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替え玉令嬢と子猫王子のハッピーな政略結婚  作者: 一ノ谷鈴
第1章 妻は替え玉、夫は獣人
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9.夫は秘密を打ち明ける

「わあ……」


 ギルディス様の帽子の下に隠れていた、獣の耳。それを見て、私はうっとりとした声を上げずにはいられなかった。


 彼の前髪と同じ灰茶色が淡くにじんだ、とびきり大きな三角の耳。耳の中からは白くて長い毛がぴょこぴょこと飛び出していて、とっても可愛い。


 というかこれ、猫の耳だわ。


「見ての通り、俺は猫の獣人だ」


 納得のいっていないような声でそう言うと、彼はさらに上着を脱ぎ捨てた。丈の長い、堅い生地でできた上着の下からは、ちょっと色の濃いふさふさの尻尾が現れる。


 長い毛に覆われた、しなやかに揺れる尻尾だ。猫は猫でも、長毛種……!


 さ、触りたい。もふもふしたい。猫可愛い。すらりと背が高くて格好のいいギルディス様には少々不釣り合い……なんてことはない。これはこれで似合っている。


「ミルファでは、より強い獣となれる者が尊敬を集める」


 と、ギルディス様が沈痛な声で話し始めた。うっとりした気分が、一瞬で消し飛ぶ。


「しかし俺は……見ての通り、猫だ。王家に猫の獣人族が生まれたのは、実に百年ぶり……」


 どうしよう。どう励まそう。明らかに落ち込んでいる。どうにかしてあげたい。


「その、人の姿ならとてもお強いのですから、それでは……駄目ですか」


 そろそろと尋ねてみたら、彼は力なく首を横に振った。そして次の瞬間、その姿がかき消える。思わず身を乗り出したら、床にとんでもないものがいるのが見えた。


 さっきまでギルディス様が立っていたところに、小さな子猫がちょこんと座っていた。幼すぎて、にゃーではなくぴゃーと鳴いている。


 体は白く、顔や尻尾などはほんのり灰茶色。ちょっと毛が長めの、素晴らしく青い目の子猫。……まさか、この子って……。


「ギルディス、様?」


 呼びかけると、じゃー、という鳴き声が返ってきた。そうして子猫は、私の寝台の上に飛び乗ってくる。そっと手を出したら、顔をすりよせてきた。ふわふわの柔らかい毛に、胸がときめいてしまう。


 か、可愛い……この子猫、たぶんギルディス様だ。でもいいんだ、可愛いから!


 感動に目を潤ませていたら、いきなりぼすんと重しがのっかってきた。


 のではなく、子猫がいきなりギルディス様の姿に戻ったのだ。はいいとして、その拍子に押し倒されてしまっているんですけど!?


「あっああああああの、この体勢は!?」


「そう驚くことでもないだろう。俺たちは夫婦なのだから」


 私の上に覆いかぶさったまま、目を細めてギルディス様が頭をすりつけてくる。猫だ。まるきり猫だ。


 獣人族の性格は、自身のもう一つの姿である獣の姿に多少影響を受けるのだと資料で読んだ。


 つまり今までおとなしくしていただけで、彼はちょっぴり猫っぽいんだ。今までは、耳や尻尾と一緒に隠していただけで。


 それはそうとして、急にこんなに接近されたら、心臓が持たない!! 気のせいか、ふわりといい匂いがした! 無理、近い! 熱が上がる!


 少しずつ動いて、拘束から逃れよう。それしかない。


「獣人族は、人の姿が育つのと同時に、獣の姿も育っていく。だがまれに、幼獣のまま止まってしまう場合がある。よりによって俺は、その例外だ」


 しかしギルディス様は寂しそうにそう説明すると、私の首にぎゅっとすがりついてしまった。ああああ、さらに近くなった!


「要するに俺は、ミルファの獣人族からするとできそこないでしかないんだ」


 弱くて可愛い子猫の獣人族。力こそ正義、強くあれ……そんな気風があるここミルファでは、ギルディス様はさぞかし暮らしにくかっただろう。


「俺を王族から排除し、公爵辺りの爵位を与えて臣下とすべきだ。領地のない、名ばかりの貴族としてどこぞに閉じ込めておくべきだ。そういった進言が、幾度も父上になされた」


 その声の弱々しさに、抵抗する気がふっと失せる。そのままぼんやりと、彼の言葉を聞いていた。


「父上は、それら全ての進言をはねのけられた。そして『今後一切、ギルディスの地位に関わる進言を禁ずる』とおっしゃってくれた。だがそのせいで、俺をよく思わない連中は『反子猫派』と自称し、俺を目の敵にするようになったんだ」


 ミルファの王がそんなことを宣言するまでに、色んなことがあったのだろう。けれど獣人族の一部は、それでもやはりギルディス様のことを認められない。


 ギルディス様は、これまでどれほどの苦労を重ねてきたのだろう。それも、自分ではどうにもならないことのせいで。


「父上も、そして兄上も俺に味方してくれている。……だがそれでも、俺にはさらなる後ろ盾が必要だった」


「……後ろ盾、ですか」


 浮かび上がってきた嫌な予感を心の奥に押し込めながら、小声で尋ねる。


「ああ。それが、お前だ」


 やっぱり、そうだった。やっとつながった。ミルファの王子である彼が、ほとんど国交のないテルミナの公爵令嬢マナ・コリンを妻として望んだ理由が、とうとう分かってしまった。


「そもそも俺は、王位なんて望んではいない。次の王になるのは俺の双子の兄だ」


 彼に双子の兄がいるというのは、前にも聞いたことがある。どんな人なのかは知らないけれど、ギルディス様は彼のことをとても親しげな声音で呼んでいる。きっと、仲はいいのだと思う。


「そう何度も言っているというのに、反子猫派の連中は信じようとしない。……後顧の憂いを断つために、できそこないの王子は消しておくべきだ。あいつらは、そう考えている」


 ずっと、ギルディス様は過酷な状況に置かれていた。それを知らないままでいたのが、悔しい。


「だから、お前を妻にした。ここミルファにおいて、おそらく俺は唯一テルミナとつながりのある存在だ。そしてお前は、テルミナでもかなり地位のある女性だ」


 その言葉に、思わず身がこわばる。私は、マナではない。公爵家の娘ではない。彼が必要としていたのは、私ではない。


「俺にもしものことがあれば、テルミナとの関係が悪化するかもしれない。連中にそう匂わせることで、あいつらが少しでもおとなしくなってくれるのではないかと、そう考えたんだ。……そんな理由でこんなところまで来させてしまって、悪かったな」


 自分の予測がぴったり合っていたことにうっすら絶望しながら、そろそろと口を開いた。


「……けれど……そんなにひどい状況なら、いっそ逃げてしまわれたほうがよかったのでは……」


「……それを考えなかったと言ったら、嘘になる。だが、俺とて誇り高き獣人族だ。困難に立ち向かわずして逃げるなど、どうにも悔しくて、な」


 そうつぶやいて、ギルディス様はさらにぎゅっと私を抱きしめてきた。力が強すぎて、息が苦しい。


「これで、俺の隠し事は全部話した。人間族と縁を結ぶことにためらいがなかったといえば嘘になるが……俺は、最高の妻を引き当てたな」


 そう語る彼の声は、とても嬉しそうだった。


 けれど反面、私の心はどんどん冷えていく。彼が打ち明けてくれたのだから、私もこれ以上、隠しておけない。私は替え玉だけれど、せめて彼に対しては、誠実でありたいから。


 そっと腕を動かして、ギルディス様の腕の中から抜け出す。そうして身を起こすと、彼は不思議そうな顔で座り込んだ。私が休んでいる、寝台の上に。


 正面から向かい合って、その綺麗な青い目を見つめて。ちょっぴり泣きそうになりながら、震える声で告げた。


「話していただいて、ありがとうございます。どうか私を離縁してください、ギルディス様」

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