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見つめ合う二人を目にして、兵士に抑えられていたユレナが奇声を発した。
「……ほかの国の大公と結婚? 悪役令嬢のあんたが? 大公妃? ……っざけんじゃないわよ!! ヒロインは私よ! 私がヒロインなの!! こんなのおかしいわ! ねぇ誰か助けてよ! ねえってば!! ヒロインは私よぉぉぉぉぉッ!!」
「うるさいぞ、黙らせろ!」
「うぐッ」
ユレナは兵士によって鳩尾に一撃を加えられ、猿ぐつわを噛まされて連行された。
それらを見送って青い顔をしていたクリスティン王子が、懲りずに異議を唱えだした。
「あ……あの罪人はともかく、我が国の貴族令嬢を簡単に娶れると思うなよ! あいつがいなければ、元々私の婚約者で……!」
わめき始めたクリスティンを見て、アルベール王は眉間に皺を寄せて首を振った。そして近衛に命じて彼を止めさせると、皆の前で宣言した。
「控えよ! ……クリスティン。かねてよりの言動に加え、此度の失態は目に余る。これ以上醜態を晒す前に、グランルクセリア王家はそなたの王位継承権を剥奪し、王家から追放する!」
「ひッ。……そ、そんな。父上、お考え直し下さい!」
再び衛兵に槍を向けられたクリスティンは、悲鳴のような声を上げて息を呑む。
「全てはリリーマイヤーの企みによるもので、私は被害者なのですよ!?」
「見苦しいぞ。おおもとを辿れば、そなたがフラウカスティア令嬢を丁重に扱い、婚約者として正しく交流を深めていれば起こり得なかった事態だ。第一王女の言った通り、全てはお前の甘さと過失が原因だ。理解できぬなら、一生別塔で過ごすことだな」
別塔とは、王族を幽閉する時に使う隔離宮の隠語だ。
「そ、そんな」
「連れて行け」
「い……嫌だぁぁぁ!」
衛兵に引きずられながら、クリスティンも退場した。
会場の一同が呆気に取られるなか、アルベール王もわざとらしく咳払いをした。
「……見ての通りだ。愚息が至らず、フラウカスティア令嬢には苦労をかけてしまったな」
「い、いえ……」
国王の言葉に、ディアドラは恐縮して首を振る。
「令嬢さえよければ、代わりの婚約者を手配する準備もあったが――もちろん王家の責任としてだが――その必要はないようだ」
アルベール王は、ガルフィデルヘルムの方を気にしながら言った。
「シェイドグラム大公。あなたのような国の恩人相手に、令嬢が同意している以上、国王として反対する理由はない。後ほど書面にして伯爵家に許可状を送ろう。あとはフラウカスティア伯爵と話をしてくれ」
「無論だ。花の代金は、伯爵家に支払うとしよう」
「代金……」
あまりに直接的な物言いに、ディアドラは顔を赤らめた。
支度金のことになるのだろうが、彼は端から自分を買うつもりでいたのかと思うと、ディアドラは胸がきゅっとなった。
「どうした?」
「い、いえ。何でも……ありませんわ。父は……、きっと反対しないと思いますわ」
ディアドラは今になって緊張してきたのか、胸の高まりが増していく。
初々しい反応を見て、ガルフィデルヘルムは満足げに笑った。
「そうか。父君は、王宮勤めだったな。タウンハウスまで出向くことにしよう」
「今からですか? し、しかし父はこのことを、まだ……」
「実は、今朝のうちに先触れを出しておいた。今頃、驚いているかもな」
「はいぃ?」
彼の用意周到さに、ディアドラは舌を巻く。抜かりがないガルフィデルヘルムは、やはりディアドラを攫うつもりでいたらしい。
二人は国王の許可を得て、その場を辞した。




