03 森の中の小さな家
赤ずきんと過ごす二度目の朝。
また裸になってたらどうしようと思ってたけれど、心配していた人間化(?)は起こらなかった。いや、元は人間だから、人の姿に「戻ったり」しなかったのほうが正解かも。
もしも人に戻っていたら、シーツを拝借して、行き倒れを装って朝の扉を叩いて赤ずきんを起こすしかないとか、色々謎案をめぐらせてたのだけど、杞憂でしたね。
昨夜は、赤ずきんがベッドにおいでと誘ってくれるのを拒否して、布が敷かれた木箱の上で丸くなって寝たんだけど、朝がきても、私はもふもふボディのままでした。よかった。ほんとに。
すごくほっとしたけれど、だがしかーし、大きな疑問が残ったままになってしまった。
なんであの朝は人間になっていたのか。
どういう条件で人間になるのか。
最初に人間になった時の条件を考えると、一番に睡眠だと思った。睡眠をとったりして疲労や体力が回復したというのがごく自然な条件に思えたんだけど。「朝」という要素が関係ないなら、無意味な根拠だったってことかな。ふうむ。
次に考えられるのは、時間のサイクル的に人の姿に戻ったのがあの日の朝だったというだけとか……。その場合は、一定時間たったらまた人の姿になるってことになる。
そもそも私は人間なのか、狼なのか謎である。
夜、満月を見て変身する狼男の逆で、朝になったら人間になる狼みたいなのもあるかも。よく知らないけど。
うーん。むつかしくて、狼の頭では理解が足りないよ。モフモフしてるだけなら特に問題ないし、このままでよくない? でも知らぬ間に人間になっちゃうのはなあ。
人間に戻りたくないわけじゃない。前みたいに真っ裸になるってわかってたら、準備したいよね。心も、服も。なのに、どっちも準備できないとか困っちゃう。
悩んでる私をよそに、家の片づけは今日も続いていた。
昨日がんばってたからだいぶ片付いてはいるけど、赤ずきんはチェストや大きな木箱を開けて中身を確かめては、整えてる。椅子にもなりそうな木箱はもともとそういうものみたいで、クッションをのせられて椅子になっている。ちょっと固いソファだね。
この家の間取りは、玄関へ入ってすぐの大きな一間に釜戸があって、キッチンもリビングもひとまとめになったかんじだった。
ちょっと奥まったところにベッドがあって、昨日見つけた木製の衝立で仕切っている。個室みたいなものはなかった。扉があったと思ったらトイレと水場だし。
水場からは中庭に出られるようになっていて、出てすぐのところに井戸があった。
全部手の届くところにある感じがかわいい。外から見たときは、もう少し多い人数で住むおうちかと思っていたけど、一人暮らしの家なのかもしれない。
残ってる家具自体も一人分みたいな感じだ。大きい木箱はそんなに数がなかったけど、納屋にはガラクタ(用途不明の道具)が多くて、その中で赤ずきんは何かを探してるようだった。
聞いたわけじゃないけど(聞けないし)、ゴソゴソ中身を探しては赤ずきんがため息をついてるから、多分そう。
屋根裏部屋に残っていた最後の木箱の中身を検めると、赤ずきんは唸るようにため息をついた。
「くぅん(元気だして)」
当然だが、私の慰めの言葉など届かない。
せめて、何を探してるのか聞けたら、手伝うこともできるんだけど。
赤ずきんは私の頭をわしわしと撫でると、気持ちを切り替えるように立ち上がり、階段を降りて行った。
はて。赤ずきんは、この家に何が残ってると思ってたんだろう。
赤ずきんが木箱を調べるのを横で見てたけど、生活用品ばっかりだった。納戸とかにも、持ち出すには荷物になるような物しか残ってない。桶とか農具とか。
まあ、高価な物はありえないよね。残していかないよ。森の中といっても、子供の赤ずきんの足でも来られるくらいの浅いところにある家だもの。
ということは別の線。たとえば、秘密の物とか、手紙の受け渡しとかいうのもありえるんじゃない?
ミステリ物の冒頭みたいな予感に、なんだかわくわくしてくる。
でもさあ、それならもっと秘密の隠し場所みたいなところを赤ずきんも探すのでは?
赤ずきんが探し回っていたのは、チェストや小箱みたいな日用品をしまう場所だった。とても秘密は隠しておけなさそうだ。
だいたいこの家、扉に鍵穴ないんだよね。内側で太い木をカンヌキにして開けられなくするタイプだから、人が中にいないと閉められない。窓も内鍵ばっかりだし。
うーん。映画とかだと、暖炉の裏側に隠し場所があったりとか、絨毯めくった下の床板が外せたりとかするよね。
そこまで考えて私は、ハッとした。そんな映画のシーンみたいなお約束なところを、赤ずきんはまったく調べていない。え、可能性あるかも、あるよね?
「…………!」
私は、二階から飛ぶように一階へ飛び降りると、釜戸に駆け寄った。
釜戸はレンガとかで箱型に作られてる暖炉とは違って、裏とかなくて無理そうだった。土台から周りまでを、コンクリみたいな塗り壁で固めてあって、その上には煙突の裾が傘を広げるように穴を開けている。室内に火の子が飛んで火事にならないように周りを補強してるだけの、実質、外で組む釜戸と大差なかった。隠せるところはどこにもない。
次行こう。
絨毯の下の床板は――
あれ、……昨日赤ずきんが掃除してた段階で、絨毯は埃まみれだったから。そう、まだ外に干されたまま。だって厚手だったから、あんまり絞れないし、乾きにくいんだもん。
ってことは、あの絨毯が置かれていた場所を探さないといけない。
しかしである。すっかりきれいになった1階の床を眺めてても、絨毯の敷かれたあとなどなく、どこだったか思い出せない。
あー、もーー。
こうなったらと、私はフンフンと床に鼻を近づけて匂いを嗅ぎはじめた。
冷静に考えたら、どうしてその手段をとったのかつっこみたい。狼でいる私は、その行動自体が野生に引っ張られてる。五感頼りになりつつある。
なんか。なんか手がかりとかないかな。絨毯の匂いとか。絨毯の匂いってなんだ。
正直、匂いを嗅いでなんとかなるとは思っていなかったけど、鼻先に集中し、拾える情報を拾おうとしていると、隙間風が下からもれているのがわかった。
少し湿り気を帯びた冷たい空気が糸のように地階から上がってくるような。糸をたどるように、私はあたりをウロウロして探った。
あった!
部屋の奥、ベッドの側、壁際の床に、よく見ると切れ目がある床板がある。
「ヴォウオゥ!」
赤ずきんを呼ぼうと思ったらつい吠えてしまった。予想外に大きい吠え声が出て自分でもびっくりする。赤ずきんが驚いた顔でこちらに寄ってくる。
言葉が通じないってもどかしい。もう一声短く吠えて、床板を示す。
ああ、どうやったら通じるの?
――そうだ!
今こそ、ここほれワンワンをする時じゃない? 私は床板をひっかいた。カシカシと爪がひっかかって床板が傷つく。
あ、しまった。傷だらけにしちゃったら、このあと隠し場所として使えなくなっちゃうかも。目立っちゃう。
赤ずきんが駆け付けたこともあり、私は爪を立てるのをやめた。
「――――」
どうやら伝わってくれたみたい。赤ずきんがコンコンと床板を叩くと、空洞を感じさせる軽い音がする。床板を外せないかと調べ出し、しばらくして、床板を外すことに成功した。板をはずしたら湿った土の匂いがぷんと強くなる。
そこには、それほど大きくないスペースがあった。
本が数冊しか入らなそうな小さな秘密の隠し場所。ベッドの影で暗くて見にくい。赤ずきんは手を入れると中から数本の金属の棒と、やはり金属でできた平べったい何かを取り出した。
平べったい金属の装飾のようなものは、鳥の姿をしている。
鳥というか、鶏。おんどりだ、これ。
赤ずきんの手でそれらは組み立てられ、私にも何かわかった。風見鶏というやつだ。
いつも冷静な赤ずきんが珍しく興奮している。探し物を見つけた喜びが伝わってくるけど、それだけではないように思える。
赤ずきんは風見鶏を手にすると、外へ出ようとする。置いていかれそうで、その背を私は追いかけた。