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替え玉令嬢と子猫王子のハッピーな政略結婚  作者: 一ノ谷鈴
第3章 訪問者たちは様々で
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20.わがまま娘の主張

 突然やってきたマナの、とんでもない言葉。そしてマナは、目を輝かせてギルディス様を見つめている。


「しょ、少々お待ちください!!」


 とっさに二人の間に割り込んで、ギルディス様にそう叫ぶ。


 それからマナの首根っこをひっつかんで、全速力で部屋を飛び出した。そのまま廊下を駆け抜けて、自分の部屋に駆け込む。


 ほんの少し走っただけなのに、驚くほど息が上がってしまっていた。扉をしっかりと閉めて、マナに向き直る。


「マナ、さっきの発言は一体どういうことなの!?」


 血相を変える私に、彼女はぽかんとした顔で答えた。


「どういうこともなにも、そのままよ?」


「そのままって、あなたまさか本気で、改めてギルディス様の妻になるつもりで、ここに!?」


「ええ。思っていたより、悪いところじゃないみたいだし」


「コリン公爵からの許可は!?」


「んー……最初は渋っていたけれど、もらえたわ。でなきゃ、わたくしがここまで来ることすらできないもの」


 ふわふわとした甘い口調で、のんびりとマナは続ける。背中を冷たい汗が流れるのを感じた。


「わたくしね、あなたを替え玉に立ててから、急いで嫁ぎ先を探したの。もし替え玉がばれちゃっても、そのときわたくしがどこかに嫁いでいれば、無理やりミルファに連れていかれることもないだろうって」


 ……思っていたより、コリン公爵もマナもしたたかなようだった。まあ、当時はミルファについても獣人族についても情報がなかったから、大切な娘を守りたいと考えるのも当然かもしれないけれど。


「でも、どうにもうまくいかなくって……釣り合うおうちの方からは、一通りお断りされてしまったの」


 ああ、やっぱり。実のところ、彼女は割と格下の家に嫁ぐことになるだろうなと、かなり前からそう思っていた。


 公爵家は、貴族の中でも最上位。王族とも、少なからぬ縁がある。当然ながら公爵家の者には、その地位相応の品格が要求される。


 ところがマナは、周囲の人間を好きなように動かす、いわゆる人たらしの才能には大いに恵まれていたものの、教養も礼儀作法も今一つといったところで……彼女の愛らしいしぐさに、周囲の人間はついつい大目に見てしまっていたのだ。私も含めて。


 しかし縁談となれば、マナは必然的に厳しい目で見定められることになる。そして彼女は、公爵家の娘としてはあまりにも不出来だった。


 ただ、幸いながら、彼女はとても男性受けがいい。社交界の花として男性たちをはべらせる彼女を、いつも少し離れて見ていたものだ。


 ただ……マナのほうは、色恋にはあまり興味がないようだった。ちょくちょく男性たちが彼女に本気になって交際を申し込むものの、彼女は面倒だなといった表情でさっさと断ってしまうのだ。


 たぶん彼女は、ただ周囲の人たちにちやほやされていたいだけ。賢妻とはならないだろうけど、彼女のそんなところを愛らしいと思ってくれる人はいるはずだ。そう、のんびり構えていた。


 でも、ギルディス様に近づくなら話は別だ。


「だからわたくし、最初の予定通りギルディス様のところに嫁ごうかなって。大切にしてくれるみたいだし。あなたからの手紙、わたくしも見てたの」


 コリン公爵家にあてた手紙には、ギルディス様にはよくしてもらっています、とだけ書いていた。


 まさか、反子猫派が時折攻めてきますとか、手合わせが夫婦の日課ですだなんて、そんなことを書くわけにはいかないし。


 しかしそれが、裏目に出たようだった。マナはうっとりと頬を染めて、夢でも見ているかのような表情をしている。


「でも、ギルディス様の妻は、私だから……」


「それって政略結婚で、しかも替え玉でしょう? 王子様の妻なら、わたくしのほうがふさわしいわ」


「確かに、身分はそうだけれど……でも……」


 身分やら替え玉やらなにやらについても、もう話はついている。それに、私とギルディス様の関係は、その……もう政略結婚とは言えないし。


 ごにょごにょと口ごもっていたら、扉が突然ばんと開いた。そうして、ギルディス様がつかつかと歩み寄ってくる。なぜか帽子を脱いでいて、大きな耳が見えている。


「ぎ、ギルディス様! ノックくらいしてください!」


「緊急事態だ。許せ」


 そう言いながら、彼は私とマナの間に割って入った。流れるような動きで私の肩を抱いて、マナから遠ざけている。


「べ、別に緊急事態では」


 内心大いにほっとしつつそう言い返したら、ギルディス様が青い目を細めた、ちょっぴりあきれたような、そんな表情だ。


「あいにくと、だいたい聞こえた。どう見ても緊急事態だろう」


 そう言いつつ、彼はしっかりと私を抱き寄せている。


「お前も知っての通り、猫の獣人族は耳がいいんだ。あんな大声で話していたら、聞き取るのは難しくない。まして、窓が開けっぱなしとあれば、な」


「……猫……可愛いですわ!」


 ぽかんとしていたマナが、我に返るなりそう叫ぶ。するとギルディス様が、やけに大げさに顔をしかめた。


「一つ、新しい学びを得たな」


「何ですか?」


 唐突に妙なことを言い出した彼に、ついそう尋ねてしまう。すると彼は、すぐに答えてくれた。


「お前以外の者に『可愛い』と言われるのは、やはり不快だということだ」


 マナがその言葉を理解するより先に、ギルディス様は朗々とした声で言い放った。


「マナ・コリン。お前に言っておかねばならない。俺の妻は、ラーライラ・ニュイだ。ミルファの王宮に、正式に届出をしてある」


 お喋りなマナが、何も言わずにギルディス様を見ている。その顔から、表情が消えていた。


「そしてラーライラは、俺の最愛の人だ。誰であろうと、俺たちの間に割り込むことは許さん」


 マナはたっぷり五秒ほど、口をぽかんと開けて立ち尽くしていた。けれどすぐに我に返り、両手をぐっと握りしめた。


「……なんで、どうして!? ギルディス様のいじわる! もう知らない! 帰るわ!」


 そうして宣言通り、彼女はあっという間に城から出ていってしまったのだった。


 それを知ったギルディス様は「まるで子どもだな?」とつぶやいていたけれど、返す言葉もなかった。あまりにも、その通りすぎて。




 その日の夜、眠る前のひととき。お互い寝間着に着替え、大きな寝台でごろごろしながら語り合う幸せな時間だ。


 しかし今日の話題は、当然ながらマナのことになっていた。


「嵐のような女だったな。勝手に来て、好きなようにふるまって、また突然去っていく。やり過ごせてよかった」


 そう言いながら、彼はふと眉をひそめた。ふさふさの尻尾が、不満げに揺れている。


「ラーライラ。いつも口の立つお前が、マナ相手にはずいぶんとしどろもどろになっていたな?」


「長い間、マナの守りをしていたからなのか……強く言えないくせがついているのかもしれません。やんわりとたしなめないと、彼女はすぐにへそを曲げてしまいますから。ちょうど、今日のように」


 寝台にうつぶせに寝転んだまま答えると、彼が手を伸ばして、私の髪を一房すくいあげた。


「お前らしくもない。そんなくだらないくせは、さっさと治しておけ」


 そうしてくるくると、私の髪を指先でいじっている。私が彼の耳や尻尾が気になってしまうのと同じように、彼もまた私の髪に触れるのが好きなのだ。


「そうですね。昼間はありがとうございました。マナにはきつい言い方になってしまったのかもしれませんが……あなたにかばってもらえて、嬉しかったです」


 くるんと彼のほうに寝返りを打って、微笑みつつ礼を言う。と、彼の頬がほんのりと赤くなった。


「と、当然だろう! 俺の一番は、お前なのだから。だいたいあのマナとかいう女、いきなり出てきて図々しいにもほどがある」


「あの子は、ちょっと甘やかされてきたので……」


「ちょっと、ではないだろう。まったく、今日は疲れたぞ」


 そんなことを和やかに話しながら、少しだけ気になった。去り際のマナは、この上なくふてくされた顔をしていた。


 あの子がああいう顔をしているときは、たいていろくでもないことが起こる。テルミナに帰ってから、変な行動に出なければいいけれど。


 まあ、さすがにコリン公爵が止めてくれるでしょうし、隣国にいる私やギルディス様に影響が出ることはないでしょう。


 そう結論づけて、またお喋りに戻っていった。

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