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替え玉令嬢と子猫王子のハッピーな政略結婚  作者: 一ノ谷鈴
第4章 わいわいぎゃあぎゃあ大騒ぎ
33/41

33.王子たちの出陣

 そうして私とシャイアは反子猫派をさんざんに打ち倒し、べそをかいているマナをかついで石舞台に戻ってきた。


 ちなみにコリンの屋敷から彼女についてきていた人間族の使用人たちは、反子猫派の一番後ろのところでしょんぼりしていた。


 本当はテルミナに帰りたかったのに、マナのわがままに振り回されて森の中に滞在することになり、すっかり疲れ果てていたのだった。


 なので彼らにも、そのまま一緒についてきてもらった。この騒動が終わったらちゃんとコリンの屋敷に帰しますから、と言ったら、ものすごく感謝された。


 反子猫派の面々は、メルティンたち使用人組がまとめて捕縛してくれている。……もっとも、私とシャイアの手加減なしの大暴れが効いたのか、全員すっかり落ち込んではいたけれど。


「帰ったか、ラーライラ……順調だという知らせは受け取っていたが、それでも心配で……」


 石舞台に戻ってきた私を、ギルディス様は全力で抱きしめていた。息が苦しくなるほど、ぎゅっと。それだけ心配してもらえていたのだと思うと、胸が温かくなる。


 それを見たレンディス様が、僕もああしたいなあなどと言いながらシャイアをちらちら見ていた。


 けれどシャイアはやはりつれない態度で、握手だけなら、などと言って片手を差し出している。それでもレンディス様は大喜びで、両手で彼女の手をしっかりと握って涙ぐんでいた。


 そしてそんな彼の様子を見て、シャイアもほんのり頬を染めている。素直になればいいのに。


 ひとまず、最初の山はどうにか乗り越えた。ちょっとゆっくりしようかなと一息ついていたら、今度は西のほうが騒がしくなった。


「旗印、サータ侯爵家のものです! 少数の精鋭を率いて、急ぎこちらに駆けつけた模様!」


 すっかり偵察が板についた鳥のメイドが、そんなことをきびきびと報告してくる。それを聞いて、レンディス様がくすぐったそうに笑った。


「面白いように釣れるね。サータ侯爵ならたぶんこの罠に引っかかってくれると思って、事前に情報を流しておいたんだけど……」


「サータ侯爵……思い出せないわ……誰だった?」


 策の相談中にちょくちょく居眠りしていたからか、シャイアはその名前を覚えていないようだった。


「代々ライオンや虎など、勇猛な猫科の者を多く輩出する、特に武勇に長けた家だ。だからこそ、俺のような子猫が上に立つのが気にいらないようでな……」


 そんなシャイアに、ギルディス様とレンディス様が説明を始める。


「表立って俺に逆らってくることはなかったが、アトルへの物資の輸送などを裏で邪魔されることは多々あった」


「彼も一応貴族だから、表向きはおとなしくしてたんだろうね」


「おとなしく? 小賢しいの間違いだろう。ともかく、俺の領民に迷惑をかけた分は、きっちり償ってもらおうか」


「僕もシャイアにいいところを見せたいし、手伝わせてよ」


 軍が押し寄せているとは思えないくらいに、のんびりした会話だ。そして二人はレンディス様の私兵を呼び集めると、迎撃のために陣を組み始めた。


 先頭がギルディス様とレンディス様で、その両側を守るように兵士たちがずらりと並んでいる。ちょうど、翼を広げた大きな鳥のような陣形だ。


 私とシャイア、それにアトルの城のみんなは石舞台で休憩だ。


 さすがに大暴れしすぎて疲れているし、この策では王子二人の力量も見せつけておく必要があった。異種族をめとる王子たちなどまとめて捨ててしまえ、と獣人族の貴族たちがすぐに言えなくなるように。彼らには、存分に悩んでもらいたいから。


 もっとも、もしギルディス様が危機に瀕したら、問答無用で乱入するつもりではあったけれど。だから早く、体力を回復させないと。


 そんなことを考えている間にも、サータ侯爵たちの姿はどんどん近づいてきていた。ごく普通の視力しか持たない私にも、だいたい顔が見えてくるくらいには。


 先頭に立つ、豪華な鎧の壮年男性がサータ侯爵だろう。オレンジ色の豊かな髪が、まるでたてがみのようだ。


 と思った次の瞬間、サータ侯爵が雄たけびを上げた。そうしてその姿が、大きなライオンに変わる。彼の両隣を駆けていた兵士たちも、続いて姿を変えた。熊と、大型の馬。


 それを見て、内心舌打ちする。ああもう、最悪の流れだ。まさか、こう来るとは。


 獣人族は獣の姿になることで、身体能力を大幅に向上させることができる。つまりこちらも、獣の姿で迎撃したほうがいい。


 そしてもう一つ、獣人族の間では、決闘においてどちらかが獣の姿となった場合、もう片方も姿を変えて応じるのが礼儀ということになっているのだ。


 けれどそうなると、ギルディス様はまるで役立たずになってしまう。子猫の姿になったら、身はさらに軽くなるけれど、攻撃射程や腕力は大幅に減ってしまう。


 反子猫派が人の姿で戦っていた理由も、ギルディス様を馬鹿にするためだった。


 あえて人の姿で戦ってやることで、弱っちい子猫ちゃんに情けをかけてやるのだと、彼らはそう主張していたのだ。だから、私たちもそのおごりにつけ込むことができた。


 けれど、サータ侯爵の考えは違っていたらしい。正々堂々、全力をもって子猫を叩きのめすことにしたようだった。先ほどの王子二人の演説を聞いた上で、そう決めたのだろう。


 ギルディスが人の姿のまま戦いを乗り切れば、彼のことを礼儀知らずとさげすむことができる。そしてギルディス様が子猫になれば、赤子の手をひねるより簡単に勝利できる。


 そもそも獣人族は血の気が多いし、ちょくちょく衝突してはいる。けれど獣の姿で戦うと互いの被害が大きくなるから、これほどの規模の戦いで、複数が獣の姿になることはとても珍しい。


 だから、獣同士の戦いにはたぶんならないだろうと、そう踏んでいたのに。


「まさかサータ侯爵が、こんな手に出るなんて……」


 歯噛みしながら前方を見守っていると、レンディス様はすらりとした、とびきり大きくて立派な鹿に姿を変えた。周囲の兵士たちも、次々と姿を変えていく。


 しかしギルディス様は、動かない。麗しい礼服の背中をこちらに向けたまま、立ち尽くしている。


「……どうしよう……このままだと、ギルディス様が……」


 ギルディス様をじっと見つめながらやきもきしていたら、シャイアが声をかけてきた。


「ラーライラ、助けにいったら? ギルディス、さすがに不利」


「でも、これはギルディス様たちの戦いだから……」


「あなたたち、夫婦でしょう。助け合うのが普通よ」


「そうなんだけど、策の狙いが……」


「ごちゃごちゃうるさい」


 あきれた顔でそう言うと、シャイアはすっと手を動かした。次の瞬間、体がふわっと浮かび上がる。そうして、高く舞い上げられた。


 どうやらシャイアは、風の魔法で私を吹き飛ばしたらしい。石舞台が、ずいぶんと下に見える。


 このままじゃまずい。彼女が何を考えているかはともかくとして、着地に備えないと!


 両手足の魔導具を起動して、空中で姿勢を整える。くるくると回って、すとんと着地した。……ギルディス様の隣に。もしかして、これがシャイアの狙い?


 いきなり隣に落ちてきた私を見て、ギルディス様が心配そうな顔を向けてくる。


「どうしたラーライラ、突然こんなところに」


「シャイアに飛ばされてきたんです。あの、私も手伝います。子猫の姿だと、ろくに戦えませんから……」


「いや、いい。仕方がないから、この姿のままで戦う。多少不利にはなるだろうが、そこはレンたちと連携を取れば、どうにかなる」


「どうせ礼儀知らずとそしられるのであれば、私が加勢したところで問題ないでしょう。当初の目的であった、『力を見せつけ完全な勝利を得ること』はもう難しくなっていますから」


「いいと言っているんだ。これは、俺の戦いだ」


「でも、あなたに何かあったら……」


 少し離れたところでは、姿を変え終わったサータ侯爵軍が整列していた。ひときわ立派なライオンが、らんらんと光る目でこちらを見ている。今にも戦いが始まってしまいそうな、そんな雰囲気だ。


「下がっていろ、ラーライラ。この戦いで、お前を守り切れる自信がない」


 彼らしくもない弱気な発言に、言いようのない不安を覚えた。どきどきと速くなる鼓動に思わず胸元をぎゅっと押さえる。


「……あ」


 そのとき、思いついた。もしかして、この方法なら。


「ギルディス様、今すぐ子猫の姿になってください!」

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