6
「――それで、結果はどうだったんですの?」
夕方になって学院から戻ってきたミラフェイナに連れられて、リクとアミはいつもの王宮からローゼンベルグ公爵邸へ招かれていた。
王宮にも劣らぬ公爵邸の広い敷地と庭園、由緒ある建築美を眺める暇もなく。その日は夜を迎えた。
魔術師団長でもあるローゼンベルグ公爵は、忙しい身だ。今夜も王宮に泊まりのようで、公爵邸で会うことはなかった。
今夜は女の子同士のパジャマパーティーだ。
「無事に、索敵と結界術の能力が認めてもらえたよ!」
温かい紅茶と焼き菓子を運んで来たミラフェイナに、アミが答えた。
「それは素晴らしいですわっ」
「って言っても、ほとんどイリスとドローンのおかげなんだけどね」
えへへと頭を掻きながら、アミは左腕に付けたブレスレットを見せた。ピンクゴールドの模様が入っている白い腕輪型装着端末だ。
そのような本物のアクセサリーにしか見えない個人端末は、ミラフェイナの前世シズカ・サクライが生きていた2020年頃にはなかったものだ。
しかも身に付けている限り、充電がいらないらしい。
「未来の地球の技術、恐るべしですわっ」
「あれ? イリスー?」
《……》
アミが下からブレスレットを覗くように手首をくるくる回したが、パーソナルAI・イリスが何かを言う気配はなかった。
「女子会だから遠慮してるのかな?」
ブレスレットの模様がくるくると光った。そういうことらしい。
「うーん……」
「あら? リク様、どうかなさいましたか?」
リクはローテーブルの上に便箋を広げ、ペンを持ったまま唸っていた。
脇に置いてある封筒を見た時、ミラフェイナは直感した。
「それはもしかして、マティアス王子様へのお返事ですの?」
「ミラに聞こうと思って、持って来たんだ。この世界や国による書き方のマナーがあったら教えてほしい。前のように失敗したら、困る……」
「もちろんですわ。お任せ下さいな!」
ミラフェイナは、胸を叩いて喜んだ。
マティアス王子はオルキア公国の第三王子で、ヒロイン裁判の裏でリクが巫女と小競り合いを起こして負傷した時に助けてくれた恩人だ。
リクに文通とデートを申し込んだ強者でもある。
「この前届いた手紙に、これからも会ってほしいと書いてあったんだけど」
「まぁ! それは、お付き合いしてほしいということですわ!」
ミラフェイナは興奮して口元を手で覆った。しかしリクはピンと来ないので、詳細を尋ねた。
「お付き合い。どこへだろうか」
大真面目なリクの言葉に、ミラフェイナは軽く目眩を覚えた。
「リク様。この場合は、男女の交際をしたいという意味ですわ」
するとリクは背後に稲妻を走らせ、そのままの体勢で数秒間固まった。
「よし断ろう。相談してよかった……」
「やっぱり、お断りするんですのね……」
ミラフェイナが残念そうに言う。
「ダメだった? 国際問題になるのか……?」
「ああもう。違いますわっ」
「違うというと……」
「リク様ったら。曲がりなりにもヒロインですのに、気になる殿方などはいらっしゃいませんの?」
「樹になる……トノガッター……」
リクの真面目な顔と微妙なイントネーションで、答えは絶望的だと知るミラフェイナ。
「もうっ。どうして、この方はこうなんですの……!」
ミラフェイナは身悶えしながら、地団駄を踏む。
「『ななダン』の攻略対象は七人もいて、隠しキャラを含めたら十人はいますのよ!? 気になる方が一人もいらっしゃらないなんて……! わたくしはただ、萌えシーンが見たいだけですのにっ! あんまりですわ!」
そりゃあ、まだお会いしていない方もいらっしゃいますけど、とミラフェイナは付け加えた。
リクは愕然とした表情で言う。
「もしかして、恋愛の話なのか……?」
「もしかしなくても、そうですわよ!」
「ごめん……」
ミラフェイナの剣幕に、リクは女子トークのスキル不足を感じた。そういうスキルは、神も与えてはくれないらしい。
「それにしても、リクってモテモテだよね~。レンブラントさん、アウグストさんに、クライドさん、マティアス王子様……」
マイペースにレモンタルトを皿から取りつつ、アミが人数を数えながら言う。ミラフェイナの手前、最初の王子と公爵のことは触れないでおいた。
「全員、攻略対象ですわっ!」
何故かミラフェイナは誇らしげに言う。
数人の名前が挙がったところで、さすがのリクも制止をかけた。
「ちょっと待ってほしい。そんな訳ない……」
「えー! リク、気付いてないの!?」
アミが驚いたように声を上げる。
「気付くとは」
「本気で仰ってますの!? レンブラント様はクーデレですけれど、アウグスト様なんてリク様にぞっこんじゃありませんの! クライド様は分かりやすくちょっかいをかけていらっしゃいますし、マティアス王子様は始めから……」
「うーん……」
リクは首を捻りながら、攻略対象であるという彼らのことを思い起こしてみた。ミラフェイナのように考えられればロマンチックなのかもしれないが、事実を曲解するのは危険であるとリクは判断する。
「レンブラントは護衛という仕事をしているだけに見える。クライド……あの人は、私とアミを探ってるだけ。マティアス王子は政治的な思惑込みでないと、むしろおかしい……」
リクの分析は的確だった。的確すぎるが故に、隙がなかった。
ミラフェイナはぐうの音も出なかったが、夢が打ち砕かれる気分だった。
「ロマンがありませんわぁ……」
「そう言われても……」
「じゃあじゃあ、アウグスト様は!? あの方は、思惑だのとは無縁の真っ直ぐな方に見えますわよ!?」
「そ、そうね……」
リクが珍しくたじろいでいる。
(なんか……)
リクとミラフェイナのやり取りを見守りながら、アミは二人の構図に気が付いた。
〝どうしても恋愛できないヒロインVSどうしても恋愛させたい悪役令嬢〟――。
「それはそれで面白いかも」
ふふっ、と笑いながらタルトを口に放り込み、アミは思うのだった。




