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「あの制服は見たことがないな」
首を傾げて呟いたリクに、イングリッドが説明する。
「……あれは、聖騎士コースの方ですね」
「聖騎士?」
「ええ。人数が少ないので騎士科にまとめられていますが、授業内容は騎士科のほかに神学や神聖魔法の一部も学ぶそうなのです。それで私たちと合同授業を受ける時は、神学科にいらっしゃるんですよ」
リクはそうなのかと感嘆符を述べた後、一般的な事実に気付く。
「今日は初日で、授業はない気がする……」
「そういえば、そうですね」
イングリッドも言われてみればという顔をした。
それに帰りのホームルームも終わり、皆が帰り支度をしている時だ。何をしに来たのかと思われても仕方がない。
そんな彼は、つかつかと教室の中を横切ってリクの前に立った。
「――あなたが『光の乙女』か?」
どこかで聞いたフレーズだった。
銀髪の男子生徒はリクの前でひざまずき、クラスメート全員が見ている前で言った。
「お初にお目にかかる。私はラッハ家のレナード。聖騎士になる者として、これよりあなたをお護りする」
どうやらグランルクセリア王国出身の者らしい。
それはそうと、告白とも騎士の誓いともとれる大胆な場面にクラスメートたちがざわつく中、リクはポンと手を打って言った。
「思い出した。あなたが、聖騎士の弟さんか。お兄さんによく似ている」
リクがどこかで聞いた記憶のある台詞は、かつて護衛のレンブラント・ラッハに初めて会った時に言われた言葉だった。
二人は顔立ちもよく似ていた。さらりとした銀の髪に、バランスの良い体躯と白皙のマスク。切れのある静謐な雰囲気までそっくりだ。
しかしリクの言葉を聞いたレナードは僅かに目を見開いた後、不快感を押さえ付けるようにして言った。
「はは……。それを言うなら、我々兄弟は父に似ただけだ。……どうも、兄がお世話になったようで」
「いやいや。何だかんだ、私の方がお世話になっているよ。魔の森では、危ないところも助けてもらった。感謝している」
彼の兄のレンブラントは、リクたちがグランルクセリア王国に異世界召喚された当初からの護衛だ。リクは護衛など不要と言ったこともあったが、今では影のように付き従っている。
リクは事実を挙げてレンブラントの家族に感謝を示したつもりだったが、レナードの反応は芳しくなかった。
「それは……兄としては大変光栄なことだろう。喜ばしいことだ。……だが、これからあなたの護衛は私が引き継ぐことになる。兄はもうお役御免だ」
どこか不機嫌な様子のレナードに、リクは何か悪いことを言ったかと考えたが分からなかった。
「そう……なのか?」
「ええ」
レナードは立ち上がり、静かに燃えるような瞳でリクに告げた。
「あなたの本来の護衛は私だ。この通り、私がまだ学生の身分であるため兄は代理をしているにすぎない。聖女の護衛は、聖騎士が務めるもの。兄では役不足だ」
レナードは少々棘のある辛辣な言葉を使ったが、残念ながらリクはそれには気付かなかった。
「そう、それだ! 代理!」
「……は?」
急に指差されて、レナードは面食らう。
「私も君のお兄さんと同じなんだ。私は勇者代行……、勇者の代理だ。だから私たちは同じだという話をしたんだ。たぶん……それで少しは仲良くなれた、かもしれない」
「なっ……!」
(――兄と!? 仲良く!?)
唐突に与えられた情報に戸惑ったのか、レナードは思わず後ずさりをして拳を握った。
そして、重大な勘違いをした。
「あいつ……ッ! あろうことか、聖女を誑かして……!」
「あ、そういうことは一切ないので。ご安心クダサイ」
間髪入れず、リクはツッコミよろしく訂正した。
あまりにも早く訂正されたため、レナードは毒気を抜かれて立ち尽くしてしまう。
(あいつとは何もない!? ……ならよかった、のか……? いや、あんな脊髄反射の如く否定されるのもどうなんだ? ……私の立ち位置は!?)
レナードが無駄に悩んでいる間、場に沈黙が訪れた。
それを破ったのは、マリアーネの叫び声だった。
「~~~~もうっ! 羨ましくなんかないわよっ! 私にはアルフォンス様がいるんだから! 別ゲーの攻略対象っぽかったから、ちょっかいを出さないであげてたのよ。まさか『ななダン』とは気付かなかったけど、感謝してほしいわね!」
言葉とは裏腹に、実はマリアーネを始めとした複数の『ヒロイン』たちが、レナードに粉をかけたことがある。
しかしレナードは自分には定められた聖女がいると、どんな美少女ヒロインや他の聖女ヒロインにも見向きもしなかった。
――にも関わらずレナードが人気なのは、やはり美男だからである。
マリアーネは明らかに羨ましそうにリクの方を見ながら、ふんと鼻を鳴らして捨て台詞を吐いたうえ、鞄を引っ掴んで教室を飛び出して行った。
「ええと……、アレは何だったんだろう……」
「一応、気を遣ってくれたみたいですよ」
「そうだったのか……!」
イングリッドの解説がなければ、リクにはマリアーネの言っていることが全く理解できなかった。先が思いやられるとは、このことである。
マリアーネが帰宅すると、他の生徒たちもチラホラと帰り始めた。
誰もが裁判のことも気になるようだったが、時間は正午を過ぎたお昼時だ。空腹に堪えてまで裁判を見たいほど興味のある相手もいなかった。
今日は午後がないのを利用した『フリーダム』の集まりに、転生者であるイングリッドを連れて行く約束だ。
「……そろそろ、私たちも行こう。広場でみんなと待ち合わせのはず」
「はいっ」
リクたちも立ち上がった。
「どこかへ出かけるのか?」
当然のように、レナードも付いて来た。リクは仕方なく事情を話す。
「エクリュア姫のサロンに行くんだ。こっちの国に来て、初めてだから」
「そうか。送って行こう」
「ミラと公爵家の馬車で行くから、付いて来なくて大丈夫。お兄さん……レンブラントもいるし」
「護衛は私だ」
「いや……でも」
リクは言い辛そうな顔をした。
「女の子同士の集まりなんだけど……」
「中に入る訳じゃない。それに王女殿下や他の令嬢にも、護衛くらいいるだろう」
レナードは有無を言わさないところも、レンブラントにそっくりだった。
「何より、どうせ兄が付いて来るだろう。私の卒業までは、あなたに付きまとうつもりのようだからな」
「…………」
一歩も引かないレナードに、リクはついに一度閉口した。玄関口で足を止め、レナードを振り返った。
「あなたは聖騎士になるのでしょう?」
問われたレナードは、得意気に微笑した。
「その通りだ。聖剣に選ばれ、父の跡を継ぐのは兄でなく、この私だからな」
「だったら、あなたは国や世界のために働くべきだ。護衛なんかに収まっていい人材じゃない。私の護衛というなら、一介の神殿騎士がもういる。だから国にも神殿にも、レンブラント一人で充分だと伝えてある。……あなたは、偉大な聖騎士として世に活躍すべきだ」
「…………ッ!」
回りくどいが、リクとしては護衛の断り文句を超えた言葉であった。
聖騎士の護衛が必要なのは、戦闘力のない聖女が多いための慣習だ。勇者と同等のスキルを持ち、あらゆる武具を扱えるリクには当てはまらないのだ。
レナードは驚き、しばらくその場を動けなくなった。
リクの攻略対象が増えました。
七人と同時に結婚とかいうアタオカゲームのヒーロー6人目です。
公開騎士の誓いは、全力でスルーされたようです。
転生/転移者・攻略対象等まとめ
【ななダン】
・ヒロイン:リク
・悪役令嬢:ミラフェイナ
・攻略対象1:コルネリウス王子 ※フリました
・攻略対象2:レンブラント 護衛の神殿騎士
・攻略対象3:アウグスト 騎士
・攻略対象4:クライド 魔術師
・攻略対象5:マティアス王子 ※丁重にお断り
・攻略対象6:レナード 聖騎士見習い レンブラントの弟 ←New!
・隠しキャラその3:ローゼンベルグ公爵 後見人 一歩リード
・モブ王女:エクリュア グランルクセリアの次期女王




