辺境伯爵領のドキドキ助成金審査〜辺境伯がぎっくり腰になったので代行を頼みました〜
「旦那様、大変でございます。王都から速達で非通知の助成金審査のお知らせが来ました。日程はなんと今日です」
執事は朝の5時から辺境伯の寝室を訪れていた。辺境伯はうつ伏せになりながら半目を開けて寝ぼけ眼で聞き始めたが、驚きのあまり飛び起きた。
「なにい?」
ぐきっ
「ぐあぁ、腰があぁ」
執事は目を丸くして、今度は医者を探しに侍女と共に街へと大急ぎで向かいました。
執事は街へ着くと侍女に辺境伯のために医者を呼びに行ってもらうように頼んだ。それから必要なのは辺境伯の代わりに審査を受けてくれる人⋯⋯。
執事はかなり訝しがったが、とある店の看板をじっと眺めていた。
【何でも屋〜ご相談内容によります〜】
「辺境伯の代行は受けてもらえるのだろうか⋯⋯」
執事はそう言いながら扉を開ける。扉には開けたのが分かるようにベルのようなものが付いているがやたらと騒がしかった。
店の中に入っても内側から扉の上部を見るとクマよけの鈴、風鈴、カウベル、ドリームキャッチャーなどが付いている。
執事は思わず二度見してしまった。
「ドリームキャッチャー⋯⋯?」
執事は店の奥に進むと受付台に呼び鈴があった。
執事は少し待ったが、誰も来る様子がなかったので控えめに鳴らしてみた。
ちりん
「何でも屋です! よろこんで!」
執事はあまりにも早い店主の登場に反応がついていけなかった。
「本当に何でも頼めるのですか?」
「⋯⋯内容によります」
執事は途端に心配になってきた。しかし、相手も内容によると言っているので、相談してみた。
「今日、王都から助成金審査が来るのです」
「助成金審査ですね」
店主は紙にさらさらと何かを書き始めた。まるで医者のようだ。
「この審査は辺境伯が直接行うものですが、今朝ぎっくり腰になってしまいまして受けられなくなってしまったのです」
「あーそれは残念ですね。それで相談とは?」
店主は走らせていたペンを止めた。
「辺境伯の代行をお願いしたいのです」
「代行⋯⋯」
辺境の地を治める貴族にとって、助成金審査は絶対にパスしなければならない。
ただでさえ資源の少ない辺境では、収入が足りない。そこに助成金は女神の如くの恵みなのだ。
だが、その審査は日程を教えてもらえずある日突然やってくるのだ。向こうからはすれば「いつ行っても辺境の地であることは変わりないだろう」と言うのだ。
「審査では5項目、農畜産物、観光資源、その他資源、道路状況、住環境が重視されます。それをいろんな角度から見て、助成金が必要か審査するのです」
執事の説明にペンを走らせていた店主の手は途中から止まっていた。執事が話し終わると店主は頭を掻いている。
「えーこちらの2つの条件を飲んでもらえれば最善を尽くします」
執事は後がなかったので、とにかく頷いてみせた。
「まず1つ目は成果報酬、代行が出来たと判断されたら後日お支払いください。
それから代行が上手くいかなかった時、助成金がもらえない時に私へのペナルティが無いことです」
意外としっかり条件を提示してくる店主に執事は驚いたが、何もしないよりは良いと感じたので、頼むことにした。
それから審査団が来るまで領地を出来るだけ散策しては執事が説明をした。
店主は辺境伯から借りた服を身にまとい審査団を出迎えた。黒服の眼鏡をかけた4人の男たちが店主の目の前にやってきた。
その内の1人が上を見ながら話し始めた。
「えーこれから辺境領地助成金審査を始めたいと思います。早速ですが、ここの主となる産業を見たいのですが」
執事が牧場へ連れて行ってくれる。
この辺境の地は北にあるので冬は豪雪地帯だ。それもあって毛並みの長い牛や馬が多い。
審査員たちはそれぞれいろんなところを見ながら紙に何かを書き加えている。
執事が説明をし始める。
「主となる産業といっても、牧畜、農業、織物、木彫り製品など細々としたものを合わせてそう呼んでおります」
説明に合わせて、審査員は何か書いている。そして店主の方を見た。
「領主から見て大変なことは何ですか?」
「えーやっぱり冬ですね。ここの動物たちは毛並みが長いといっても、雪がすごいですから冬の管理が大変です」
店主はそれらしいことを言い始めた。
「冬の管理ですね。具体的にはどういったことでしょう?」
「具体的ですか? ⋯⋯小屋? が雪でつぶれないようにするとか、餌が足りているか確認したりしています」
審査員は頷きながら書き加えている。今のは大丈夫だったようだ。
「分かりました。動物たちはどうですか?」
「動物たち⋯⋯と言いますと?」
「ですから冬はどう乗り切っているんですか? ここは豪雪地帯ですよね? 温度が氷点下になるんじゃないですか?」
店主はぱちぱちと目を瞬かせると少し上に目線を上げた。
「あースノードーム⋯⋯かまくらを作ります」
「⋯⋯かまくらですか?」
「はい、意外と暖かいんです。大きな物を作ってあれば干し草と古い布を敷きます」
加点
審査員は頷きながら書き加えている。
「それ以外には何かありますか?」
「他⋯⋯気合いですかね」
審査員は書いていた手を止めた。
「気合い?」
「えぇ、人も動物も忍耐も必要ですからね大変なところはどうしても我慢してお互い支え合います」
経過観察
執事が慌てて話に入る。
「この後森の方へ行きましょう。樹の実などが採れます」
審査員は執事を見て頷いた。それを見た執事が先頭となり案内を始める。
森までは歩いて向かった。道路は舗装されておらず、土の道はぼこぼこになっている。あまりにも酷い住環境では、領主が責務を怠っていると減点がつくこともある。
審査員たちは案の定歩いている地面を見つめている。
「あの舗装状態があまり良くないようですが⋯⋯」
「この道は森に行く以外にあまり使いません。森へ行くものは慣れていますから、このままでも問題になることはありません」
執事が説明をする。
審査員は何かを書き加えている。
「領主からは何かありますか?」
そう店主に顔を向けると奥でおばあちゃんが道を歩いていた。執事はそれを見て慌てた。さっきこの道は、森へ行く人しか使わないと説明したのに、住民も使っているところを見られたら減点ところか虚偽の報告だ。
「おっとっと」
おばあちゃんは道に躓いている。それを見た店主はおばあちゃんに駆け寄る。
「ばあちゃん、いつも1人で行くなと言っているだろう? じいさんへのロイヤルゼリーは俺がちゃんと取ってきてやるから」
「そんなこと言っても自分で取りに行きたいんだよ。あんなじいさんでも私にとっちゃ、人生のパートナーだからね」
「じゃぁ、おぶってやるから一緒に行こう」
審査員は目の端を指で拭くと、書き加えた。
良い話、加点
その後執事は森で採れる樹の実や食べ物、籠を作る蔓などを説明した。
そしてじいさんのロイヤルゼリーがいるそうなので養蜂のところへ向かう。
審査員は少し遠巻きにその様子を見ている。
「これからこの木を燻した煙で蜂を一度追い払ってからロイヤルゼリーや蜂蜜を採取します。その箱は何度も使用するため、前回使った後に蛙などの天敵が入った場合は匂いが着くと嬢王蜂がきませんからその場合にはこちらの木を燻して煙でマスキングしてから――」
店主は信じられないくらい流暢に説明し始める。
領主が産業について良く知っている、加点
それが終わるとわずかに採れる鉄鉱の山の見学に行く。そこでも道があまり舗装されていないので、また審査員は質問してきた。
「先ほどの道は森に行く人に限られましたが、こちらの道は一般道ですよね。少し道が荒いように見えるのですが⋯⋯」
執事は痛いところを突かれて口を閉じたままだ。
「えー⋯⋯気合いです」
「気合いとは具体的どんなことでしょうか?」
審査員はペンを止めて店主を見ている。
「冬は豪雪地帯のため、ここ一帯が雪に覆われて通行できなくなります。それを私たちや住民がスコップで定期的に細い道を作るんです。除雪車がどれくらい金額がかかるかご存じでしょうか? ガソリン代もばかになりません。なので私たちは動くしかないんです。お金もありませんので誰かがやらないといけないのです。
そして今は春でしょう? ようやく雪が解けて道が使えるようになりましたが、ここは土の道です。雪が解け始めると土の道は水分を含んで泥のようになります。それでも出来る限りトンボのような整地具で人が道を均すんです」
審査員は店主を見続けている。
「先ほどのおばあちゃんを見たでしょう? ここは高齢化も進んでいます。それでも動ける人が力いっぱい協力しあってさっきのおばあちゃんの笑顔を守っているんです。ですからこの答えは私は気合いと答えたいのです。どうしても誰かが動かなければやっていけない土地です。忍耐強く支え合っていかなければならないんです」
審査員たちは眼鏡を外して下を向くと手で目を拭いている。
加点、加点、加点、加点
その後も審査は続き夕方にようやく審査項目を見終わった。
審査員は良い目をしていた。
「これで審査は終わりになります。審査結果は2ヶ月ほどかかります。しかし私の所感ではこの土地には助成金が何としても必要だと強く感じました」
「ありがとうございます。そのように言ってもらえてこちらは大変嬉しいです。私たちは辺境の地と言う王都まで声の届かない弱者です。土地があっても採れるものは少ない。資源も限られている。
それでもこの土地を愛して住み続けてくれる住民の皆さんがいるのです。その人のために何としても協力が必要なんです。審査員の皆様にもそれが伝わったようで心から感謝いたします!」
審査員たちは眼鏡を外して下を向くと少し長い時間、手で目を拭いている。
それが終わると何か書き加えている。
「私たちも審査内容の記載を頑張ります。良いご報告が出来るようにこちらでも力を合わせますね」
審査員たちは良い笑顔を作って帰っていった。
それを見た執事は店主に深々と頭を下げた。
「何でも屋の店主、あなたは救世主です。本当にありがとうございました」
「いえ、審査通ると良いですね」
執事は力強く店主に握手をすると何度も頭を下げた。
店主は帰り道にこう溢した。
「あの審査団で本当に良かった。あの審査団は、人情ものに弱いんだよなぁ。元同業だから、バレないかひやひやしたな。最後に書いたってことは、彼らはこの審査を絶対に通すだろうな」
お読みいただきありがとうございました!
コメディを書き始めたはずなのに、結局どのジャンルか分からない作品になりました(笑)




