プロローグ2:インクイジター Season2 第0話 ★
その日、学園都市エクスのはずれにある教会を訪れた令嬢がいた。
サファイアブルーの髪にアイスブルーの瞳、白磁の肌の美しい令嬢だった。物静かさ故に見る人によっては冷たい印象を与えるかもしれないが、それは真実ではない。
彼女は馴染みの老司祭ペイルマンに声を掛け、告解部屋に入った。神職者に罪を告白し、赦しを請う場所である。
しばらくして中央の仕切りの向こうに現れたのは、司祭ではなかった。
「それでは、罪の告白を」
貴族のお忍びで来ているであろう令嬢は緊張したのか、言葉に詰まっているようだった。
「どうした?」
「すっ、すみません。司祭様かと思っていたので……」
「私では役不足かな?」
「い、いえ。そんなことは……!」
令嬢が仕切りの向こうに垣間見えた襟元の法衣は、白地。いつもの司祭よりも遙かに位の高い高位神官だと分かる。
そういえば、教会にあまりに見ない顔の神官が来ていたようだと、令嬢は思い出した。
高位神官相手に申し訳ないと思いつつも、彼女は訥々と悩みを打ち明け始めた。
「……あの。信じてもらえないかもしれませんが、私には前世の記憶があるのです」
「前世?」
「はい。私の前世は異世界……チキュウという星の、ニホンという国に住む女性でした……」
令嬢が話し始めたのは、異世界・地球に生きていた頃の記憶だった。
数十分後、告解部屋から出てきた青髪の令嬢は礼拝堂へ向かった。
星十字の下で祈りを捧げた後、彼女が静かに教会を後にするのをラビたちは見ていた。
令嬢の告解を聞いた神官とは、ラビであった。
薄紫色の髪、聖者装束を身に纏い、左右色の違う瞳はそれぞれ別々の神から力を与えられている。
最近恒例になりつつある、道標の巫女メルアの道しるべアートに導かれてやって来たのが、この学園都市エクスの教会だった。首都や聖地の神殿ほどの規模はないものの、礼拝堂の収容人数は三百人ほどになる大きな教会である。
「あの子がウワサの『悪役令嬢』なのだ?」
言い慣れない単語を口にしながら尋ねたのは、『星河の巫女』カレン・スィード。アザレアの髪に雪を欺く肌の美少女で、大陸随一の神霊力を誇る。
「何や、綺麗なお貴族サマのご令嬢って感じやな」
西部訛りの発音で言ったのは、九歳の巫女シプリス。青く長い髪を古風に左右から結い上げた出で立ちをしている。
シプリスは目の上に手を乗せ、遠くを見るような仕草でイングリッドの後ろ姿を見ていた。
「……ああ。オールド様の竜眼で鑑定ができ、『ヒロイン』ではなかった。話を聞いた限りでは、彼女らの言う『悪役令嬢』で間違いないだろう」
ラビが答えると、カレンは「ふぅん」と言い、シプリスは「ほへー」と変な声を出した。
ラビが持つインクイジターの能力は、『ヒロイン』まわりにしか使えないのだ。
「じゃあ、今の子もヒロインと同じ転生者ってこと?」
「転生者ではあるが、例の逆神……異世界の神の加護はなかった。どうやら、その辺りがヒロインと悪役令嬢の違いらしいな」
「にゃはは。やっぱり! 逆神が絡んでたら、ヒロインってことや」
得意気に笑うシプリスは、『ヒロイン』を送り込んでくる異世界の悪しき神を〝逆神〟と言い出した張本人である。
託宣によれば、その逆神に仕える逆路という者たちも存在するという。
「これからどうするつもりなのだ?」
カレンが尋ねた。
インクイジターはここ数ヶ月の間、東大陸中央部の各国を回って『ヒロイン』を処理してきた。
しかし沿岸部側の国々を前に引き返し、アシュトーリアに戻って来たのが数週間前のことだ。インクイジターは「灯台下暗し」だと言った。
わざわざ各国を回らずとも、向こうから集まってくれる場所があったのだ。それが、アシュトーリアの統合学園である。
「先ほどのご令嬢は、『ヒロイン』から逃れるためにエクスに来たと言った。おそらく、同じように転入や編入してきている他の『悪役令嬢』もいるはずだ。すると、どうなる?」
ラビが悪戯っぽく微笑った。
「にゃ?」
「どうなるのだ?」
よく分かっていない巫女たちが首を傾げる。ラビが説明した。
「神々の情報や今までのヒロインたちの傾向から、あやつらは確実に異世界の物語にこだわっている。『悪役令嬢』に対してもな。つまり、逃げる悪役令嬢を追って数多くの『ヒロイン』が来ていると考えられる。そこを突かない手はない」
「なるほどなのだ!」
目から鱗が落ちたように、カレンが感嘆の声を上げた。
「ふっふっふ。そういうことなら、うちのサポートは高くつくでぇ♪」
手でお金のジェスチャーをしながらニヤリと笑ったシプリスは、最近召集されて合流した『心泉の巫女』である。
普段は首都の東にある水の都の、蒼水神殿に籍を置く。
九歳とはいえ、シプリスは心泉セシール・アン・セフィーリア女神に仕える巫女であり、五大巫女の末席に数えられるほどの優秀な巫覡である。
しばらく行動を共にした『無限の巫女』セミュラミデが聖火神殿へ帰らなければならなくなったため、代わりに呼び寄せたのが彼女だ。
インクイジターの裁判開廷に必要な神々の承認を得るために、ラビは常に巫覡たちに力を借りなければならない。そのため、シプリスにも一定期間任務に携わってもらう形になる。
「あのご令嬢も、『ヒロイン』の良いエサになるだろう」
「エサ?」
シプリスが目を丸くしながら首を傾げた。
ラビが、後ろに控えていた老司祭に声を掛けた。
「御記しに気付いたか?」
「ええ、しかと」
答えたのは、この学園都市エクスの教会に勤めるペイルマン司祭だ。
「近く、託宣が降りるやもしれませんな。さっそく準備を」
「頼む」
ラビが相槌を打つと、老司祭が離れていく。地元の司祭や神官に、巧みに協力させながら事を進めるのは鉄則である。
「また何か企んでるのだ?」
「企みとは失礼な。ヒロインたちを処する計画である」
いち早くツッコんだカレンに、ラビは意味深な笑みを浮かべて言った。
「にゃはーん?」
いまいち呑み込めていないシプリスもいるので、ラビは計画を明かした。
「このエクスに来たのも、導きである。ここの学園に巣くうヒロインたちを一掃するぞ」
「ちょっと! それって、私たちがヒロインに接触するってことなのだ!?」
「左様。おもに汝がその役目を担うのだ」
驚くカレンに胸倉を掴まれ、揺さぶられながらラビがあっさりと肯定した。
「学園で我が物顔のヒロインたちに、汝らの美しさと実力を見せつけてやれ」
「何で私たちにやらせる方向なのだ!?」
「さすがに私では学生に化けられんからな」
「人使いが荒すぎるのだー!」
開き直るラビは、巫女のか弱い腕でぶんぶん揺すられてもダメージはない。
「にゃはは。うちは、報酬出るなら何でもええで~♪」
もはや漫才と化している二人を横目に、シプリスが笑った。
それを受けて真顔で振り返ったラビが言った。
「ああ、給金の話ならツクミトの方に頼む」
「……っ、そういうトコなのだ~~~っ!」
経費や予算などの金銭関係は全て大神官ツクミトに任せているどころか、ぶん投げているラビ。たびたび指摘するカレンだったが、この日もツッコミが止むことはなかった。
更新
インクイジターサイドまとめ
★インクイジター:ラビ
裁判長:リネン 知識の神の地上代行者。どこかの山奥に住むショタ
お手伝い出張
・星河の巫女:カレン 17才
・心泉の巫女:シプリス 9才
お留守番組 ※インクイジター第0話に出てます
・責任者:大神官ツクミト
・混沌の巫女:ヒルデナーダ 12才
・大地の巫女:ナディア 8才
・無限の巫女:セミュラミデ 11才
・神門の巫女:キスカ 10才
その他の巫覡
・調和の覡:???
・道標の巫女:メルア 5才
五大巫女①~⑤ ※能力順
①ヒルデナーダ
②???
③セミュラミデ
④???
⑤シプリス ←New!
※『星河』を持つカレンは①より上です
第二部もよろしくお願いします!




