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替え玉令嬢と子猫王子のハッピーな政略結婚  作者: 一ノ谷鈴
第3章 訪問者たちは様々で
21/41

21.来客は次から次へと

 マナのとんでもない来訪から、しばらく経った。でも相変わらず、城もアトルの街も平和そのものだった。


 ああ、今度こそのんびりできる。そう思っていたら、また思わぬ客人がやってきたのだった。




 それは、ちょっと用があると言って、ギルディス様が一人でアトルの街に出かけていた間のこと。


 数時間で戻ると言われたので、私はその間のんびりと執務室で、書類を整理していたのだ。


「こんにちは、君がここの城主の奥方様だね?」


 そうしたら突然、そんな言葉とともに若い男性が姿を現したのだ。しかも、足音一つさせずに。というか、どこから。今、扉が開く音を聞いた覚えがないのだけれど。


 書類を手にしたままぽかんとし、右を見て左を見て、それからまた男性を見る。


「……まさか、窓から?」


 私の第一声は、そんな間の抜けたものになってしまった。


「ああ。驚かせたようですまないね。つい、いつもの癖で」


 のんびりと言って、彼は黒い目を細めて笑った。その拍子に、癖のある栗色の前髪がふわりと揺れる。


 彼は背が高く細身で、すらりとしている。額の少し上に小さな角が生えていて、牛のような耳の……鹿の獣人族かな。


 ごくありふれた、それこそアトルの街で見かけるような服装をしているというのに、身なりに不釣り合いな気品を放っている。何者だろうか。


 どうやら彼は、どうにかして城内に侵入したあげく、ぽんと跳んで二階の窓から中に入ったらしい。で、そこで仕事をしている人間族の女性を見かけたので、ギルディス様の妻だと判断した、と。


 状況から見ると、彼は間違いなく不審者だ。けれど、なぜか警戒する気が起きなかった。なんでだろう、この人は信じてもいいような気がする。


「僕はレン。ここの城主様に用があってね。今はどちらに?」


「私はラーライラと申します。ギルディス様なら、アトルの町に出かけられています。じきに戻られますので、少しだけお待ちいただけるでしょうか」


 そう答えつつ、レンと名乗った青年をこっそり観察する。どこかで見たような、見ていないような。


 考え込んでいたら、青年が不意に微笑んだ。


「……彼の残り香がする。本当に君は、獣人族の王子に嫁いだんだね」


 彼というのは、ギルディス様のことだろう。鹿は鼻が利くのだと聞いたことがあるし、レンさんもそうなのだろう。だからって、残り香、って……。


 私とギルディス様はしょっちゅう触れ合っているから、匂いが移っていてもおかしくはないのだけれど、面と向かって指摘されると、さすがにかなり恥ずかしい。


 どうにもおかしな人だ。この人と話していると、調子が狂う。とっても狂う。


 こうしていると、ギルディス様と初めて顔を合わせたときのことを思い出す。


 あのとき、替え玉の花嫁を務めあげようと悲壮な決意を胸にやってきた私に、ギルディス様はこの上なく偉そうな対応をしたのだった。


 王子だから偉そうなのは当然だけれど、その態度にかちんときて、私は彼に決闘を挑み……そして、今に至る。あの決闘がなかったら、私は今でもお飾りの妻を続けていただろうなと思う。


 あのギルディス様の尊大な態度があったから、それで私の化けの皮、というかしとやかな演技がはがれて、本来の自分で彼に向き合えた。こうやってまとめてみると、どうにもこうにも妙な話ではあるけれど。


 そんなことを考えこんでいたら、また柔らかな声がした。


「ねえ……君は、夫のことをどう思っているのかな。隣国から嫁ぐことになって、不安はなかった?」


 ちょっととまどいつつも、素直に答える。隠しておく理由もないし、何よりも彼は、私のことを心配してくれているように見えたから。


「……初めは、失礼な人だな、って思ったんです。人間族は嫌いだとか、女は弱々しくて嫌だとか、そんな言葉ばかりで」


 そんな思い出を、微笑みと一緒に口にしていく。


「ですが、ここで共に過ごすうちに、彼の事情を知って……彼を支えたいと、そう思うようになったんです」


 それを聞いたレンさんは、にっこりと嬉しそうに笑った。


「そうだったんだ、よかった。君たちがどうしているのか、ずっと心配していたんだ。でも君たちは、本当に幸せに暮らしているんだね」


「……もしかしてあなたは、それを確認するために、わざわざここに?」


「ああ。大切なことだからね」


 私の問いに、すぐさまレンさんがうなずいた。やっぱりいい人っぽくはあるのだけれど、どうも何かがずれているような。


「でしたら、正面からいらしてくださればよかったのに……窓から入ってくるなんて。あと、もしかして城壁も跳んで越えられました?」


「ふふ、正解。鹿の獣人族は、脚力と身の軽さを併せ持つからね」


 ……どことなく得意げだ。獣人族は、自分の身体能力を誇示したがる傾向はあるけれど、この人も穏やかな見た目によらず、やることが大胆だ。


「……よろしければ、侵入経路について教えてはもらえませんか? 警備を厳重にしたいので」


「いいよ。僕が役に立てるのなら、喜んで」


 のほほんと笑うレンさんに、さらに問いかけようとしたそのとき。


 ばたばたという大きな足音が、こちらに近づいてくるのが聞こえた。あんな風に廊下を走るのはギルディス様しかいないだろうなと思いつつ、何かあったのだろうかと身構える。


 その足音は、私たちがいる執務室の前で止まった。次の瞬間、扉がばんと大きな音を立てて開かれる。


「レン、窓から入るのはやめてくれと、何度言ったら分かるんだ!」


 そうして姿を現したのは、案の定ギルディス様だった。彼にしては珍しく、少し息を切らせている。いったいどこから走ってきたのだろうか。


 しかも彼は、妙な表情をしていた。怒っているというよりも……気まずそう? こっそり隠していた自作の詩を親しい人に読まれてしまったときのような、そんな感じの表情が一番近いかも。


 一方のレンさんは、嬉しそうにぱっと顔を輝かせていた。


「おや、僕がここにいるって、ばれていたみたいだね。あーあ、当てが外れたな。こっそり先回りして、驚かせようと思ったのに」


「使用人たちから報告を受けたんだ。ラーライラが誰かと執務室で話している気配がする、おそらくその相手はお前だろうって」


「みんな、こっそり立ち聞き? ふふ、しつけがなってないね」


「逆だ、逆。入ってきたのがお前だと気づいたから、執務室に攻め込まなかったんだ」


 仲良くじゃれあっている二人にそっと近づき、ギルディス様に声をかける。


「あの、おかえりなさい。……やっぱり、お知り合いでした? どうもレンさんは、あなたのことを前から知っているみたいな態度だったので」


 するとギルディス様は、ちょっとすねたような顔で言った。


「……俺の双子の兄だ」

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