボサッとした髪で目元が隠れているが、ゼインより幼く感じた。
「おい!早くこれを解いてくれ!」
「あ、うんっ」
少年は慌ててゼインの縄を解いた。
「ったく、何なんだ、あのおっさん」
ようやく自由になった手で、痛めた手首をさする。
よく見ると、雷魔剣もポーチも全てなくなっていた。
あの男がここに連れてくるときに取り上げたのか。
この場所がどこかも分からないし、実験をしていたあの場所にはもう戻れない。
貴重な素材だから、もっと色々試したかったのに。最悪だ。
「だ、大丈夫…?」
「大丈夫なわけあるか!せっかく良い気持ちで眠ってたのに、最悪な目覚めだっての!」
「ご、ごめん」
少年はゼインの物言いに申し訳なさそうに謝る。
八つ当たりを真に受ける少年にゼインは気まずさを覚えた。
「なんでお前が謝るんだよ」
見たところ、この少年以外には誰も小屋にいないようだ。
少年に文句を言ったところで、あの男には届かない。
まずは冷静にならなければ。
「で、ここどこなんだよ」
「ここはノートン村にある選別の部屋。たぶん君も試練の候補者として連れてこられたんだと思う」
「選別の部屋?」
「村にはベオロク様っていう村を守ってくれている神様がいるんだけど、ベオロク様には毎年守護者を捧げないといけないんだ。その選別をこの試練の間でしてる。守護者に選ばれたら、ベオロク様にその身を捧げる。選ばれなければ村に戻るんだ」
魔物に守ってもらうために人間をエサとして与えているのか。
気分の悪い風習だ。
「ようは生け贄か。なんでそんな嘘くさい奴の言いなりになってるんだよ」
「ベオロク様が村に来る前、ここの森は魔物で溢れかえっていたらしいけど、ベオロク様が来てから、この森から魔物がいなくなったらしいよ」
言われてみると、この森には魔物が全くいなかった。
それがベオロクの恩恵ということか。
「あれ、ちょっと待て。何でそんな奴の試練を俺が受けなきゃならないんだ?」
「それは分かんない…けど、村の人達は僕が守護者に選ばれないって思ったからなのかも…」
「なんでお前が選ばれたんだよ」
「候補者は十二歳までの子どもの中から村長が選ぶから。僕は十二歳だからギリギリだけど」
「俺、十四歳なんだが…」
「え!?そうなの?僕と同じくらいの背だから間違えられたのかな…」
「誰がチビだ!」
ゼインは少年に軽くチョップする。
「でも、それを話せばここから出してもらえるかも…」
ゼインは扉を強く叩く。
「おーい!俺は今年十四だ!あんたらの基準に当てはまらないんだ!だから、ここから出してくれ!」
だが、何の反応もなかった。
「ダメか…」
逃げるための嘘だと思われているのだろう。
扉はかなり重厚だ。スキルを使ってどうにかできる代物ではない。
守護者に選ばれなければ、ここから無事に出れるという話なら、それまでじっとしておくのが無難だろうか。
「その試練は何をするんだ?」
「試練の間にずっと居続けること。そうすれば、ベオロク様に認められるんだって」
「は?」
試練と言いつつ、実際は生け贄確定のような内容だ。
「で、その選別はいつ終わるんだ?」
少年は部屋にあるカレンダーを見る。
今日より前の日付にはバツ印がつけられていた。
「あと十日だよ」
まだ日にちはある。
それまでにどうにかして脱出しなければ。
「お前…そういや名前は?」
「僕はログウェル。皆からログって呼ばれてる」
「俺はゼインだ。悪いが、俺はさっさとここを出たい。協力してもらうぜ」
「う、うん、僕もここから出たい…」
意外だった。
ログの話の内容からして、その守護者に選ばれたいものだと思っていた。
「…お前、守護者になりたいわけじゃないのか?」
「うん、僕は使命よりも村でパパとママと一緒に暮らしたい」
ログが協力的であるなら好都合だ。
どうにかしてこの部屋から抜け出してやる。