04 三人の男たち
赤ずきんが扉を開けて外へ出た途端だった。
私は他人の気配があるのを思い出した。森の中でずっと感じていたから、そこにあるのに気づいていながら、その動向には気にも留めていなかった。
あの夜、森で見つけた気配の正体、三人の男が赤ずきんを家の前で待ち構えていた。
「――――」
赤ずきんは不意を突かれて困惑の色を浮かべたが、一瞬で気持ちを切り替えたのか険しい顔になる。風見鶏を持っていたため、片手はふさがっていて、咄嗟に扉を閉めようとしたが間に合わなかった。男の一人が足をかけて、扉が閉められないように妨害したのだ。
「――――」
ここを開けろ、とでも怒鳴ったのだろう。ピリピリと男の攻撃的な気持ちが伝わる。赤ずきんは必死で扉を押さえている。中途半端に開いている扉を男たちは剣をちらつかせて、威嚇した。
ひどい。子供相手になんてことを。
私は赤ずきんの頭上を飛び越えて、外へ出る。勢い余って男たちの背後へ着地すると、くるりと身を翻し、男たちに向かって威嚇の唸り声をあげた。
私の気持ちに反応するかのように、大木にとまっていた鳥たちがいっせいに飛び立ち、森の気配がザワザワし出す。
こいつらは敵だ。赤ずきんを守らなきゃ。
敵、と認識したせいか、覚悟を決めたせいか、私の中でむくむくと敵意が膨らんでいった。私の敵意に反応するように私の体も大きくなって、男たちを見下ろすまでになった。
それと同時に、男たちの顔色が変わっていく。
赤ずきんの方を向いていた男たちが全員こちらを振り返り、それぞれに構えている手に持った剣は私に向けられていた。
狼の私を恐れる者、対抗して身構える者、男たちの敵意と恐れが伝わってくる。
私は大きく吠えた。
突風が吹いたみたいに森が揺れた。
すると一番恐怖の表情を浮かべていた男が耐えかねて、悲鳴をあげ、その場から逃げ出した。逃げる男は、仲間の非難する声を無視して森の中へ消えていく。
一人減って二人だけになった男たちは、互いの顔を見つつうなずくと、二人して気合をふり絞った大声とともに私に剣を振りおろした。だが、恐怖からか、さっきよりもさらに足元は覚束ない。
振り下ろされる切っ先をよけ、私は片方の男に飛びかかった。
男は簡単に地面に転がる。
え、こんなに弱いの?
弱すぎる。それなのに私に刃を向けてきたなんて、笑わせてくれる。
なんだかすごくイライラした。軽く前足で小突くとゴロゴロと草むらに転がった。
短く悲鳴が上がって、もう一人の男も逃げ出した。
私は草むらに転がった男の足にかみついて持ち上げた。
どうしてやろうか。
私たちに二度と手出ししないように頭をかみ砕いてやろうか。それとも手足をもいでやろうか。
咥えたまま唸りながら、口元をブルブルと振るわせると男の手足がブランブランと揺れた。抵抗もする気力もないのか、すでに気を失ってしまったのか。もはやそんなことはどうでもよかった。どうやってこの獲物を仕留めるか、もう少しいたぶってやってもいいし。逃げたやつらも追いかけて――
そこまで考えて私はハッと我に返った。
あれ……。これって、これって人殺しでは?
食べるためにうさぎを仕留めるのとは違う。
人に向けて狼の力を発揮するのは、とてもまずいのではないかと、ちらりと思ってしまったら、私は怖くなって男を放り捨てた。
気を失っていた男はそのまま地面にドサッと落ち、ぐにゃりと崩れ落ちた。
やだ殺してしまった?
「ど、どうしよう、ひとごろしになっちゃう? やだ、ど、どうしよう」
怖くて涙がぽろぽろと出る。私はおっかなびっくり男の様子を見ようとしたが、手足が震えてうまく動けない。地面も歩きにくい。
「大丈夫だよ。そいつは死んでない。それよりも」
私の声じゃない。少女にしては少し低い声で子供の声がなだめるように告げた。振り返ると赤ずきんが立っていて、ふわりとシーツを広げて私を包んでくれた。
このシーツは私が変身後に備えて使おうと企んでいたシーツだ。なんで赤ずきんが、と思いつつ包まれた自分の姿を見やると、私は裸だった。
さっきまで狼だった私は人間の姿で立っていた。