ヒロイン裁判の裏の裏
「おっ、兄貴じゃん」
王宮。式典会場のテラス屋根の上に、彼はいた。
その日は、グランルクセリア王国に召喚された『聖女の器』リク・イチジョウの凱旋祝賀パーティーが開かれていた。
異世界から召喚された人間。それも、名前の響きから類推されるに日本人だ。それだけで興味津々だった。
魔法で目の前に映し出しているのは、式典会場のメインホールとそこに現れた『法廷』の映像である。
彼が「兄貴」と呼んだ人物――鑑定士ヒューベルト・シュタインクロスが、会場に呼び出されて国王の前にひざまずいている。
「ふーん……。兄貴が裁判の鑑定士やんのね」
その後、ヒューベルトは『法廷』の映像に近付くと白い炎に包まれて姿を消し、映像の中に現れた。
「消えた! すげえ……。本当に別空間なのか。あの火がブワッての熱くないんかな? 後で兄貴に聞いてみよ」
彼は裁判の様子を眺めながら、手元の紙袋からクッキーを取り出して口に放り込む。貴族学院の帰りに下町で買ったものだが、食べかけの袋である。食べかけでない方は、人にあげてしまった。
「しっかし、本当にあの子の言った通りになったな。ヒロイン裁判……か」
彼は、学院で有名なユレナ・リリーマイヤーの日常的に散見される情景を思い出す。
「攻略対象に囲まれて調子に乗ってたもんなぁ。実際のヒロインは、あんなんじゃねーだろ。ま、自業自得」
キラキラしたイケメン軍団が苦手な彼は、ユレナには近付かなかった。おかげで認識すらされていない。
一方、彼はディアドラ・フラウカスティアにも近付かなかった。
明らかにユレナに嫌がらせを受けていたのは彼女の方だったが、悪役令嬢に近付いてユレナと関わり合いになることを懼れたのだ。
自己選択ではあるものの、まるで見捨てているようで心苦しさは感じていた。
「オレは何もできなかったからなぁ……。こんなことで助けになるなら、むしろ渡りに船だぜ。あの子に感謝しないとな」
彼は裁判を最後まで見終えると、テラス屋根から飛び降りた。
裁判後、広間に現れた光の扉から出て来る人々を遠目から眺める。
目的の人物を見付けると、彼は広間を迂回して後を追った。真ん中を通って中心人物たちに見られるような真似はしない。
「おーい、兄貴~」
裁判で仕事を終えた鑑定士ヒューベルトは、インクイジターたち一行に挨拶をしてその場を離れていた。
弟に気付いたヒューベルトは廊下で足を止めた。
「何だお前、来ていたのか。こういうパーティーは苦手だったんじゃないのか?」
「ちょっと異世界の聖女サマを見物しに来たらさ、何かスゲーことになったじゃん」
「ああ。まさかインクイジターがこの国で裁判を……」
「兄貴、ちょっとした有名人じゃん」
「やめてくれ。これから国王陛下に提出する報告書の作成がある。それどころじゃないんだ」
軽い態度の弟に溜息を吐き、ヒューベルトは再び歩き出す。それに付いて行きながら、彼はぽつぽつといくつかの質問を投げかけた。
「そういやさ。あの聖女サマともう一人って、うちの学院に来る予定とかないんかな?」
「知らん。私に聞くな」
「何だよ兄貴。使えねぇな~」
ぶつくさと文句を言う弟を見て、ヒューベルトは違和感に気付く。
「ん? お前、その腕輪……」
「ああこれ? 人にもらったんだ。似合う?」
弟の右手首に嵌まっていたのは、白地に紫の紋様飾りのある腕輪だった。綺麗ではあるが、弟の趣味とも思えない。ヒューベルトは、
「似合ってない」
と断じた。
彼はムッとして「うるせぇよ」と言った。
「似合ってなくてもいいんだよ。こういうのは」
「いや、似合う必要はあるだろう……」
身に付けるのなら、と呟きながら、ヒューベルトは弟のさらなるツッコミどころを発見した。
肩に、ミツバチが止まっていたのだ。
「おい。花畑にでも突っ込んだのか? 肩に虫が止まってるぞ」
指摘された弟は、イタズラが発覚した時のような笑みを浮かべた。
「引っ掛かったな、兄貴。これ、本物そっくりだけど実は作り物の虫なんだぜ」
「作り物? うわっ」
ミツバチは彼の肩から飛び立ち、ヒューベルトたちを一周すると再び彼の肩に戻った。
ヒューベルトは感心した。
「本当に本物のミツバチみたいだな……」
「スゲーだろー?」
「それをどうしたんだ?」
「同じ人にもらったんだよ。友好の証にさ」
「変わった魔導具職人がいるんだな……」
「職人? ああ、まあ……そんなとこ」
そう言ってミツバチを撫でる弟が、心なしか生き生きとしているようだとヒューベルトは思った。
「何でもいいが、ほどほどにしておけよ。私は仕事に戻る」
「あれ? 兄貴、今日も泊まりかよ。そっちこそたまには休めよ~。んじゃ、オレは帰るわ」
官僚棟の方へと進んでいくヒューベルトに手を振り、彼は踵を返した。
ヒューベルトが十分離れてから、腕輪の紋様が一部点滅して男性の声が話しかけた。
《ユーゴ。あまり口を滑らせないで下さい》
「悪い悪い。……でも、大丈夫だと思うぜ。兄貴は仕事柄、口が硬いからさ」
裁判が終わって祝賀会がまばらになり、国王の処断が始まった頃には部外者はほとんど帰り始めている。王宮の前庭に停められていた多数の貴族たちの馬車も、残りわずかだ。
《あなたの任務は……》
「分かってるって。アンタこそ、あんまり喋るとバレるぞ?」
《……》
敢えて周りに誰もいないことを確認したうえで、ユーゴは言った。
ユーゴ・シュタインクロス。
彼の任務がヒロインや悪役令嬢たち、そしてインクイジターに関係してくるのは、もう少し先の話である。
このエピソードは、当初本編に入れようとして入れられなかった部分になります。
HUGOと書いてユーゴと読むユーゴ君の本編登場は、第二部のかなーり後の方からになります。
第二部が気になる人は、チェックしてねー。




