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その魔導具は、一定時間の映像と音声を保存できる記録媒体であった。
皆の前で披露されたその映像は、ある場所から学院敷地内の側道を見下ろしたような視点で記録されていた。
その風景に見覚えがあったディアドラが思わず立ち上がる。
「これは……っ。資料室の窓から撮られたものですわ……! 何故、これが……!?」
「この記録魔導具を提供してくれたのは、学院教授のフィデル・ハイド氏だ」
「先生が……っ!? でも、どうして……」
インクイジターは、無言で人差し指を立てて口元に当てた。
今は黙っていろということと受け取ったディアドラは、訝りながらも座席に座り直した。
映像では、側道に設置されている幾つかのベンチの一つに第二王子クリスティンとユレナ・リリーマイヤー子爵令嬢が座っていた。
『やだー♡ クリスティン様ったら♡』
『ふふ、君は可愛らしいな。あの冷血女とは大違いだ』
『きゃはっ♡ それってディアドラ様のこと~? そんなふうに言ったらカワイソー♡』
まだ日が高いとみられるため、おそらく時間は昼休みの後半。
皆で囲んだ食堂での昼食の後、二人で抜け出してじゃれあっているところだろう。
正しい間柄なら微笑ましい場面と言っていいかもしれない。しかし片方は婚約者のいる第二王子で絶賛浮気中ともなれば、誰もが白い目を向けること間違いなしだ。
そこへ、一人の女生徒が近付いて行く。
オレンジがかった長い茶髪。すぐに気付いたのは、ウォルター・ジンデル子爵令息だった。
「姉さん……!」
ウォルターは食い入るように映像を見つめた。
「……あなたがユレナ・リリーマイヤーさん?」
声をかけられたことで水を差されたユレナと第二王子は、渋々体を離して無礼な声の主を見た。
「お邪魔してごめんなさい。私はナタリア・ジンデルと申します。ユレナさんにご挨拶に伺いました」
「はぁー? 私に挨拶? 何の用よ?」
制服で丁寧なカーテシーを見せたナタリアは、ユレナと違って言葉遣いも礼儀作法も完璧だった。
「エリックのことで」
ナタリアは穏やかな笑顔を見せ、ユレナに他意がないことを示した。
「エリック? ……って、誰だったかしら?」
第二王子の前だからか、ユレナは可愛らしく首を傾げた。
その名前に聞き覚えがあったのか、第二王子が苦笑して告げた。
「……最近、君の親衛隊に入った商人の息子じゃないか?」
「ああ、思い出したわ。そう、エリック。クリスティン様ほどじゃないけど~、顔が好みだったから私のモノにしてあげたの。お金持ってそうだったし♪」
「全く君は……。しょうがないな」
「うふふ。クリスティン様が一番だけどね♡」
「はははっ」
何が楽しいのか、ユレナと第二王子はナタリアの存在を忘れたようにイチャついている。
ナタリアが根気強く待つと、ユレナは仕方なくイチャつきをやめて視線を向けた。
「……で? あなた、何? まさかエリックの元婚約者? 知ってるわよぉ、婚約破棄したって本人が報告してきたの。私のた・め・に・ね♡」
肩に掛かったピンク色の髪を手で流し、勝ち誇ったようにユレナが言う。
最初は忘れていたフリをしておいて、ここまで言えるのはやはりポーズであったことがうかがえる。
ナタリアが嫌な顔もせず聞いているので、ユレナは少し苛立ちを覚えたようだった。
「挨拶ですって? せいぜい負け惜しみでも言いに来たってところでしょ? 男を盗られたって、必死になって♡」
しかし挑発に対してもナタリアは穏やかな表情を崩すことなく深く腰を折り、ユレナに対して丁重に頭を下げた。
「あの人をよろしくお願いします」
「は?」
長いお辞儀からゆっくりと頭を上げたナタリアは、最初と変わらず穏やかに微笑んだ。
「エリックは、あなたを愛していると。きっと彼を幸せにできるのはユレナさん、あなただけだから」
だから身を引くとナタリアは言い、最後にもう一度にっこりと微笑んだ。
「ご挨拶は、それだけです。お邪魔して申し訳ありませんでした。さようなら」
ナタリアは再度お辞儀をして、立ち去ろうと踵を返す。
その潔さが、高潔さが、完璧な礼節が、慈愛の表情が。
その全てがユレナを苛つかせた。
「……待ちなさいよ」
「はい?」
ナタリアは少し躊躇ったが立ち止まり、振り返った。
ユレナがベンチから立ち上がり、ナタリアを追いかけて思い切り強く髪を引っ張った。
「痛っ……!」
「何? 余裕見せてるつもり? ウザいのよ、そういうの。あのクソ女にそっくりで、ムカつくわ」
ナタリアは驚いて振り向いたが、髪を抑えられて動けない。第二王子は見ているにも関わらず、ベンチから動く気配がない。
「気を悪くされたなら、謝ります……!」
「……そうだ♡ イイコト思い付いた♡」
「えっ……!?」
ユレナは面食らうナタリアの髪を根元から鷲掴みにして自分の方を向かせ、目を見てにやりと嗤った。
「あなたさぁ、邪魔なのよ。私に恋させてあげるから、死んでくれる? ……そう。今すぐ!! 目障りだから、ここから消えてからにしてね」
ユレナは『魅了』のスキルを全開で使った。心の中で、憎い悪役令嬢を思い浮かべながら。
『魅了』には男女の限定はない。相手が同性だとしても、絶対服従の恋に落とすことが可能なのだ。
しばらくユレナの瞳を茫然と見つめ返していたナタリアだが、すぐに『魅了』の効果が現れた。
ナタリアは至上の幸福を見出したかのような恍惚の表情となり、ユレナの両手を握って返事をした。
「はい、ユレナ♡ 今すぐ消えるわ♡」
「あっははは! ざまぁ!!」
ナタリアは幸せな表情でスキップをしながら、画面から消えていった。
同じく機嫌良くベンチの方へと戻ったユレナは、黙って眺めている第二王子に対して言った。
「はー、せいせいしたわ。今のは忘れて、クリスティン様。あーんなウザい女、記憶から抹消してやるんだから」
「分かった……」
ユレナはいつものように、第二王子の整った顔を両手で包んで口づけをした。




