子爵令嬢、ネックレスを拾う
『返して! 私の体を返してよ!』
「そんな事無理に決まってるじゃない。私の願いがまだ叶っていないもの」
『いったいアンナの願いはいつになったら叶うの? ねぇ、アンナの願いを教えてよ!』
「アンナ・トリーと言えば分かるかしら?」
私はその名を聞いて驚いた。
この国で暮らしている人間なら皆知っているその名前。
稀代の悪女 アンナ・トリー
『アンナの願いはもしかして……』
◇ ◇ ◇ ◇
『ここは、どこ?』
さっきまで私は王宮で開かれた大規模な夜会の会場にいた。
しかし、一瞬にして景色が変わり気付けば私は暗闇の中に立っていた。
とりあえずどこか体に不都合がないか、自分の四肢が動くのか確認する。
『うん、大丈夫ね。ちゃんと動くわ。気分も……悪くないわね。それにしてもここはどこかしら?』
辺りを見回すが暗闇が広がっているいるだけで何も見えない。
とりあえずここにいてもらちが明かないので、少し歩いてみる事にした。
コツコツと自分の足音だけが響く。
『怖い……でも、進まなきゃ』
恐怖を押し殺して歩き続けるが、一向に壁にさえ辿り着かない。
『どうして? ここはどこかの部屋ではないの? 普通の部屋ならもう壁に着いていてもおかしくないのに……』
いったい自分はどこにきてしまったのか、生きて帰れるのか、これからどうなってしまうのかを考えると恐怖で体が震えた。
涙が溢れて私はその場にうずくまった。
『お父様……お母様……』
「やっと体を手に入れたわ! これで私は自由に動けますわ!」
そう声が聞こえてきたと思ったら、私の目の前に光が現れさっきまで私が居た場所が見えた。
『これで帰れる!』と急いで立ち上がりその光に走って行くと、私の体はするりと光を通りぬけた。
目の前にあるのはさっきと同じ暗闇。後ろを振り返れば光は同じようにそこにあった。
『どうして……』
一瞬希望がみえたのに、それを打ち砕かれた絶望に私は膝から崩れ落ちた。
また涙が溢れてくる。
「あら、貴方泣いてますの?」
光からまた声がする。
「ごめんなさいね。貴方には何にも恨みはないけれど、私の願いを叶えるためには貴方の体が必要なのよ」
『どういう事ですか? それに貴方は誰なの?』
「私はアンナ。私には心残りがあって貴方が拾ったネックレスに私の魂が閉じ込められていましたの。それを貴方が拾った瞬間私の魂はネックレスから貴方の体に移ったのですわ」
確かにこの暗闇の中に来る前に、私はとても豪華な装飾で真ん中に大きなルビーがはめ込まれたネックレスを拾った。
その後急に気分が悪くなって、気づいたらここにいた。
今の状況の原因がわかれば私の思考は急に冷静になった。
あの時にアンナの魂が私に入り体を乗っ取ったせいで、多分私は自分の体の中に閉じ込められているのだろう。
この不思議な光から見える光景も、アンナが今見ている視点を映しているに違いない。
荒唐無稽な事を考えているのは分かっている。
でも、この状況を考えるとそうとしか思えなかった。
『そうだったんですね。では、私はどうしたらここから出られますか?』
「あら、貴方以外と冷静なのね。もっと取り乱すかと思ったのに。どうしたら戻れるのか……ふふっ、それは私にも分からないわ。だって気付いたら貴方の中に入っていたんだもの。まぁ、私の心残り……願いが叶えば私は成仏して、貴方に体を返してあげられるかもしれないわね」
『では、早く願いを叶えて下さい! 私にはやらなければならない事があるのです!』
「早く返してあげたいけれど、私の願いはそんな一朝一夕で叶えられるものではないの」
『そんな! 私は家のために高位貴族の方と早く結婚しなければならないのです!』
「あら、貴方好いた人がいたの?」
『いえ、いませんけど……これから出会う予定だったのです! そのためにこの2ヶ月間毎日夜会に参加していたのです。早く結婚しなければ家が潰れてしまいます!」
私の家は子爵家だが、名ばかりの貴族でとても貧乏だった。
領地も小さくこれといった特産品もない。先祖の方々が残した財産もお父様が投資に失敗ばかりしてほとんど無くなった。それでも今までは細々と暮らせていたが、去年の冷害のせいで家にはもう借金しかなくなった。
そんな中お父様は執務室に私を呼び出して言った。
「家の財政状況は最悪だ。今年中に借金を返せなければ、領地を取られて家は終わりだ。しかし、先方は領地の代わりにお前でもいいそうだ」
「それは私に身売りをしろと言う事ですか?」
「……お前には悪いがそういう事になるな。相手はあのヒースロー伯爵だ……」
「そんなっ!」
ヒースロー伯爵は私と40歳も年が離れている。
お父様より年上な事が嫌だったが、もっと嫌だったのは彼は何度も結婚しているという事だ。
ヒースロー伯爵夫人は全員病死という事になっているが、噂ではヒースロー伯爵が殺したのではないかと言われている。
「お父様は私に死ねとおっしゃるのですか?」
「ヒースロー伯爵の奥方達は皆病死だ。お前は今まで風邪もひいた事がない健康体。お前なら生きていけるだろう? それに贅沢だって」
「お父様は噂を知らないの? 病死は建て前でしょ!」
「分かっている! しかし、もうどうしようもないんだよ。それなら少しは希望を持ってもいいだろう?」
そう言ってお父様は疲れた顔をしてソファーに座り込んだ。
もう本当にどうしようもないのね、お父様。
家のために愛のない結婚をする覚悟はできていたが、まさか死地に行けと言われるなんて……。
でも、嘆き悲しむだけで何もせずヒースロー伯爵に嫁ぐのは嫌だ。
「期限は今年中ですね?」
「あ、あぁ……来年の春にお前を迎えに来るそうだ」
「分かりました。ではそれまでに私高位貴族の方と結婚します!」
「何っ? 誰か当てでもあるのか?」
「ないわ……でも、やらなきゃ死ぬのよ?」
「そうだな……まぁやれるだけやってみなさい」
それからすぐに社交界デビューの準備をして、私は1人王都にやって来た。
お父様の弟の叔父様の家に今は居候させてもらっている。
社交界デビューをしてから今までの約2ヶ月間、私は毎日夜会に参加していたが今の所出会いはゼロ。
なぜなら私は王都の貴族達の洗礼を受けて、自信を無くし、誰にも話しかける事ができずにいつも壁の花だったから。
今日も収穫はなく、諦めて帰ろうとしたところであのネックレスを拾ったのだ。
あぁ、あの時ネックレスなんか拾わなければ……。
早々に諦めて帰ろうとしなければ……。
勇気をだして誰かに話しかけていれば……。
「あぁーメソメソうっとしいですわ!! 分かりましたわ。貴方の高位貴族と結婚したいという願い、私が叶えて差し上げますわ!」
『えっ!? 私声にでてました?』
「貴方の体なんだから、貴方の考えている事ぐらい分かりますわ。それに高位貴族と関係を作る事は私の願いを叶えるにも必要なのよ。貴方が殺されても困るし、そのついでですわ」
『ありがとうアンナ! 私、本当はもうダメかもしれないと思っていたの……アンナはただの幽霊ではなく、私には天使様のようだわ!』
「私が天使ですって!? 貴方はおかしな子ね。自分の体が乗っ取られているというのに」
『だって、アンナが成仏しないと元には戻れないし、もう自分では現状を変える事は出来ないし、アンナの願いを叶える過程で高位貴族と結婚が必要なら、ついでに私の願いも叶うから。私の家の借金が返せて私が死ななければ誰でもいいの。愛のない結婚をする覚悟は出来てるわ。結婚する相手はアンナが決めて』
「そう、分かったわ。私の都合の良いようにやらせてもらうわ。ところで貴方の名前は何なのかしら?」
『あっ、すみません。私はレイラ・ガーゼフと申します』
「そう、貴方レイラっていうのね。この私アンナ・ト、ゴホンッ、アンナがレイラに最高の結婚相手を見つけてあげるわ!」
「仮面の王妃」大分放置してるのに、新しく書いてすみません。
プロットを探してたら「死神に愛された侯爵」らへんで書いたプロットを発見し、面白そうなので書きたくなりました。息抜き投稿です。