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粉雪が木枯らしに乗ってちらつき始めた。
肌を刺す寒気に身震いをして、白い息を吐く。
大陸中央部にあるグランルクセリア王国にも、冬が訪れていた。
「お元気で」
「道中、お気を付けて」
「ええ。またお会いしましょう」
ある日、秘密サロンの終わりにミラフェイナ・ローゼンベルグ公爵令嬢たちは、アシュトーリアへと旅立つディアドラ・フラウカスティア伯爵令嬢と別れを告げた。
エクリュア・ヴァイス・グランルクセリア王女とシエラ・クローバーリーフ伯爵令嬢も別れを惜しむ。
「寂しくなります」
「あらぁ? ディアは一足先に行って、地盤を固めといてくれるのよ。春からは、私たちも高等部だもの」
エクリュア王女は、王命によりアシュトーリアのアムリタ統合学園への遊学が決まっている。学年こそ違えど、春からは合流できるから寂しくないと言いたいのだろう。
驚くべきことに、シエラが前々から予定していたという転入先も同じアムリタ統合学園だという。
「せっかく、お友達になれたのに……」
「きっとまた会える」
見送りに参加したリク・イチジョウとアミ・オオトリも挨拶をした。
同年代の友人が増えたと喜んでいたアミが残念がるのを、リクが慰めた。
ディアドラは花嫁修業のため、新しい婚約者の国へ旅立つのだった。
「……うん。ディアドラさんは結婚して幸せになるんだから、笑顔でお見送りしないとね!」
アミが笑って言うと、ディアドラは少し顔を赤らめて若干の訂正を入れた。
「き……気が早いですわ。婚約は致しましたが、今すぐ結婚という訳ではないのです。せんせ……、じゃなかった。ガルフィデルヘルム様は、卒業まで待って頂けると」
「じゃあ、あと一年ちょっとですね♪ 毎月、カウントダウンしましょうか」
シエラが笑顔でからかうと、ディアドラはさらに顔を赤くしながら「結構です」と答えた。
ディアドラは春を待たずに、一足先にアムリタ統合学園へ転入することになったのだ。
「その……。卒業までは待って頂けるのですが、アシュトーリアには来てほしいと望まれまして……」
ディアドラがちらりと馬車の方を見ると、婚約相手のシェイドグラム大公がニコリと微笑した。ディアドラより一回り以上は年上だが、相当な美形の部類に入るだろう。
少し前まで悪女の噂を流されていたディアドラも、今や学院の女子たちにとって憧れの的となっていた。
あのヒロイン裁判がなければ、ここまで変わることはなかっただろう。
ガルフィデルヘルムは、未だに数学教師フィデル・ハイドとの関連性に全く気付かないミラフェイナをちらりと見てからディアドラに声を掛けた。
相変わらず分かっていないミラフェイナは疑問符を浮かべて、きょとんとしていた。
「もういいのか?」
「はい。皆様とは、またお会いできますわ」
ディアドラも笑顔で別れを告げると、シェイドグラム大公のエスコートで馬車に乗り込んだ。
出発は明日の朝になっているが当分の間、会えるのはこれで最後だ。ミラフェイナたちは、馬車が見えなくなるまで手を振った。
「はぁ……。行っちゃったね」
白い息を手に吐き付けながら、アミが言った。
「私も春に向けて準備しないとだわ。急遽決まったものだから、何も進んでないわ。ああ、忙しいったら」
「失礼致します」
忙しいを連呼しながら離れていくエクリュア王女と、代わりに頭を下げる護衛兼侍女のミレーヌが去って行く。
シエラも振り返り、リクたちに会釈をした。
「それでは皆様。私も、この辺で失礼しますね」
「ええ。お気を付けて」
シエラも王女と同じ時期に、アシュトーリアへ発つという。
執事とクローバーリーフ家の馬車へ向かうシエラの背中を見送りながら、
「みんな、行っちゃうんだなぁ……」
とアミが呟いた。
どこか疎外感を嘆くような呟きに、ミラフェイナが元気付ける。
「わたくしは、ずっとお二人と一緒ですわ!」
ふんすと目を輝かせるミラフェイナを見て、アミは笑顔で振り向いた。
「ありがとう。リクと、ミラさんと。ずっと一緒にいられたらいいなぁ」
「心配しなくても、私たちは運命共同体よ」
「ふふっ。そうだね」
運命共同体。
いつもそう言って、リクはアミを繋ぎ止めた。
《…………》
アミのうら寂しさを感知していたAIイリスは、何も言わなかった。




