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ローゼンベルグ公爵は、リクの慧眼に感心して頷いた。
「さすがだ。実は今回の決定には二重の意味がある。まずは、あなたのような優秀な聖女を得たという諸外国へのアピールだ。それから、第一王女殿下の遊学の話も知っているね? それと合わせることで、周辺諸国でのグランルクセリアの存在感を高める意図もある」
「……あの森の占有権の話?」
「鋭いね。その通りだ」
リクがドラゴンゾンビを倒したことで人類に支配権が戻った、旧・魔の森の領土についてだ。
今までは魔物が支配していたため曖昧になっていた国境を、隣国のジードカラント王国と南のオルキア公国とで線引きしなければならない。
そのため、三国による森の合同調査が間もなく始まるのだ。
「それなら国外の学園へ行くより、私が調査団に参加した方がよくないか?」
「いや。最初は資源の調査や自然の生態系把握がほとんどだ。いきなり、あなたを出したりはしない」
「なるほど……。切り札として温存している間に、もっと使える駒になれということ」
リクが白い目をして言う。シリングス宰相は、冷や汗を掻いた。
「……そ、そこまでは言わんが、まぁ国としての狙いはそんなところである」
ローゼンベルグ公爵が間に入った。
「だが、リク。安心してほしい。私の目の黒いうちは、あなたを利用などさせない」
「ありがとう、グレゴール」
「いや……。当然のことだ。何かあれば私に言ってくれ。どんなことでも対処しよう」
娘のミラフェイナと同じく、ローゼンベルグ公爵もリクには好意的だった。リクは感謝を示すべきだと考えたが、あまり笑顔が得意ではなかった。
結果、淡い笑みを浮かべて公爵を見つめるという無自覚キラーが発動した。公爵は黙ってリクに視線を返していたが、明らかに良い雰囲気だった。
「……あにょ~……」
見つめ合う二人の横で、アミは未だに絶望的な表情を浮かべていた。
「な、何かなアミ殿?」
リクと見つめ合ってしまったことに気付いたローゼンベルグ公爵が、照れ隠しをしながらアミの方へ視線を移した。
「私、魔法魔術科……に行っても、付与以外のスキルないんですけど……」
アミは魔法魔術という名称に気後れしていた。
ローゼンベルグ公爵が困ったように唸り声を上げる。
「うーむ……。しかし、アミ殿は『異界魔術師』と発表されている以上、魔法魔術科以外へ行くのは不自然のように思えるが……」
「絶対、落ちこぼれるってぇぇぇ」
アミは涙目で必死に訴えたが、決定が覆る様子はなかった。
「ほかには、どんな学科があるか聞いても?」
リクが挙手をして、何の気なしに尋ねた。公爵が頷いた。
「実は私もそこの卒業生でね。基本的には、戦闘員と非戦闘員で大きく分かれる。各種学問や貴族科といった普通の学科と、魔法魔術科や騎士科といった具合にね。なかには、冒険者に役立つ知識や技能を育てる冒険科なんてものもある」
「冒険科!」
アミが目を輝かせ、リクも食い付いた。
「私、そこがいい!」
「私も……」
まさかのリクも便乗し、ローゼンベルグ公爵が面食らう。
「いやいやいや……。リク、あなたまで……」
「とても興味深い」
リクが珍しく興味を示している。ローゼンベルグ公爵としては叶えてやりたいのは山々だったが、対外的に学科を変えるのは無理だと知っていた。
リクもそれは分かっていたが、言うだけなら罰は当たらないだろう。
「リク、あなたは冒険者にはならない。いずれ、この国で私や……他の有力な者に護られるのだから」
「えっと……。守ってもらう必要はないというか……」
リクが若干たじろぎながら反論したが、公爵は引かなかった。
「あなたが拒否しようと、私はあなたを守ると誓おう」
「グレゴール……」
困り顔のリクを、ローゼンベルグ公爵は嬉しそうに見つめていた。
(うわぁ……。リクがまた告白されてるー。すごーい)
アミがお茶請けの焼き菓子をしゃくしゃく囓りながら、心の中で実況していた。
この光景を、ミラフェイナが見たらどう思うだろうか?
自分の父親が、友人に告白?
公爵はまだ三十代と若く、リクが大人だからいいのかもしれないが――。
ちょっと想像が付かないと、アミは思った。
シリングス宰相もそんなリクと公爵には触れられなかったらしく、アミの方に話しかけてきた。
「……まぁ、そういう訳だ。アミ殿も分かってくれるな?」
「ふえぇぇ。落ちこぼれ確定ー」
嘆きのアミが、お茶菓子を囓りながらしくしくと泣き始めた。
なまじ付与術を持っていたばかりに『異界魔術師』として公表されてしまったアミは、出だしから失敗していた。
シリングス宰相が、アミを慰めた。
「そう気を落とすこともない。アミ殿の能力に関しては、再審査をすることになった。詳細は、魔術師団に聞いてくれ」
「再審査……?」
シリングス宰相が付け加えたひと言に、アミはぱちくりと目を瞬かせた。
リクといい雰囲気だったローゼンベルグ公爵が、思い出したように振り返る。
「そうだ、言い忘れていた。アミ殿の再審査は、魔術師団で行う。クライドが立ち会う手筈になっているから、このあと魔術師団の練習場へ向かってくれ」
「わ、分かりました……」
何が何だか分からないまま、アミが返事をする。
「それなら、私も行くわ」
当然のようにリクも便乗し、魔術師団の練習場には二人で行くことになった。
作者も冒険科に行きたいです。




