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インクイジターが立ち去った後、アミは長い長い溜息を吐く。
どこか精神的に疲れ切っているような彼女を見れば、何があったかは想像に難くない。
「い……今のような感じでお説教を受けていたということですのね?」
超絶美形が怒ると、とても怖そうだ。想像して冷や汗を掻いたミラフェイナが言う。アミはこくこくと首を縦に振った。
「……ほかに何かされなかった?」
アミの肩を撫でながら、リクが気遣うように尋ねた。
「う……うん。何か、キラキラした魔法をかけられたよ。目が眩しかった……」
「魔法!?」
リクとミラフェイナが驚いてアミを見つめ返した。外傷など、特に変わったところはないように見受けられる。
「キラキラ……。浄化系の魔法でしょうか?」
ミラフェイナが首を捻る。
「よく分からないけど、何ともなかったよ」
「そうでしたの……。今日は本当に災難でしたわね。ディアのことで作戦は立てていましたけれど、まさかアミ様まで『法廷』に飛ばされるなんて……」
「アミ」
不意に、リクがアミの頬に手を触れた。
「きみは巻き込まれ体質なんだ……。気を付けないと」
「ごめんね心配かけちゃって……」
「いや……。すぐに気付かなかった私も悪い」
「そんな。リクは何も悪くないよっ」
話をする二人の姿を、ミラフェイナは微笑ましく見つめた。
(リク様……やっぱりアミ様が大切なんですのね)
ポーカーフェイスのリクは無表情にも見えるが、アミやミラフェイナに接する時は真剣だ。
先ほどアミを待っている間に感じた不安は杞憂だったようだと、ミラフェイナは内心胸を撫で下ろす。
「そういえば、ディアドラさんは?」
アミは、自分より先に『法廷』を出たディアドラの姿がないことに気付く。
「ディアなら先ほど、陛下に呼び出されて……。あら、戻って来ましたわ」
ミラフェイナが会場の奥に目を遣ると、黒衣の男を伴ったディアドラが戻って来るところだった。
「ミラ」
「……ディアっ。大丈夫でしたの? 陛下方に何か……」
思わずミラフェイナが駆け寄る。リクたちのことがなければ、本当は親友であるディアドラの加勢に行きたかったところである。
「大丈夫ですわ。殿下とも、無事に婚約破棄できました」
「それはよかったですわ!」
念願の円満婚約破棄、と叫んでミラフェイナはディアドラの手を握った。
「王子が失脚させられたが、円満と言えるのか?」
ディアドラの後ろで、黒衣の男が笑った。
「あら? そちらは、先ほどの……。ディアのお知り合いでしたの? 失脚とは何のお話ですの?」
国王の処断を見物していないミラフェイナは、きょとんとしている。
ディアドラは周囲を気にしながら、声を抑えて言った。
「……クリスティン様は、王位継承権を失いました。しばらくは別塔に入られるそうですわ」
「そ、それは……!!」
さすがの話題に大声を出しかけて、ミラフェイナは自分の口を覆った。
同じくまわりの視線を気にしながら、ディアドラに顔を寄せて小声で尋ねる。
「……本当ですの? まさか、ユレナ様のことで……」
「ええ。王族としての責任を問われたようですわ」
ただならぬ雰囲気で第二王子が近衛兵に囲まれて会場を出て行くのをミラフェイナたちも見ていたが、まさか王位継承権まで剥奪されているとは思わなかった。
「そ、それでディアは……」
「私は大丈夫です。せんせ……、いえ。この方が助けて下さいましたので」
自然とミラフェイナが背後に視線を向かわせると、黒衣の男が笑みを浮かべていた。
「皆様にご紹介致しますわ。この方はアシュトーリアの大公様で……、私の新しい婚約者です」
「アシュトーリアのガルフィデルヘルム・ラムザ・シェイドグラムだ。彼女を連れて行くことになった」
「な……ナンデスッテ――!?」
足元から鳥が立つとは、このことだ。ミラフェイナは驚きすぎて開いた口が塞がらない。
紹介を受けたリクとアミの方は、どうもと会釈をした。
「い、いつの間にそんなことに~!?」
見ると、会場に戻って来ていたシエラ・クローバーリーフ伯爵令嬢がミラフェイナと同じく驚愕の表情を浮かべて立っていた。
「あらシエラ様。お帰りなさいませ」
シエラは断罪劇が始まる直前、父親のクローバーリーフ伯爵によって連れ出されていた。
「やっとお父様と先方の方から解放されて……。もう、お見合いはしないって言っているのにこんな夜会で会わせようとするなんて……! 本当に酷い父親ですっ」
「……そ、そちらも大変でしたのね……」
「いいえ! お断りするのに時間が掛かってしまって、ディアドラ様に付いていることができず申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるシエラに、結果的に無事だったディアドラは謝罪は過分だと首を振る。
「お気になさらないで」
「ああ、もう。裁判があったのですよね? 私も、あの悪女が天誅されるところを見たかったです~~~!」
シエラが握った両拳をぶんぶん振って悔しがる。
『フリーダム』のメンバーであるシエラは、始めからユレナが真の悪女だと知っていた。エクリュア王女同様に、良い印象は持っていなかったのだ。
気を取り直してミラフェイナとシエラも、正式にガルフィデルヘルムに挨拶をした。
「知っているぞ。ローゼンベルグ令嬢には、彼女が学院で世話になったな」
「まあ、ご存知なのですね。そういえば、先ほどハイド教授がどうとか仰っていたのは何だったんですの?」
「そ……それは」
ミラフェイナの疑問に、ディアドラが俄に焦りだす。
やはりミラフェイナや他の人には、ガルフィデルヘルムがハイド教授には見えないようだ。
「お、お名前が少し似ているというお話だっただけなのです」
「そうだったのですね。言われてみれば、似ているかと聞かれましたわ。てっきりお顔のことかと思いましたけれど、お名前のことだったのですね」
「え……ええ。そうですわ」
苦しい笑顔を浮かべているディアドラを、ガルフィデルヘルムは面白そうに見つめていた。




