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「……い、行ってしまいましたわ……」
ミラフェイナが未だに目を点にしている。
ユレナの捏造断罪イベントから考えると、怒濤の展開である。
「ディアドラさん大丈夫みたいで、よかったね」
アミが言った。それに尽きると、ミラフェイナも思った。
裁判が終わってから、第二王子が連行されたこともあってか会場は異様な空気に包まれていた。
いかに聖女凱旋祝賀会といえども、そろそろお開きという空気が流れていた。
巫女とのいざこざの際にリクの側に付いていた『ななダン』の攻略対象たちも、本来の護衛である神殿騎士レンブラント・ラッハを除いてその場を離れることになった。
「さすがにもうパーティーは終わり……でしょうね。私、ほとんど参加していませんのに」
残念です、とシエラが口惜しがった。
壇上を見ると、国王と第一王女たちも退場するようだ。
居合わせた者たちは皆頭を下げ、国王一行が通り過ぎるのを待った。リクたちとミラフェイナたちも、それに倣い敬礼する。
その時だった。
「――やっと会えたな、俺様の女神よ……」
クサすぎる口上と、聞き覚えのある声だった。
ミラフェイナとリクがまさかと思って顔を上げると、予想通りの人物がそこにいた。
国王と同じブロンドの髪に、高貴とされる青い瞳。第一王子コルネリウスだった。
「げっ……」
リクは僅かに眉根を寄せただけだったが、ミラフェイナは声に出てしまっていた。反射的に、コルネリウスがミラフェイナを睨みつけて罵倒した。
「この悪女めが!」
コルネリウスはミラフェイナを指差し、国王も見ている前で信じられないことを言い始めた。
「お前がリク殿を独占しているせいで、俺様が女神に会えんのだ! 今すぐ責任を取って謝罪しろ!!」
「えっ、わ、わたくしですの?」
唐突すぎる吹っ掛けに、ミラフェイナは気が動転しかけた。
第一王子はリクに会うと少々暴走してしまうため、聖女祝賀会には出ないように内々で謹慎させられていた。
王族以外でそれを知るのはローゼンベルグ公爵とミラフェイナだけであったが、こうして抜け出して来たということは余程リクに会いたかったのだろう。
「そうだ! 大人しく身を引き、俺様の目の前から消えろ! お前の顔など、見たくもないわ!!」
あまりの暴言に、見ていたアルベール王は頭痛を覚えて額を手で押さえている。
反対に、エクリュア王女は笑いを堪えて口元を押さえている。
(要するに、いつもの癇癪ですのね……)
特にエクリュア王女の反応を見て落ち着きを取り戻したミラフェイナは、短く深呼吸してからコルネリウスと向き合った。
「分かりましたわ。わたくしは、これにて退散させて……」
「待って」
ミラフェイナの言葉を遮ったのは、リクだった。コルネリウスとの間に入り、彼を強い瞳で見つめた。
「ああ、リク殿。分かってくれたか。そんな女より、俺様と……」
「自分の婚約者に向かって、今のはひどいと思う。謝るべきは、どちらだろうか」
ユレナに操られていた第二王子と違って、この第一王子は素でこのような状態なのだ。政略とはいえ婚約者を軽んじ、好みの女だけ取り立てようとする。
リクが何もしていない以上、ミラフェイナへの態度が彼の本性だと言わざるを得ない。
「王族である俺様が、そんな女に謝れというのか!?」
「……。いや……、彼女は王子様には過ぎた人だ。謝る気もなく、婚約が嫌なら解消するべきだ」
「えっ……!」
リクの背後で驚いたミラフェイナは、肩越しにリクの横顔を見た。
するとコルネリウスは何を勘違いしたのか、嬉々として笑い出した。
「あっはは! そうか! そういうことだったのだな! 俺様が婚約しているのに嫉妬して、今まで避けていたのだな! なんだ、そういうことか。それならそうと、早く言ってくれればよかったのに」
確実にコルネリウスは盛大かつ自分に都合の良い解釈をしているようだ。
場に居合わせた全員が、呆れてしらけた表情になった。
しかし本人は気付く様子もなく、独断専行してしまう。
「よし。ミラフェイナ・ローゼンベルグ。婚約破棄だ! 俺様は、リク殿と……」
婚約破棄の単語を聞くやいなや、リクは王子を無視してくるりと振り返った。
「ミラ。これであなたは自由よ」
「……自由……! わ、たくしが……?」
望んでも叶わなかったその言葉に、ミラフェイナの視界は光に包まれていくようだった。
しばらくしてミラフェイナはリクの手を握り、その言葉を噛みしめた。
「自由……っ。自由ですわ! わたくし、顔だけ殿下から解放されましたのね!?」
リクは、こくりと頷いた。ミラフェイナは感極まって、その場でバンザイをした。
「やりましたわ! わたくし、ついに自由ですわぁっ!」
「え」
何をしでかしたのか全く理解していないコルネリウスは、喜ぶミラフェイナを見て首を傾げた。顔だけと言われた部分は、スルーしているようだ。
アミやシエラから、拍手と祝福の言葉が上がる。
「おめでとう、ミラさん」
「悲願達成、おめでとうございます。ディアドラ様に続き、本当に良かったです!」
「ひがん……? お前たち、何を言って……」
のけ者になっているコルネリウスだけが、やはり分かっていなかった。




