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悪役令嬢VS黒ヒロインVSインクイジター【第二部連載中!】  作者: まつり369
第十二章 ヒロイン裁判・Ⅰ 前編

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4  ★


 名を呼ばれたのは、ウォルター・ジンデル子爵令息だった。


「はい!」


 元気に返事をして、ウォルターは証言台に立った。その際、ウォルターはじろりとユレナを一瞥し、その後わざと顔を背けた。


 もちろんユレナは不快に感じた。


(何よ今の態度……! 見てなさい。後でみんなに言って、あの証言したやつらと一緒に八つ裂きにしてもらうんだから!)


 ユレナの心の声はインクイジターに筒抜けだったが、インクイジターは何食わぬ顔で続けた。


「汝は被害者ナタリア・ジンデルの弟で間違いないか?」

「はい、その通りです」


「被害者は貴族学院の神学科に通っていた。貴族令嬢でありながら、将来は神官を志して教学や修練に励んでいたとある。彼女の人物像について、間違いや不足はあるか?」


「いえ……ありません」


「では本題に入る。この国の公的記録によると被害者はサンクテン丘陵の崖の下で発見され、後に死亡が確認されている。状況から、飛び降りたと見られているが……。被害者の悩みや人間関係などに心当たりはあるか?」


 インクイジターが資料を見ながら言う。


 ウォルターはグッと拳を握り、強い瞳で顔を上げて答えた。


「……姉が身投げするなんて、おれは今でも信じられません。姉は死を考えるような人じゃなかった。本気で神官を目指していたんです。貧しい人や苦しんでいる人を助けたいって言ってました。……子爵家もお金がなかったけど、市井にはもっと大変な人たちもいっぱいいるからって……」


 ウォルターの話はとりとめのないものだったが、ナタリアの人格を察するには充分だった。


「なるほど。つまり被害者には将来の夢もあり、身投げするような原因や悩みはなかったと?」

「いえ。悩みはあったと思います。ひどい裏切りにあったので」

「ほう?」


 『裏切り』という一種の強い単語に、傍聴席に座っていた一人が密かに反応したのをインクイジターは見ていた。


「詳しく聞かせてもらっても?」

「詳しい話も何も、言葉そのままですよ。婚約者に裏切られたんです。一方的に婚約破棄されてね」


 皮肉の色を浮かべて、ウォルターは言った。


 『婚約破棄』の言葉を聞いて、傍聴席のディアドラは驚いてまばたきをし、被告席のユレナは薄く笑った。


(『婚約破棄』……!? 彼らは『花ロマ』本編とは関係ないはずでは……!?)


 動揺を隠せないディアドラとは対照的に満足げな表情を浮かべているヒロイン・ユレナを見て、インクイジターは確信を持ちつつあった。


「その『婚約破棄』こそが、死の原因のように思えるが?」

「おれも最初はそう思っていたけど、思い返してみればそれはあり得ないんです」

「断言できる理由があるのだな?」


 その理由こそが、ウォルター少年を連れて来た価値である。


 ウォルターはインクイジターに頷き、答えた。


「姉と最後に話したのは、死の前日の朝でした。元婚約者に文句を言いに行くというおれを止めて、姉はこう言っていました」


 亡き姉との最後の記憶を、少年は訥々と語り出した。






「――姉さん! ちょっと待ってよ。諦めるって本気で言ってるの!?」


 その日の朝。


 学生宿舎ではなく王都に借りた小さな屋敷から登校していたジンデル姉弟は、朝食後にちょっとした論争をくり広げていた。


 ジンデル姉弟はよく似ていた。オレンジがかった揃いの茶髪に、水色の瞳。ウォルターは自分と同じ髪色の姉の後ろ姿を追いかけるのが好きだった。


「あの人には、絶対におれが文句言ってやるって……!」


「だからそれはもういいの。私に可愛げがないのは、重々承知の上だもの。それに、おかげで決心が付いたわ」


「決心!? って何の?」

「神の道へ進むことよ。うちはあなたが継げばいいし、私は結婚しなくてもいいじゃない」


 最初は悩んで落ち込んでいたくせに、ナタリアは数日経ったらケロリと立ち直っていた。


 ウォルターは困惑した。ナタリアは元気なフリをしているに違いないと思ったからだ。


「で……でも。うちにはお金がないし、せっかく姉さんが金ヅルの婿を見つけたのに……」

「こーら。幼馴染みのお兄さんを、金ヅルとか言わない」


 ナタリアの白い指でデコピンを受け、ウォルターは「あ痛っ」と悲鳴を上げた。


「彼があそこまで言うんだもの。そのユレナって子が、よっぽど可愛くていい子なんだと思うわ。しょうがないじゃない。女のくせに神官目指してる堅物より、普通の貴族令嬢の方がいいに決まってるわよそりゃあ」


「だったら代わりの婚約者を見つけて後悔させてやれよ! あいつの家より金持ちのさ!」


 ウォルターは額を抑えながら、唇をすぼめてブツブツと言った。


「そんな欲にまみれたことしないわよ……。それに簡単じゃないって」

「おれも手伝うからさ!」

「まぁ、縁があったら他の人が現れるかもしれないけれど。別にもういいわ」

「何でだよ!? 神官は結婚してもいいんだろ?」


 巫女や覡と違い、能力の高い神官は使命として子供を作ることが許されている。

 本人より諦めの悪い弟を見て、ナタリアは肩を竦めた。


「そうだけど、人生を神に捧げる人もいるわ。今回のことはお告げだったと思って、精進することにしたの」


「じゃ、じゃあ姉さんは卒業したら……神殿に行っちゃうの……」


 馬車に乗り込む手前でピタリと止まった弟を振り返り、ナタリアは穏やかに笑った。


「ははーん。お姉ちゃんがいないと寂しいのかな~?」


「う、うるさいな。急に当主になれって言われても困るんだよ。ずっと姉さんが婿を取ると思ってたのに、簡単に諦めるなんて言うし……」


 からかってくる姉に照れて、ウォルターはそっぽを向いた。そんな弟にナタリアは厳しくも温かい言葉をかけた。


「あなたがいるからよ。私は安心して神の道へ進めるわ。あなたが家を継いで、うちを立て直しなさい。できるでしょ? 私の弟は優秀なんだから」


「…………っ」


 嬉しさと寂しさと高揚感と不安とでないまぜになり、ウォルターは何も言い返せなくなった。


 ナタリアは弟の髪をくしゃっと撫で、柔和に微笑みながら言った。


「私、今日貴族科に挨拶に行こうと思ってるの」

「えっ!? あいつに会いに!?」

「違うわよ。噂のカワイコちゃんに、あの人をよろしくって言ってくるわ」

「はぁ~!?」


 ウォルターには姉の行動の理由も気持ちも分からなかったが、ただひとつ姉は負けていないのだと思った。恋には破れたかもしれないが、ナタリアは別の光り輝く何かを手にしたのだと。


「早く乗りなさい。遅刻するわよ」

「分かってるよ……」


 そうして二人で馬車に乗り込み、一緒に登校するのは最後となった。


 その日の夜、ナタリアがジンデル邸に帰って来ることはなかった。






 感情を殺して淡々と言葉を繋ぐウォルターは、喉の奥にぐっと力を入れて喋っていた。

 気を抜くと、思い出に心を持っていかれて話すどころではなくなってしまうからだ。


「――姉は確かに貴族科へ行くと言っていました。元婚約者じゃなく、そいつ……あのビッチ女に会うって。だからおかしいんだ。その人が言っていることは。姉を知らないなんてことが、そもそもおかしい。絶対に会いに行っているはずだから」


「…………!!」


 被告人――ユレナは密かに奥歯を噛みしめた。

 ざわざわとした思考がユレナの頭を駆け巡った後、そんなはずはないと薄ら笑う。


「何を言っているの? 私がそんな人に会っていないことは、さっき証明されたはずよ。言いがかりはやめてもらえるかしら?」


 ピンクの髪をかき上げ、自信満々にユレナが言う。

 ユレナに追従するように、攻略対象たちも口を揃えて言った。


「そうだ。言いがかりだ」

「ユレナは我々といた」

「ずっと誰かと一緒だった」

「ユレナは誰とも会っていない」

「ずっと俺たちが守っていたんだ」


 沈黙していた第二王子まで加わっての大合唱となった。


 ユレナは勝ち誇ったように笑い、ウォルターは唇を噛んで俯いた。


 奇しくも、ユレナのアリバイをインクイジターが証明したかのようになっていた。

 だが、それが間違いであることをそろそろ指摘しなければならないだろう。


「誤解があるようだが……。汝のアリバイは証明されてなどいないぞ」


 満を持したように、インクイジターが峻厳な声色を放つ。


「……へ?」


 これにはさすがのユレナも驚いたのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「なっ……、え!? さっき、自分でっ」

「そう。私は汝の日常のルーティーンを明かしただけだ」

「い、意味が分からないわ。私の無実を証明するためじゃなかったの?」


「そんなことはひと言も言っておらぬ。被害者と汝が()()()()()無関係だったはずであることを指摘したまでだ」


「じゃあ、何でわざわざプライベートの暴露なんてしたのよ!? あんな大勢の証人まで用意して!?」


 ユレナは心外も心外、もってのほかと言わんばかりにまなじりを吊り上げた。


「理由か? それは……」


 ラビはわざと一呼吸置き、もったいぶってから答えた。


「単なる嫌がらせだ!」

「!?」


 清々しいまでの笑顔を見せたラビだが、超絶イケメンがしていい顔ではなかった。


 ユレナは驚きのあまり、一瞬白目になりかけた。


(な……何なのコイツ本当に……っ)


 拳を握ってわなわなと震えるユレナ。


 まだ辛うじてヒロインの顔を保とうとしているところが滑稽だと、ラビは思った。









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