4
「……」
リクは先ほどの話の間もアミのブレスレットを見ていたが、旧型の印象を受けた。端末を変えたばかりと言っていたのを記憶していたので、齟齬があるのではないだろうか。
「あなたの端末、結構旧型なのね」
「えーっ。春に出たばっかりのやつだよ」
堪えきれなくなったミラフェイナがリクとアミの肩を両腕でがばりと抱いて壁際へ移動し、侍女たちに聞こえないよう小声で尋ねた。
「ちょっと、お二人とも。さっきから聞きたくてうずうずしてましたのよ。一体、どの時代からいらっしゃったんですの?」
「どの時代……?」
リクとアミは、ぱちくりと同時に目を瞬かせた。
「2052年だけど」
「私は2048年……。はっ、私の方が古い!?」
本当に旧式だったことにアミは衝撃を受けたようだった。リクの方も、アミと違う時間軸から連れて来られたことには多少の驚きを得た。
時代にショックを受けている人物がもう一人いた。質問したミラフェイナ自身だ。
「二人とも未来人だったなんて……」
「そういえばミラフェイナさんの前世は、どの時代だったの?」
当然発生するであろう疑問に、ミラフェイナは今日一番言いにくそうな顔をした。
「ええと……。2020年頃かしらね……」
――生まれてないな、とリクとアミは同時に思った。「くっ……」ミラフェイナは何故か痛みを堪えるように顔を顰めた。
「……と、とにかく。この世界は、あちらでいう中世っぽいファンタジー世界ですのよ? 先ほどは何とか誤魔化せましたが、端末の充電はどうするつもりですの? コンセントなんてありませんし、数日で電池切れしてしまうのでは?」
ミラフェイナの心配に対して、アミがきょとんとした。
「え? 身に付けてれば充電されるけど」
「そうね。生体が発する磁場から電力変換できるのよ。私のは空気中の電波からも電気を取り出せるわ」
珍しくリクも説明した。
「…………!!」
ぴしゃーん、とミラフェイナの背後に驚愕の稲妻が疾ったように見えたが、リクは突っ込まないでおいた。彼女の前世が生きていた2020年頃にはまだ公開されていない技術だったか。
しばらく後、侍女たちには二人のウェアラブル端末――リクのチョーカーとアミのブレスレットに触らないよう指示し、気を取り直して仕度が開始された。
それも束の間、またしても小さな事件が発生した。
「リ、リク様……っ。そ、それは」
湯浴み前には当然服を脱ぐことになるが、リクがスカートの下に身に付けていたホルスターの銃をミラフェイナも見てしまった。
侍女たちには何か分かっていなかったが、前世の記憶のあるミラにはそれが殺傷能力のあるヤバイ代物だと分かる。
「ああ」
これか、とリクは何の気なしにホルスターごと取り外してチョーカーの横に置いた。
「護身用よ」
「ごごご護身……用?」
ミラフェイナは驚きすぎて、ひゅっと声が裏返りかけた。
「ア、アミ様? あれも、お二人の時代では普通のことですの?」
「あはは、さすがに銃は普通とまではいかないかな……。えっとね、反AIを掲げるゲリラ集団が内乱……? 暴動……?」
《武装蜂起ですね》
アミが言葉に迷っていると、AIイリスが助言した。
「そう、それ! その事件があってから、一部の地域では銃が許可制になったんだよ。リクはお仕事関係で必要だったから許可取ったんだって」
うんうん、とリクは声を出さず首を縦に振って肯定した。
前世の記憶で地球を知るミラフェイナは、背後に稲妻を疾らせて戦慄した。
「……に、日本で武装蜂起……っ!? そんなことが……!?」
ミラフェイナにとっては転生して今は関係ない事とはいえ、前世のシズカが死んでから日本がどうなったのか非常に気になるところだ。
「危ないからって、私も小さい頃は両親にスタンガンとか持たされてたんだよ。パーソナル端末と一体化してからはAIが守ってくれるようになったから、荷物が減ったんだよね」
あっけらかんと話すアミ、頷くリク。
二人を前に、ミラフェイナの中のシズカはジェネレーションギャップを感じざるを得なかった。通り魔に刺されて死んでしまったシズカは、2020年頃までの記憶しかないのだ。
「そ、そうなんですのね……」
スタンガン機能が端末と一体化? AIが守る?
アミの話を聞きながら、ミラフェイナは先ほどのリクの壊れたパーソナルAI――エリヤの挙動を思い出した。そして悪寒を覚える。
「あ……あなたたち! 命が惜しければ、くれぐれもリク様たちの異界の持ち物には決して! 決して触れてはなりませんわよ! 死にたくなければ! いいですこと!?」
恐怖心に駆られたミラフェイナの剣幕に、侍女たちはこくこくと頷くしかなかった。
そんな事もあってか、以降愚かなことをする侍女も出ず、二人の異界人の身仕度は本格的に進められた。
女性同士とはいえ、着替えどころか湯浴みを他人に手伝われる経験などなかったリクとアミには相当抵抗のあることではあった。しかしこの世界で生きて行くには、ある程度慣れる必要があるとミラフェイナにも諭され、何とか二人は受け入れたのだった。
その後の衣装合わせには、ミラフェイナも参加しての大わらわとなった。
衣装とメイクが終わり、二人の姿に大満足したらしいミラフェイナが目を輝かせた。
「リク様! とっっってもお似合いですわ! アミ様もすごくお可愛らしくて」
「こういう格好はちょっと……」
「何を仰いますの。伝説の大聖女に相応しい衣装ですわ!」
気後れした反応を見せるリクに、ミラフェイナはふんすと得意気な表情をする。
金の刺繍と真珠が散りばめられた白いドレスは『光の乙女』という肩書きらしく清純なイメージを引き立てるデザインとなっており、リクのチョーカーが違和感ないように紐を白いリボンに差し替えたのはミラフェイナのアイデアだった。
一方のアミは白いローブにワンピース、そしてリボンとレースの付いた白いミニハットをちょこんと頭に乗せたキュートな出で立ちである。
「これ変じゃない?」
「控えめに言って天使……」
リクが可愛いと真顔で答えると、ミラフェイナも笑顔で頷いている。
「うーん。でも何か『異界魔術師』っていうより『白魔術師』って感じ? これってリクの隣に立つからこの色なんだよね。リクのイメージを壊さないように頑張らなきゃ……!」
「……」
アミが健気なことを言ったので、リクは試しに訊いてみた。
「もういっそのことアミが『光の乙女』じゃダメなの?」
「ダメに決まってますでしょう!」
ミラフェイナが即座にツッコんだので、結果ダメだった。
侍女たちが片付けを終えてようやく客間を去って行くのを見送り、部外者がいなくなったのを見計らってアミが何気なく尋ねた。
「ねぇねぇ。リクはその乙女ゲームってやってたの?」
リクが首を振る。
「いいえ。ゲーム自体あまり……」
「私もないんだよねー。RPGは遊んだことあるけど」
「ほ、本当にお二人とも『ななダン』を未プレイですの!?」
「うん」
と、正直にアミが答える。
「たぶん」
と答えたリクに至っては、さらに問題だった。
「というか乙女ゲームって何?」
「そこからですの!?」
ミラフェイナは驚愕のあまり開いた口が塞がらない。
何が問題かといえば、ヒロイン召喚されたのにゲームをプレイどころか知らないという点だ。
「乙女ゲームというのは女性向けの恋愛シミュレーションゲームのことですわ……。ちなみにコルネリウス殿下もヒロインの相手役のひとりですけれど」
「そうなの」
と、リクは興味なさそうな返事をした。
ミラフェイナが何やらプルプル震えていたが、リクは突っ込まないことにした。