エピローグ1:終焉の接触
月明かりがカーテンの隙間から差し込んでいる。
淡い光の帯が、少女の眠るベッドへと伸びていた。
「うーん……。もう食べられないよぉ……。むにゃむにゃ……」
幸せそうな夢を見るアミが寝言を言っている。
AI・イリスは主人の睡眠中のバイタルや脳波をチェックして、問題がないことを確認する。
アミの枕元に小さなクッションがある。そこにはドローンの『スズメ』が鎮座し、『モンシロチョウ』もクッションに止まっている。部屋が暗いので『蚊』はどこにいるか見えないが、反応は同じ場所にある。
隣のベッドで寝ていたリクがおもむろに起き上がり、アミの方へと近付いて来た。
『スズメ』の視界には、しっかりとリクの顔が映っていた。AIイリスはドローンたちの視界を共有できる。『スズメ』の目を使って見たリクの顔は、分析し難い表情をしていた。
「アミ……」
リクはアミの寝顔を見下ろしながら、ぽつりと呟いた。
AIイリスに見られているとも知らず、リクはアミのベッドに片膝を乗せた。
リクはアミの赤毛を撫で、頬を撫で、首筋を撫で――喉元で手を止めた。
曇天の動きで月明かりの帯がゆらゆらと形を変え、リクの半身に影を落とした。
リクはゆっくりと腰を折り、アミに顔を近付けた。寝息でも確認するかのような距離だ。
心配しなくとも、彼女は完全に夢の中だ。
「どうして……あなただけ落ちない」
リクの呟きを、AIイリスは聞いていた。
最近のリクとアミは、毎日王宮の一室に呼ばれて二人で講義を受ける日々だった。
その日の昼間も、この世界の一般常識や生活における魔法のあり方などを学んだ。春からアシュトーリアの統合学園へ行くため、また日常生活を送るのに最低限必要な講習だ。
礼儀作法やダンスは、ローゼンベルグ公爵邸でミラフェイナとその講師マーサ夫人に習っているところだ。
よくドレスの裾を踏んでしまうアミは毎日ヘトヘトになり、夜は爆睡である。
『超回復』を持っているリクは、この世界に来て疲れを感じたことがないという。
超人的といえば聞こえは良いが、チートスキル満載の『ヒロイン』たちはある意味バケモノである。
「同じヒロインだからか……」
リクはしばらくアミを見ていたが、何を思ったのかパッと手を離してベッドから離れた。そのまま数歩後ずさり、アミが起きないか様子を見た。
アミは変わらず、安らかな寝息を立てている。
リクは息をつき、寝室を出た。
《――》
AIイリスは思索する。
『法廷』で出会ったインクイジター・ラビの言った通りになりつつある。
それでもAIイリスの主人は、リクを信じるのだろう。
応接室に出たリクは用意されている水差しから水をつぎ、黙って飲み干した。
心を落ち着けるようにもう一杯ついで、また飲む。
「……」
ローテーブルの上に、橙色の魔法燈がひとつ灯っている。そのそばに、開封済みの封筒が置いてある。
封蝋はオルキア公国の王家の紋章――マティアス王子からの手紙だ。
『それは残念です。せめて次に夜会でお会いした時はダンスを申し込めること、楽しみにしています』
定期的に会うことはできないと、遠回しなお断りを入れた後の返事だ。
彼については、これでいい。
グランルクセリア王国の聖女候補である以上、他国の王子と必要以上に親しくする訳にはいかない。
本来のゲームのヒロインはそうではなかったらしいが、やはりゲームはゲーム。伝え聞くハーレムルートのことを考えても、現実的ではない妄想の産物だ。
暗がりの部屋を見渡すと、更衣室の前にドレスを着せられたトルソーが二体並んでいる。
バラを模った金の刺繍が映える深紅のドレスと、少しデザインの違う白地にグラデーションレースのドレス。
騎士団の若獅子アウグストからのプレゼントだ。アミの分もあるため、対面的に受け取りを拒否することはできなかった。
「せめて同じデザインだったら……」
深紅はアウグストの髪の色だ。アミのものとお揃いでもないため、リクがそのドレスを着ることはできない。
近いうちに彼にも、きっぱりとお断りを入れなければならない。
「またお断りなさるんですの!? そんなぁ……」
と、また残念がるミラフェイナの反応が予想されるが、この時のリクはクスリともしなかった。
リクは自身の髪をくしゃりと押さえ付けるようにして、額から頭を手で覆った。
「あの男……」
脳裏に浮かぶ、インクイジターの姿。ヒロインの敵。
悪事を働いていなければ大丈夫といった、生易しい相手ではないだろう。
ミラフェイナやエクリュア王女たちは、全く危機感を持っていない。裁判の最後でアミが捕まったにも関わらず、呑気すぎる。
彼女たちはヒロインではないのだから無理もないだろうが、対インクイジターにおいて、『フリーダム』のメンバーは当てになりそうもない。
『花ロマ』ヒロインのユレナが処刑された以上、他のヒロインたちと情報交換したいところだ。しかし、リクには他国のツテがない。
「これは……?」
マティアス王子からの手紙の束に隠れて、毛色の違う封筒が混ざっていた。
昼間に見た時はなかったはずだ。
『聖女の器』であるリク宛ての手紙は、王宮の担当官によって検閲されている。他国の間者が接触しないようにするためだ。
しかしその封筒は、開封された形跡がなかった。
「誰かがここに置いたのか?」
いつ紛れ込んだのか――リクは封筒を手に取った。宛先は間違いなく、『聖女リク様』となっている。
差出人を確認するために封筒をひっくり返した時、リクはそこに書かれた文字を見て息を呑む。
「……漢字……!?」
この世界の文字ではない、リクたちが見慣れた文字で書かれた差出人の名前は、明らかに日本人のものだった。
『瀬木 にむ』
「魔導王国クォンタム……魔学生……」
リクは急いで封を切り、手紙を開けた。そこに書かれていたのは、友好的な文章だった。
『初めまして、『ななダン』のヒロインさん。私は瀬木にむ。クォンタムに召喚された、転移者よ。お友達に手紙を届けてもらったの。驚かせてしまったなら、ごめんなさいね。
転生者ヒロインが多い中、転移者のお仲間が増えて嬉しいわ。
近々、アシュトーリアの統合学園に編入するんですって? 私も次年度から留学するから、会えるのを楽しみにしているわ。
ヒロイン同盟は、あなたを歓迎します。もちろん、相方の謎のヒロインさんもね。
追伸 あなたたちが未来人という話は聞いています。私のゲームは知っているかしら?
――『終焉のアンブロシアン・マギカ』略して『終マギ』のヒロインより』
「未来人……。そんなことまで……」
ヒロイン同盟。願ってもない話だった。
これでアシュトーリア行きの明確な目的ができた。瀬木にむに会い、ヒロイン周りの情報とインクイジターへの対抗策を練る。
「これはミラたちには見せられないな……」
リクは瀬木にむの手紙を封筒に戻し、懐にしまった。朝になったらアミにだけ話そうと決め、リクは寝室へと戻って行った。
更新
【終マギ】 ←New!*タイトル
・ヒロイン:ニム
・???:魔塔の主 非攻略対象
【ヒロイン同盟】
たくさんいるヒロインを支援・情報共有
盟主:ニム(終マギ) ←New!*タイトル
元メンバー:ユレナ(花ロマ)✖死亡
勧誘中:リク(ななダン) ←New!
勧誘中:アミ(不明) ←New!




