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替え玉令嬢と子猫王子のハッピーな政略結婚  作者: 一ノ谷鈴
第2章 おしどり夫婦は力を合わせ
16/41

16.少しずつ、歩み寄り

 そうして、私たちの手元に集まった、ミルファの武器防具とテルミナの魔導具。


 私たちはこれを、それぞれ相手の国に広めることにした。といっても、最初のうちはごく狭い範囲に。


 魔導具を流通させるのは、アトルの街だけ。貴重なものだから、どうか街の外には持ち出さないでほしいと、そんなお触れを出した。魔導具慣れしていない獣人族に、あれは刺激が強すぎるし。


 武器防具を渡すのは、コリンのお屋敷だけ。まずはあのお屋敷で試してもらって、好評なようなら徐々に供給量を増やせばいい。


 そうやって、二つの国が、それぞれのいいところを少しずつ知っていってくれればな、と思っていた。


 ……しかしふたを開けてみたら、思いのほかすんなりとことは運んでいったのだった。




「アトルの街の人口が、増えている……?」


 いつもの執務の時間、ギルディス様が書類を手に目を丸くしていた。その書類をのぞきこみ、なるほどとうなずく。


「ちょうど、魔導具を持ち込んで少し経ったころからですね。あっという間に魔導具の噂は広まったみたいですし、その噂につられてきたんだと思います」


「いや、確かに、今アトルの街は興味深いことにはなっている。しかしだからって、わざわざやってきて、そのまま住み着くか?」


 ちょっぴり納得のいっていないらしいギルディス様に、笑いながら説明する。


「もともとアトルの街は、治安がよく豊かで過ごしやすいところだって、評判になっていたんです」


「……まあ、民が幸せに暮らせるよう、こうして日々働いているのだ。その結果が出ているのは、喜ばしいことだが……」


「そしてそこに、魔導具という面白くて便利な道具がやってきたんです。一目見てみようとやってきて、アトルの街の居心地の良さに、そのまま居ついた……のかもしれませんよ」


「なるほど。となると、俺に対して多少不満を持っているような連中も、アトルの街に現れるようになるか」


「そうですね。アトルの街の治安維持に、もう少し人を回しましょうか」


「移住してくる者のせいで、騒ぎが起こるようなことがあってはならない。できることなら、共に穏やかに過ごしてほしいからな」


 とても優しい目をして、ギルディス様は微笑む。それから、すぐ横に置かれた手紙の束に目をやった。


「そちらは、それでいいとして……実は、別の問題も浮上してきたんだ」


「別の問題……そちらの手紙と、関係しているのでしょうか?」


「ああ。他の貴族、以前から中立的な態度を取っていた者たちから、いくつも打診を受けているのだ。アトルの街に広まっているという魔導具を、少し分けてもらえないかと。あるいは、仕入れ先を教えてはもらえないかと」


 もう、そこまで噂は広がっていたのか。少し考えて、言葉を返す。


「そうですね……ちょっとそれは、難しそうです。テルミナでは、獣人族はとても恐ろしい存在だと思われていますから」


 だからこそマナは、ギルディス様との結婚話に恐れをなして、こうして私を替え玉に立てたのだ。もっとも今となっては、そのことに大いに感謝しているけれど。


「ミルファの獣人族が、直接テルミナの貴族と接触を図っても……中々うまくいかないような気がします。たぶんテルミナ側が、おじけづいてしまうかと……」


「ならば、コリン公爵に事情を話して、俺たち経由で魔導具を渡すしかないか」


「ええ、そちらは任せてください。……そうだ、ちょうど先日、コリン公爵が手紙で教えてくださったのですが」


 二日前に、魔導具の取引に関するものとは別に、私の近況を尋ねる手紙が届いた。私の実家、ニュイ家からの手紙と一緒に。みな、私が元気にしていることを喜んでくれていた。


「私たちが送った武器防具、テルミナの兵士たちにとっても好評なんだそうです。この剣を握ってしまったら、もう今までの剣には戻れない。みんな、そんなことを言っているみたいです」


 ギルディス様がおかしそうに目を細め、そっと目配せしてくる。あの剣が子ども用だというのは、絶対に内緒だ。気に入ってもらえたのなら、なおさら。


「ですから時間をかけていけば、ミルファとテルミナも、分かり合えると思うのです。……私とあなたが、こうして打ち解けたように」


「ああ。そう思う。……いっそ、親善試合でも開いてみるか? ここアトルの城の精鋭と、コリン公爵家の手練れたちで」


「面白そうですね。……でもそうなると、獣人族たちの動きの詳細と、それぞれの強さについて、あらかじめ知らせておかないと……」


 宙に視線をやって考えていたら、ギルディス様がわざとふくれっつらをしてみせた。


「おい、人間族の肩を持つのか。そちらも、魔導具で力をかさ増しできるだろう」


 彼の視線は、私の手首に注がれている。普段はごく普通の腕輪にしか見えないそれを掲げて、小さく笑う。


「ここまで強い魔導具は珍しいんです。そもそも人間族の戦い方は、比較的おとなしいものが多いんですよ。獣人族のように飛んだり跳ねたりする者は、あまりいません」


「ああ、確かにそうかもしれないな。俺もメルティンも、とにかく跳ねるしな」


 そこでギルディス様が、ふと何かに気づいたように目を丸くする。それから、にやりとこちらに笑いかけてきた。


「……お前は飛んだり跳ねたりはしないが、戦っている姿はとても美しいぞ。まるで、ダンスを踊っているかのようで」


 突然投げかけられた褒め言葉に、思わず口をつぐんでしまう。


「ん? 照れているのか?」


「ええ、まあ、ちょっと」


 そう返して、ふと思いつく。やられっぱなしは、性に合わない。


「戦う姿が美しいのは、ギルディス様もですよね。大きな木剣を軽々と振り回しながら、驚くほど高く飛んで。しなやかなその動き、まるでヒョウのようだと思っていたんです」


 私がよく顔を出していたコリン公爵家には、時々珍しい生き物も持ち込まれていた。その中には、ヒョウもいたのだ。


 普段はのんびりくつろいでいるけれど、獲物を狙うときは、しなやかに大きく跳ぶ。そんなヒョウの姿に、大いに驚いたものだ。


「ヒョウ……本当にそうだったら、よかったんだがな。お前も、そう思うか?」


「いいえ。私の大切なかたは、懸命に頑張る立派な子猫ですから」


 心からの言葉を返すと、ギルディス様は嬉しそうに笑った。


「お前に『子猫』と呼ばれると、どうにもくすぐったいな。だが、嫌ではない。むしろ、最近では心地よくすら感じるのだから不思議なものだ」


 と、ギルディス様の様子が変わった。彼は執務机を離れると、そのまま私のところまでやってきたのだ。


「ラーライラ、俺の愛しい妻。どうかもっと、子猫と呼んでくれ」


 私の頬に触れて、彼が顔を近づけてくる。凛々しい顔に、甘い笑みを浮かべて。

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