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替え玉令嬢と子猫王子のハッピーな政略結婚  作者: 一ノ谷鈴
第1章 妻は替え玉、夫は獣人
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1.替え玉花嫁は前途多難

 私はこれから、ほとんど国交のない隣国ミルファに単身嫁ぐ。なぜかそこの王子が、こちらに縁談を持ちかけてきたのだ。


 ……といっても、縁談の相手は私ではなかった。


 王子が指名してきたのは、我がテルミナ王国の公爵令嬢、マナ・コリンだ。貴族たちの中でも最上位の、公爵家の娘。


 私はマナの乳兄弟だけれど、ありふれた侯爵家の娘でしかない。普通なら、王子のところに嫁ぐことなんてまずない。


 それがどうしてこんなことになっているのかというと、とにもかくにもマナのわがままのせいだった。




 さかのぼること、ざっとひと月。


「お願い、助けてラーライラ!」


 ある日、マナが泣きついてきた。聞けば、隣国の王子との縁談が決まったのだとか。


「おめでとう、マナ。いいお話だと思うわ」


「そんなことないわ! 獣に嫁ぐなんて、想像しただけで恐ろしくて……」


 住民のほとんどが人間族である我がテルミナとは違い、ミルファの民はほぼ全てが獣人族だ。当然、縁談の相手であるギルディス王子も。


 しかし獣人族といっても、耳や尻尾が生えていて、獣の姿になれるということ以外は、私たち人間族とそう変わらない……と聞いている。少々気性が荒いという噂も、あるにはあるけれど。


 そんなことを説明したのだけれど、彼女はこれっぽっちも聞く耳持たなかった。


「駄目、無理よ……わたくし、テルミナを離れるなんて嫌……」


 彼女は、昔からこうだ。人懐っこくて無邪気なのはいいけれど、とにかく面倒なことが嫌いで、すぐに逃げてしまう。


 だから礼儀作法も教養もちっとも身についていなかったし、ちょくちょく困りごとを抱えるようにもなっていた。


 私はそのたびに、彼女に手を貸し、感謝されてきた。私にとって彼女は、手のかかる妹のような存在だったのだ。とはいえ、私も彼女も十八歳、同い年だけれど。


 そうやってマナの面倒を見ながら、私はコリンの屋敷で自己研鑽に明け暮れていた。書物を読み漁って知識を蓄え、兵士たちの鍛錬に混ざって体を鍛え。


 実家であるニュイ侯爵家よりも、コリン公爵家のほうが学ぶ環境が整っていた。私はそれを、思う存分活用していたのだ。


 けれどそうやって私が強くなるほどに、マナに頼られることも増えていって……そろそろ彼女を自立させたほうがいいんじゃないかなと思った矢先に、この縁談がやってきたのだった。


 そんなことを考えていたら、袖をつんつんと引かれた。どうしたのかとそちらを見たら、涙目のマナと目が合った。


「お願いよラーライラ、わたくしの代わりにミルファに嫁いで!」


「え、ちょっとマナ、何を言い出すの!?」


「わたくしもあなたも金の髪に青い目の乙女だし、あちらとは肖像画のやり取りもしていないから、きっと気づかれないわ!」


「いえ、さすがにそれは無理が……それに、ばれたら大変なことに……」


「大丈夫よ! そうと決まったら、さっそくお父様とお母様に相談しなくちゃ!」


「待ってマナ、何も決まってないから!」


 懸命に止めたものの、結局彼女はコリン公爵夫妻のところに駆け込んでしまった。そうして、替え玉について陽気に話し始めたのだ。わたくし、とってもいいことを思いつきましたの! と。


 コリン公爵夫妻は、頭ごなしに反対したりはしなかった。妙に神妙な顔で私を見て、マナを見て。それから、難しい顔をして考え込んでしまったのだ。


 そしてなぜか、公爵夫妻は私の両親を呼び出した。それから四人で、一晩中じっくりと語り合って……。


「すまない、ラーライラ。マナの代わりに、ミルファに嫁いではもらえないだろうか」


 すっかり疲れ果てた顔のコリン公爵が、深々と頭を下げてそう頼んできた。マナを嫁がせたら、最悪国交問題になりそうでな……などと小声でつぶやきながら。


 実は私も、その点については大いに心配だった。


 あの子は誇り高き獣人族を獣呼ばわりしていたけれど、そのことが彼らの耳に入ったらどうなることか。


 それだけではない。彼女は礼儀作法も適当だし、空気を読むということがない。自分の意見を押しつけることだけは、やたらと得意だけれど。


 今回もまた、彼女は自分の意見を押し通してしまった。隣国でこれをやったら、どうなってしまうのか想像もしたくない。


「……はい、分かりました。このお役目、見事果たしてまいります」


 仕方がない、私が折れれば全部丸く収まるのだから。


 これからの私の役目は、マナのふりをして隣国の王子ギルディス様に嫁ぎ、彼の妻としてつつがなく暮らすこと。


 突然降ってわいた、とんでもない話。けれど貴族の娘なら、政略結婚の駒となるくらい覚悟しておくものだ。だから、そこまで動揺はしていなかった。


 ……マナは、全く覚悟できていなかったようだけれど。話を受けた私に抱きついて、ありがとうと言いながらきゃあきゃあ騒いでいた。


 この子、私がいなくなったらどうする気なのかしらと思ったけれど、口にするのは止めておいた。うっかりそんなことを言ったら、さらに話がややこしくなりそうな気がして。




 それからの日々は、ものすごく目まぐるしく、せわしなかった。旅の支度をして、両親と涙の別れを済ませ、コリン公爵夫妻に申し訳なくなるほど謝罪され。


 私は最低限の使用人を連れ、国境を越えた。そうして旅を続け、ついにギルディス様が住まうアトルの城にたどり着いたのだった。


 草原と森に囲まれてぽつんと建つこの城は、王宮からはかなり離れているらしい。何でもミルファでは、ある程度成長した王族は王宮を出て、こうして地方の城で暮らすのが一般的なのだとか。伝え聞いた内容だから、自信はないけれど。


「はじめまして、ギルディス殿下。マナ・コリンと申します。今後とも、よろしくお願いいたします」


 純白の花嫁衣裳をまとって、結婚相手であるギルディス様と顔を合わせる。練習したとおりにマナの名前を名乗って、優雅に一礼した。


 彼は城の一室にある、大きな机の前に座っていた。机には書類が山と積み上げられていて、まさに今執務の最中といった様子だった。花嫁を迎えるには、ちょっと似つかわしくない気がする。


「ああ、お前がマナか」


 ギルディス様の髪は、不思議な色をしていた。ほとんどが純白で、顔を縁取るあたりだけが柔らかな灰茶色だ。美しいつやがあり柔らかなその髪は、極細の絹糸を思わせる。


 そしてちらりとこちらに向けられた目は、アクアマリンを思わせる明るい青。生まれ育ったテルミナ王国ではめったに見かけない、思わず見とれてしまいそうな色だ。……ただその目は、妙に不機嫌そうに細められている。


 私の六つ上、二十四歳だと聞いているけれど、実年齢よりは少し若く見える……というか、幼く見える。


 座っているのではっきりとは分からないけれど、たぶん割と身長は高い。それに、よく鍛えられている。元々の色なのか日焼けしているのか、肌も生っ白くない。そんなこともあって、王子というより騎士のようにも見える。


 彼は大きめの帽子を深く被っていて、耳が見えない。それに、やけにかっちりとした服を着込んでいる。珍しい。


 ここまでの旅の間に出会った獣人族は、一人の例外もなく耳や尻尾を見せていた。それはもう、誇らしげに。のみならず、みんな薄着で露出が高かった。


 何人かと話をしてみて、獣人族は自分たちの獣の部分をとても誇りに思っているらしいということが判明した。それもあって、肉体美を見せつける傾向もあるのだとか。まあ、個人差はあるみたいだけれど。


 となるとギルディス様が変わっているのか、それとも王子だからこういった装いをしているのか。ほとんど国交のない国だけあって、分からないことだらけだ。これからきちんと学んでいかないと。


 内心そう意気込んでいたら、やけに低くて不機嫌な声がした。


「……俺にとって必要なのは、隣国テルミナと縁を結んだという事実だけだ。お前自体に興味はない。城の中ならまあ安全だから、好きに過ごせ」


 彼はぷいと視線をそらし、そう言い放った。……つまり、城の外は危険ということなのだろうか。ぱっと見、城の周囲はただの草原なのに。何がどう危険なのだろうか。


 それはそうとして、はるばる隣国から嫁いできた妻に対して、さすがにこの扱いはないのではないか。これこそ国交問題ではなかろうか。


 ……マナなら、この扱いを喜んだかも。何もせずにだらだらしていいと、そう言われたも同然なのだから。しかし私は、どうにも納得できなかった。


「お言葉ですがギルディス様、私はあなたの妻となるためにここに来ました」


 そう、私は覚悟を決めてここにきたのだ。ただ意味もなく無駄に時間を過ごすつもりはなかった。


「賓客のようにもてなしてもらうつもりはありませんし、愛玩してくれとこいねがうつもりもありません。ですが」


 そこで一度言葉を切って、息を吸う。険しい視線をこちらに向けたギルディス様に、さらに堂々と言い切った。


「私はおとなしく飾られるだけの女ではありません。妻として扱うおつもりがないのでしたら、補佐としてはいただけませんか。故郷では父の仕事を手伝っていましたので、多少はお役に立てるかと」


 実の父であるニュイ侯爵の手伝いだけでなく、コリン公爵の仕事もちょくちょく手伝っていたから、書類仕事には自信がある。ミルファの決まり事さえ覚えてしまえば、王子の仕事の手伝いだってできるだろう。


 と、ギルディス様ががたんと大きな音を立てて椅子から立ち上がった。


「……口の減らない女だな」


 その声には、その表情には、はっきりとしたいら立ちがにじんでいた。彼はその全身で、私のことを拒んでいる。


「ここミルファは、武を貴ぶ獣人族の国だ。力あるものが正義。お前のようなか弱い人間族は、口をつぐんでおとなしくしていろ」


 その言葉に、今度はこちらがいら立ちを覚えてしまう。彼はそれに気づいているのかいないのか、さらにべらべらと喋り続けていた。


「そもそも俺は、女は苦手だ。獣人族の女であっても、な。普段は好き勝手にふるまうくせに、都合が悪くなるとぴいぴいとやかましい」


 かちんときた拍子に、ついつい言い返してしまう。


「そうですか。では私が、ギルディス様の妻にふさわしい力を持っていることを示すことができれば、その態度も改めてもらえますね?」


 その喧嘩、買った。花嫁衣裳のまま、私はギルディス様に不敵な笑みを向けていた。

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