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国王に挨拶を済ませた後、リクとアミは鑑定士が二人のスキルを書き写すのを待ってから王宮のひときわ広い客間へ通された。
その日は客間を出ないように言いつけられ、部屋の扉には見張りの兵士が何人か配置された。食事も部屋まで運ばれた。
使命の内容や待遇など、これからのことは日を改めて説明を受けるのだという。
リクは自分が『光の乙女』だと言われてから、自身のステータスを何度も確認していた。それは自分にしか見えないAR画面のようだった。
リク・イチジョウ 異界人 二十一歳 Lv.1
職業 『聖女』
称号 『光の乙女』
属性 光 聖
上位スキル 『乙女の祈り』『乙女の癒やし』『武具自在』『武術自在』
スキル 『光魔法・Lv.5』『聖魔法・Lv.5』『雷魔法・Lv.5』『水魔法・Lv.4』『風魔法・Lv.3』『飛行魔法』『結界魔法・Lv.5』『回復魔法・Lv.5』『身体強化』『超回復』『縮地』『見切り』『祝福』『解呪』『浄化』『魅了』
常時発動 『異世界適用』『物理耐性』『筋力増幅』『魔力増幅』『魔法耐性』『毒耐性』『闇耐性』『精神力上昇』『洗脳耐性』『魅力増幅』
特殊 『――神の加護』
おそらく『異世界適用』というスキルが、この世界で言葉が通じたり文字が読めるという効果をもたらしているのだろう。
知らない言語のはずなのにそれを理解し、また言葉として発せられる自分たちの状態が確固たる証拠である。
「何かゲームみたいだね」
と、アミが言った。アミも自分のスキルを見ているのだろう。
リクは聖女にしては戦闘系のスキルが多い印象だ。鑑定士によればアミは『光の乙女』ではないようだが、それ以外のことは言われず何も分からなかった。
加護を与えた神の名は謎の文字で書かれていた。
「この何とかの加護って神の名前、読める?」
「ううん……読めない。でもさっき、逆さはてなが言ってた神様のことじゃないかな?」
アミも読めないようだ。少し唸り、リクは「多分そうね」と答えた。
「うわぁ……! 見てリク。こっちの部屋、すごく大きいベッドが二つあるよ!」
隣の部屋を覗いたアミが手招きした。
リクが付いて行くと、キングサイズのベッドにアミが飛び込むところだった。
「ふかふかだよ! こんな大きなベッド初めて。占領していいのかな!?」
いいんじゃない、とリクは簡素に答えた。リクはアミとは反対側のベッドに腰掛ける。
「あっ、これパジャマかなぁ。何かすごくフリフリだけど……。あっ、こっちはバスルームだね。さすがにお湯は張ってないか……」
リクが一息つく間にも、アミはクローゼットを開けたり浴室を覗いたりしながらわちゃわちゃしていた。
かと思えば、浴室へ行って顔が見えなくなると賑やかな声が止む。
「……アミ?」
リクが立ち上がって浴室へ向かうと、アミは背中を向いてタイルの床に座り込んでいた。
気配に気付くと、アミは笑顔で振り返る。
「ご……ごめん。何か急に考え事しちゃって」
元気なように振る舞っているが、本心は不安でいっぱいなのかもしれない。
リクはその場に膝をつき、アミの肩に手を載せた。
「無理して笑わなくていい」
「……っ」
ゆっくりと振り返ったアミは、涙を堪えるような顔をしていた。
「……やっぱり、リクも本当は帰りたいって思ってる?」
「無事に帰れるならね」
しかし、それは叶わないと知ったばかりだ。
「私は死んだと思うことにした」
「えっ?」
アミは目を瞬かせた。
「帰れないなら、あっちの人生は終わったということ。ここは死後の世界で、ゲームの夢でも見ているのかも」
アミは目から鱗が落ちたような表情をした。
「た……確かに、そう考えれば少しは楽しめる……かな?」
「そういうこと」
リクは手を伸ばしてアミを立たせた。
二人は笑いながら寝室へ戻り、着替えて眠ることにした。
「あのフリフリを着てみる?」
「わぁい、リクとお揃いだ」
「あなたには似合うと思うけれど、私には……」
「そんなことないよ、絶対可愛いよ!」
「もっとマシなのはないのか……」
リクもクローゼットを探してみたが、ネグリジェはせいぜい色違いくらいしかなかった。
ピンクより水色の方がマシかと仕方なく着替えていると、アミがおもむろに声を上げた。
「リ、リク。それって……」
スカートを脱いだリクの右の腿には革製のホルスターが巻かれており、そこには銃が差し込まれていた。
「護身用よ」
「……治安の悪いところにいたの?」
アミが心配そうに尋ねた。リクは溜息を吐いた。
「2045年に起きたテロを覚えてる?」
「えっと……。AIを信じないって人たちの暴動が起きた事件?」
リクは首肯した。
「その都で仕事してたの。今でも都市の一部が占拠されてて、たまに公安とやり合ってるわ」
「ニュースで見たことある……。初めて市民にも護身用の武器が許可されたんだよね?」
「時々だけど銃撃戦も未だにあったから。さすがに銃は申請制だったけど、私は仕事があったから簡単に許可をもらえたわ」
「どんな仕事してたの? ……って、ごめん。聞いちゃってよかったのかな」
言いたくなければ、とアミは焦って質問を取り消そうとしたが、リクはくすりと微笑って答えた。
「テロリストたちの標的。AI開発よ」
「そ……! それは確かに狙われるかも……っ」
アミは合点がいったと頷いた。
「今となってはどうでもいい話」
リクはホルスターごと銃を外してベッドへ投げると、水色のネグリジェに袖を通した。
「でも銃があるなら、こっちで魔物とかに襲われた時、役に立ちそうじゃない?」
アミの言葉に、リクは「どうかな」と苦笑した。魔法がある世界で、銃がどこまで通用するかは分からない。
「それより、今日はもう休んだ方がいい。あなたも色々あって疲れたでしょう。明日も面倒なことになりそうだし、眠っておこう」
「う……うん。そうだね」
リクはピンク色のネグリジェに着替えたアミに近付くと、頭を撫でてこめかみにキスをした。
「おやすみ。それ、可愛いよ」
「えっ」
リクが自分のベッドに入ってから、アミは遅れて何があったか理解して声にならない声を上げた。