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光の扉を注視していたリク・イチジョウは、その僅かな揺らぎを見逃さなかった。
「……!」
「ひぐぅぅぅぅう」
何故か泣きながら全力疾走してきたアミ・オオトリは、大胆にもスカートの裾をたくし上げて裸足で扉から出てきた。走るのに不便なのか、ヒールの高い靴は手に持っている。
「アミ!」
「アミ様!?」
一緒に待っていた公爵令嬢ミラフェイナ・ローゼンベルグが顔を赤らめて見咎める。
「何ておてんばな……っ。アミ様、ストップですわ!」
ミラフェイナが声を掛けようとする矢先、アミは盛大に転んだ。
「ひべしっ」
「あ……」
まだ会場には残っている客もおり、リク関係の美形たちも見ている中でこれは恥ずかしい。見ていた貴族令嬢たちが、何人かくすくすと笑っている。
そんなことは気にも留めず、風のように駆けつけたリクが急いでアミを助け起こした。
アミは何か怖いものを見たような顔をしている。出て来るのが遅かったことから、やはり『法廷』の映像が消えてから何かあったようだ。
「こ、怖かった……」
「何があったの?」
アミは小動物のように震えていたが、やがてか細い声で言った。
「怒られた……」
「怒られた?」
リクが視点をずらすと、遅れて光の扉からインクイジターが出てきた。彼はこちら――というよりアミの方を一瞥したように見えた。
インクイジターは光の扉が消滅するのを見届けると、巫女たちやカルマン神官と合流した。そうして神殿関係者を伴い、リクたちの方へと近付いて来た。
リクの護衛のレンブラント・ラッハや騎士団のアウグストが何事かと両者を見遣る。
リクはアミを背中で隠すように立ち塞がった。
「何の用?」
「次はない、とだけ言っておく」
「……何?」
厳しい口調のインクイジターに、リクも眉を顰める。
インクイジターは、リク越しにアミを指差して言った。
「『法廷』に侵入するなど、言語道断。次は法廷侮辱罪で処罰を与える。よいな」
「すっ、すみましぇんでした……」
アミがリクの後ろで、分かりやすくビクビクしている。
リクは言い返そうにも、アミが『法廷』に巻き込まれたのは事実なため、何も言えなかった。
インクイジターは巫女たちと共に立ち去った。
少し離れてから、『星河の巫女』カレン・スィードがアミたちのいる方を振り返った。
異世界から召喚されたという、同じ年頃の少女たち。
『法廷』から出てきたラビは、待っていたカレンたちに『法廷』に巻き込まれたというアミ・オオトリと話をしていたとだけ告げた。
「あの子、何なのだ? 『法廷』に巻き込まれるなんて、ある? 聞いたことないのだ」
アミ・オオトリの側には、もう一人のヒロインであるリク・イチジョウがいる。警戒してしまうのも無理はない。
「おかげでインネンつけられて、大変だったんだよ~」
報告するセミュラミデは、口とは裏腹にご機嫌な表情をしている。
ラビは会場を振り返り、横転しているテーブルや割れたグラス、集まった男たちを見て何となく察した。
無限武神の巫女である彼女に、戦わせる事態にでもなったのだろう。
「リク・イチジョウが、アミ・オオトリを探して暴れでもしたか?」
「およ。な~んで分かるの~? そうそう。急に返せとか言ってきて、姉やんを襲おうとしたからぁ~。やっつけちゃったよ」
「それでいい」
セミュラミデをねぎらい、ラビはそれ以上振り返ることはしなかった。
「ああ言っておけば、ひとまずあちらは……大丈夫だろう」
「どういうこと? いい加減、説明するのだっ」
勘のいいカレンが詰め寄ってくる。
説明を求められたものの、ラビは顎に手を添えて唸ってしまった。
「うーむ……」
「私たちにも言えない話なの?」
カレンが唇を尖らせて言った。ラビは肩を竦める。
「言えないというより、私にも詳しい事情は分からんのだ。あの娘は、『混沌の竜眼』でも鑑定できんからな。今のところ、『ヒロイン』でないということ以外はさっぱりだ」
「ウソ! オールド様の神眼で!?」
カレンが初めて驚いた顔をする。ラビが頷いた。
「ああ。汝に聞こうと思っていたのだが、理由をオールド様にお尋ねできないか?」
「えっ……?」
混沌龍神オールド。
インクイジターを任命した神々の一柱で、ラビにわだつみの霊格と右目の『混沌の竜眼』を与えた神である。
これによりラビはスキル『完全鑑定』と、鍵となる人物を探し出す運の良さを得た。
カレンは考えて、少し首を傾げながら言った。
「うーん……。私でも、できなくはないけど……。龍神様にお尋ねするなら、一度持ち帰ってヒルデに頼んだ方が間違いないかも」
ヒルデとは、聖地五大神殿のひとつ混沌神殿の巫女ヒルデナーダのことだ。
セミュラミデより一つ上の十二才で、聖地では龍神との交信に最も長けた巫女として知られている。
龍神限定ではあるが、複数の神々と同時に交信できるのはカレン以外では彼女だけだ。五大巫女では序列一位に数えられる。ちなみにセミュラミデは序列三位である。
カレンの提案も、ラビは予想していた。
「やはり、そうか。では処刑が済み次第、一度アシュトーリアへ戻る必要があるな。お伺いを立てるのに、魔導通信ではな」
「あっちのヒロインは、放っておくの?」
「今はまだ、何もしていないからな。だが、いずれまた会う時が来るだろう」
「それって、いつになるのだ?」
と、カレンが疑問を抱く。ラビはおや、という顔をしてアイロニカルに笑った。
「それが分からん汝ではないだろう。……神のみぞ知る、だ」
「……それもそうなのだ」
カレンはアミ・オオトリに何かを感じかけていたが、途中で手放して視線を外した。
『法廷』で解散後、ジンデル子爵令息はバードラン男爵子息と共に帰路についたようだ。
裁判を終えたラビたち神殿関係者も、会場を後にした。
更新
インクイジターサイドまとめ
★インクイジター:ラビ
裁判長:リネン 知識の神の地上代行者。どこかの山奥に住むショタ
お手伝い出張
・星河の巫女:カレン 17才
・無限の巫女:セミュラミデ 11才 五大巫女
お留守番組 ※インクイジター第0話に出てます
・責任者:大神官ツクミト
・混沌の巫女:ヒルデナーダ 12才 五大巫女 ←New!
・大地の巫女:ナディア 8才
・神門の巫女:キスカ 10才
・心泉の巫女:シプリス 9才
五大巫女①~⑤ ※能力順 ←New!
①ヒルデナーダ ←New!
②???
③セミュラミデ ←New!
④???
⑤???
※『星河』を持つカレンは①より上です




