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「お姉様が神学科へ編入するなんて、おかしいわ! どうして私に黙って急に、そんなことを……!?」
「魂胆が見え見えだぞ、イングリッド! そんなことをしても、俺がお前を選ぶことなどない! 神学科入りなど、今すぐに取り消せ!」
「……私は」
今まで黙って言われるがままであった青い髪の令嬢――イングリッドが、まるで痛みを堪えるような表情で重い口を開いた。
「私は、母の信仰を引き継ぐと決めたのです。それに、父には許可を取っています。このことはアイラ、あなたも……それにトバイアス様も関係ありません。私の意志であることを示すために、この髪を切りました! どうか、もう関わらないで下さいませんか」
強く突き放すような言葉であったが、言った方のイングリッドは震えていた。その言葉を発するのに、そして貴族令嬢が髪を切るのに、どれほどの覚悟を要したのか察するに余りある光景であった。
しかし追及している方は、それをただ嘲笑う。
「ハッ。何をぬけぬけと! そんな話を信じると思っているのか!?」
「信仰だなんて……。お姉様からそんな言葉、今まで一度も聞いたことがなかったわ」
否定的な反論を受け、イングリッドは苦虫を噛み潰したような顔をする。それは言うまいと思っていた言葉を言わねばならなくなった。
「……それはそうでしょう。信心深かったのは、私の母です。私の母とあなたの母は違うのですから。信仰の話をしていたとしても、興味のないあなたたちの記憶には残らなかったのでしょうね」
母親が違うというのは、厳然たる事実だ。そして腹違いの妹アイラと違い、イングリッドの母親は亡くなっている。だからこそ父とアイラの母は、待っていたとばかりに再婚したのだ。
「取り消せと言われましても、もう編入手続きは済んでいますわ。こうして新学期なのですし」
イングリッドは、少し嬉しそうに自分の着る制服を見た。見習い神職者のワンピースは、純白の袖と神秘的な紫のスカート。そして腰にある上品なリボン。校章入りのボタンは金色に艶めき、まさに輝いて見える。高等部神学科の女子の制服だ。
「馬鹿馬鹿しいッ! アイラにはお前が必要なのだ! 妹を助けるのが、姉の務めだろう!?」
「……それは授業のノートを書き写したり、日直や委員会の仕事を肩代わりしたり、果てはテストのカンニングペーパーを作ったりすることですか?」
「……ッ!?」
公衆の面前で暴露された内容に、声を荒げていた男子生徒が思わず口を噤む。アイラと呼ばれたヒロインと思われる金髪の女生徒も一瞬、涙を止めた。
「な、何でそんなひどいことを言うの? 私はただ……っ」
アイラが顔を両手で覆って嘆き悲しむ。それを見たトバイアスが逆上した。
「デタラメを言うな! 実の妹を貶めるとは、血も涙もない女だな! いいから来いッ! お前が伯爵に頭を下げれば、こんな馬鹿げたポーズはやめさせてくれるだろう!」
ポーズ。見せかけの演技。
言われた台詞があまりにも信じられず、イングリッドは愕然とした。言葉を尽くして説明し、実際に行動を起こしてもポーズだと言われてしまうのだ。
そんなイングリッドに掴みかかるように、トバイアスの手が伸びる。
「い、嫌っ……!」
「やめろ!」
乾いた音がした。
青い髪の令嬢――イングリッドが目を開くと、見知らぬ二人の女子生徒たちの背中があった。
ひとりは金髪のショートボブで、白い制服を着ている。神学科の生徒だ。彼女がトバイアスの手を払い、その前に立ち塞がった。
もうひとりは赤毛のサイドテールで、フード付きの黒い制服――魔法魔術科の生徒だった。イングリッドを守るように、すぐそばに寄り添った。
もうひとりの存在に気付いたリクが、ふっと口端を上げて微笑んだ。
「あなたも来たのね」
「うん! こんなの黙っていられないよ!」
もうひとりの彼女こそリクと共に召喚された、たったひとりの転移者仲間アミ・オオトリであった。
少し離れたところで、貴族科の制服を着たエリー・ヘイデンが青ざめた表情でこちらを遠巻きに見ている。アミはまたしても飛び出してきてしまったようだ。
「何だお前たちは!? 部外者は引っ込んでいろ!!」
「……部外者じゃない。同じ神学科の仲間よ」
「何……!?」
歯噛みするトバイアスの前で、リクは少しズレているかもしれない自己紹介をした。
「初めまして。私の名前はリク・イチジョウという。異世界から来た。グランルクセリアの聖女候補で、今日からここの神学科生徒になる。よろしく」
「は……?」
トバイアスが拍子抜けしていると、アミが慌てて後に続く。
「そうです! 話は聞かせてもらいましたよ! せっかく心機一転! 髪まで切って頑張ろうとしているご家族に、あんな冷たい言い方はないんじゃないですか!?」
「えっ……」
イングリッドが半ば驚いてリクとアミを見た。この二人は、自分を庇おうとしてくれているのかと。
「……あっ。ちなみに私もリクと一緒に来たんですよ~。ええと……グランルクセリアでは、『異界魔術師』って呼ばれてて……」
自分を指してアミがにこやかに説明するので、つい周囲の生徒たちも反応したようだ。
「え……? 今、異世界って言ったか?」
「あの金髪の方、グランルクセリアの聖女候補だって」
「聞いたことある! グランルクセリアで勇者を召喚するっていうウワサ、あれ聖女だったんだって!」
「それなら、俺も聞いたな。ちょっと前に、魔の森のヌシを倒して魔族の手から人間の領地を取り戻したって騒がれてたやつだ」
「こっちの学園に転校してくるって話、本当だったのか!?」
衆目が騒ぎ出したため、頭に血が上っていたトバイアスも冷静さを取り戻したようだ。
「ぐ……っ。聖女候補だと……!?」
トバイアスと呼ばれる男子生徒が半信半疑で拳を握り締めた時、どこかで様子を窺っているリクの護衛――神殿騎士レンブラントが剣に手をかけたことに、リクは気配で気付いた。
彼には手を出すなとリクは言ってあるが、男子生徒が暴挙に出るのなら留めておくことは難しいだろう。レンブラントが出て来れば、国際的な大ごとになりかねない。その前に追い払う必要があるが、神学科の仲間を主張する以上の策はなかった。
久々のガールズのタッグです。
ガールズの関係性の変化も第二部では注目なので、こちらもよろしくお願いします。




