31.どこからでもかかってきなさい
人間族の魔導具を用いて、ミルファの民たちに私たちの言葉を届ける。これが、私たちの策の最初の一手だった。
『僕たちは、力に優れる獣人族。だがそのせいで、人間族や妖精族を下に見てはいないかな?』
まるで民たちが目の前にいるかのように、レンディス様は朗々と、高らかに語っている。
『その種族ごとに、得意とすることがある。だから種族の間に、上下なんてものはない』
彼はくすりと小さく笑って、軽やかに話し続けていた。
『まして獣人族の中で優劣をつけるなんて、どうしようもなく愚かしい行いだ。そうは思わないかい? 子猫だからと言って、その真の力を見ようとしないなんて、馬鹿げているにもほどがある』
辛辣だ。レンディス様はふわふわしているようで、とんでもないことをずけずけと言っているのだけれど、今日は特にひどい。何を話すのか、具体的な内容は彼に任せていたのだけれど、ここまでとは。
「……可愛いと有能と強いは、全部並び立つのに」
そしてレンディス様の隣では、シャイアがうんうんと大きくうなずいている。そういえば、歯に衣着せないのは彼女も同じか。
「……あの二人、似たもの同士の夫婦になりそうだな」
「そうですね」
ギルディス様と私がこそこそと話し合っている間も、レンディス様の演説は続いている。民たちがどんな顔をしているのか、この目で見られないのが残念だ。
やがてレンディス様は、えり元に留めた魔導具から指を離した。
「……さて、ここからはギルの番だよ」
ギルディス様は一つ深呼吸すると、自分のえりに留めた魔導具に触れる。先ほどまでのレンディス様と、同じように。
『俺はギルディス。お前たちも知っての通り、子猫の王子だ』
この上なく堂々と、そして頼もしげに彼はそう名乗った。
『今まで俺は、自分が子猫であることを恥じていた。どれほど学問を修めても、どれほど武術に励んでも、その思いを消し去ることはできなかった』
そんな言葉を口にしている彼の顔には、過去を懐かしんでいるような、そんな笑みが浮かんでいた。
『だが、今の俺にとって、それはささいなことでしかない』
そこで彼は、ゆっくりと息を吸った。大きな笑みを浮かべて、高らかに言い放つ。
『俺の愛する妻が、そのことに気づかせてくれた』
……ギルディス様の演説内容についても、彼に任せていたんだけど……いきなりこんな宣言をされると、恥ずかしい……。
『初めは俺も、彼女のことを人間族だからとあなどっていた。だが彼女と同じ時を過ごすことで……俺は、何よりも彼女のことを大切だと、愛おしいと思うようになった』
シャイアがつんつんと私の腕をつついて、「仲、いいね」と笑っている。その隣のレンディス様も満足そうな顔でうなずいているし……あんまり冷やかさないでほしい。
『俺たちは、他の種族とも共に生きられる。それにより、もっと豊かな、新たな未来をつかむことができる。俺は、そう確信した』
そうやって力強く語るギルディス様は、見とれずにはいられないくらいに格好よかった。この人が私の夫なのだと思うと、誇らしくてたまらなかった。
『だから俺は、こうして立つことにした。獣人族の未来のため、そして俺の大切な妻が、俺のことで悲しまずに済む世を作るために』
そうして、ギルディス様は私たちを順に見る。いよいよこの次のセリフで、私たちの策は次の段階に入る。
『とはいえ、いきなりこんな話をされても納得のいかない者もいるだろう。だから、直談判の場を設けた』
その言葉に、舞台の下にいるみんなの間に緊張が走った。武器をしっかりと握りなおして、こちらをじっと見つめている。
『俺たちは、アトルの街の近くにある石舞台にいる。文句のあるやつは、遠慮なくかかってこい。俺たちの決意のほど、見せてやる』
そうして、王子様たちの演説は全て終わった。ううんと伸びをして、一息つく。
「状況を説明して、僕たちの思いを主張して、反感を持つ者たちを挑発……うん、一通りの目的は達成したかな。あとは、ただ待つだけか」
そうして、ひたすらに待つ。そろそろ昼になろうかというころ、動きがあった。
北東のほうから、わあわあぎゃあぎゃあ叫ぶ声が聞こえてきたのだ。しかも、だんだん近づいてくる。
レンディス様が魔導具で配下と連絡を取りながら、こちらに小声で話しかけてきた。
「予定通りに、反子猫派を引きずり出すことに成功したみたいだ。……って、え?」
彼は困惑した表情で、さらに配下と何事か話し合っている。
実はレンディス様の配下は、反子猫派の拠点になっている森のすぐ近くにもひそんでいた。そうして、さっきの演説を間近で聞かせてやったのだ。
演説が終わると、配下の人たちは大急ぎで身を隠し、そのまま反子猫派の動向をうかがっていたのだ。
「どうした、レン。何か予定外のことでも起こったか?」
「いやあ、それが……」
苦笑しながら、レンディス様がちらりと私を見た。
「どうやら今こちらに押し寄せている面々の中に、マナ・コリンもいるらしいんだ。彼女は戦えないって話だし、てっきり森の中の拠点でおとなしくしているとばかり思っていたのだけれどね」
その言葉に、ついうんざりした顔になってしまう。隣を見たら、ギルディス様も同じ顔をしていた。
「……好都合です。反子猫派を完膚なきまでに叩きのめし、ついでにマナを確保して戻ってきます。探しにいく手間が省けました」
ギルディス様とレンディス様にそう言って、シャイアに向き直る。
「今までさんざんギルディス様のことを馬鹿にされたぶん、たっぷりお返ししてやるんだから……」
「……アトルの街を襲ったことは、まだ許してない。悪い子にはおしおきしないと」
シャイアと目を見かわして、大きくうなずきあう。
「それじゃあ、私たちの力を見せつけてやりましょうか!」
「頑張るわ」
そんな私たちを、ギルディス様とレンディス様はちょっぴり苦笑しながら送り出してくれた。
私とシャイアは二人並んで、街道を北東に向かって突き進んでいく。後ろに、メルティンたちを引き連れて。ちょうど、私たち二人が使用人たちの部隊を率いる格好だ。
「いました! 反子猫派です!」
しばらく進んでいたら、鳥のメイドが緊迫した声を張り上げた。それに続いて、背後の殺気がぶわりとふくれ上がる。たぶんみんな、やる気満々の顔をしているのだろうな。
それもそうだろう。城のみんなは、普段から反子猫派に対して並みならぬ怒りを抱えている。けれどいつもは、攻めてくるのを追い払うことしかできなかった。
でも今日だけは、反子猫派をみっちり懲らしめてやれる。だってさっき、ギルディス様が宣戦布告をしたから。
ここで反子猫派をぐうの音も出ないくらいぶちのめして、やる気をそぐ、できればそのまま解体してしまうのが、今回の策の目的の一つでもあった。
さっきレンディス様は、力にこだわるのは馬鹿馬鹿しいと、そんな感じのことをみなに伝えていた。
最終的には、そんな世界を目指したい。でも獣人族のみんなが、はいそうですかとおとなしく考えを変えるはずもない。
だからああやって、ギルディス様が喧嘩を売ったのだ。そして因縁の相手である反子猫派の相手は、私とシャイアが務めることになった。
あいつらは、レンディス様のことは認めている。そして、ギルディス様とは何度も刃を交えている。でも、ちっともこりない。
だから、私たちの出番だ。か弱い女性たちに打ち負かされたとなれば、さすがの連中も心折れるだろう。
なので、心配そうなギルディス様とレンディス様を石舞台に残して、私たちは意気揚々と出撃してきたのだ。
そうこうしているうちにも、反子猫派の隊列、その先頭が見えてきた。みんな雄たけびを上げながら、こちらに向かって全力で走っている。
さて、どう暴れてやろうかな。そう思いながらにやりと笑ったそのとき、静かな声がした。
「先手必勝よ」




