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『フリーダム』フルメンバーでの最後のお茶会から数日が経った頃のことだった。
「こっ……これは……! 天才だ……っ」
王宮で知能試験を受けていたリク・イチジョウとアミ・オオトリは、目の前で唸り始めた担当官を見て首を傾げていた。
担当官が震える手で答案用紙を持ち上げている。二人が渡された紙面には、地球でいう中学生レベルの数学の問題が並んでいた。
AIの助けを必要とすることなく、二人は問題を解いて帰された。
「何だったんだろうね」
「さぁ……?」
二人は様々な試験を受けさせられたが、ほぼ白紙で出した答案もある。それは、この世界の歴史や地理、魔法学や神学といった科目だった。
一通りの試験を終えたリクとアミは、後日シリングス宰相の執務室に呼ばれた。
城の侍従に通された二人が中へ入ると、そこには魔術師団長であるグレゴール・ローゼンベルグ公爵の姿もあった。
「聖女様方がお見えになりました」
「グレゴール!」
来ていたの、とリクが名前を呼ぶと、ローゼンベルグ公爵が振り向いて目を細めた。
「リク……! と、アミ殿。ご苦労だった。いきなり試験を受けさせてすまなかったね。疲れたろう」
「問題ない。アミは平気?」
「私も大丈夫だよっ」
「それはよかった」
二人はソファに促され、侍従が席にお茶を運んだ。
ローゼンベルグ公爵は、二人の向かいに座った。
部屋の入口には、リクの護衛である神殿騎士レンブラント・ラッハが待機している。
シリングス宰相は、リクの顔を見て誇らしげな顔をした。
「よく来たな、『光の乙女』よ」
「それで、次は何をすればいい?」
リクは執務席のシリングス宰相に、先んじて言った。彼からの呼び出しは、そういうことだと理解していた。
シリングス宰相は少し驚いた後、ゆっくりと首を振った。
「ああ、そういうことではない。試験の影響で警戒させてしまったかな」
「……私たちの新しい任務の話ではないの?」
「任務といえば、任務であるが……」
シリングス宰相は、苦笑した。
リクが視線を正面に戻すと、向かいの席でローゼンベルグ公爵が優しく微笑んだ。
「こちらが、お二人の試験結果だ。試験官が腰を抜かしていたよ。特に数学が学団博士レベルだと。……あなた方の元いた世界は、学者の世界なのか? それとも、お二人が特別で英才教育を?」
「学団博士?」
「英才教育?」
リクとアミは顔を見合わせる。
「ただの義務教育だけど……」
「う、うん。普通……だよね?」
「義務教育ですと!?」
シリングス宰相は、顎が外れんばかりに驚いた。
「みんな十五歳までに、あのレベルの教育は受けている」
「いやはや、それはそれは……。末恐ろしいことだ。これだけの知識があれば、スキルがなくとも武器になる。我々は、異世界人を見誤っていたという訳だ」
「……。今回の本題は?」
リクが表情のなかに僅かな厳しさを滲ませて、先を促した。
シリングス宰相が頷くと、ローゼンベルグ公爵が別の答案用紙を並べた。
「こちらは対称的に、お二人の結果が芳しくなかった科目だ。この世界特有の地理や歴史、神学は致し方ないとして……。魔法学も白紙で出しているね」
「私たちは神にもらったスキルは持っているけど、魔法に関しては専門的な知識はないんだ」
事実を述べたリクに、ローゼンベルグ公爵は気を遣って穏やかに話した。
「分かっている。魔法がない世界から来たと言っていたね。代わりにカガクというものが発達していて……、それで人工の妖精や使い魔が生み出されていると」
「ええ」
「うん」
リクとアミが一緒に頷いた。
人工の妖精や使い魔とは、個人端末にインストールされているパーソナルAIやドローンのことだ。先の討伐戦で認知されたのは、当初無価値とされかけたアミにとっては良かったのかもしれない。
シリングス宰相が言葉を継ぐ。
「――今回の試験結果を受け、リク殿たちには現時点で欠けている、この世界特有の知識や学問を学んでもらおうということになった」
「……!?」
「つまり、お二方にはこの世界の学校に入学して頂く。あなた方の試験結果を見て検討した結果、アシュトーリア王国の統合学園がよかろうという判断になった」
聞き覚えのある学校の名前だった。
「それってディアドラさんやシエラさんたちが行く、外国の学園と同じ……!?」
シリングス宰相の説明に、アミが身を乗り出して両目を瞬かせた。
「左様。リク殿、あなたは『光の乙女』――聖女という立場上、神学科に通ってもらうことになる。アミ殿は、魔法魔術科だ」
「…………」
「えっ……」
リクは黙ってしまい、アミは絶望的な顔をした。
二人の反応を受け、ローゼンベルグ公爵がリクに申し出た。
「リク、何か異論があるなら言ってくれ。国の方針を変えることまではできないが、私にできることなら可能な限りの要望を叶えたい」
「……少し解せない。この世界での一般教養を学ぶだけなら、この国の学校でも事足りるはずだ。それが……」
リクが言いたいのは、国として手放しがたいはずの『聖女の器』を敢えて国外に出す理由だった。




