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悪役令嬢VS黒ヒロインVSインクイジター【第二部連載中!】  作者: まつり369
第十二章 ヒロイン裁判・Ⅰ 前編

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3  ★


「では、此度の意見陳述を聞こうか」


 弁護人を名乗った者たち全員を眺めながら、インクイジターは問う。


 『花ロマ』攻略対象きっての頭脳派であるセイル・オズモンドが受け答えた。


「それはユレナが最初に言った通りだ。そもそもナタリー? そんな人物は知らないし、ユレナとも何の関係もない。『運命改変』と言ったか? よく分からないが、そんな事実があるはずもない」


「つまり、事実関係および罪状を否定すると?」

「そうだ」


 インクイジターが弁護人たちとやり取りしている横で、堪えきれなくなったウォルター少年がワナワナと声を震わせた。


「……ナタリーじゃない、ナタリアだ」

「は? 何だこのチビは」


 セイルが面倒くさそうに振り向いた。


「……みんなして知らない知らないって……。そりゃあ、アンタたちは知らないだろうさ」


 ウォルターは拳を握り締め、この場所に来た時から見つけていた人物めがけて声を張り上げた。


「でも! アンタが知らなきゃおかしいだろ、エリックさん!! 10月12日は……っ、ナタリアの……姉さんの死んだ日なんだぞ!!」


「…………!!」


 ユレナ信奉者の一人、エリック・バードランが面食らったようにウォルター少年を見つめ返した。彼もまた、白い炎に包まれて法廷へ連れて来られていたひとりだ。


「おいおい、またかよ」


 うんざりした様子で、攻略対象たちがエリックとウォルターを見た。

 血気盛んなロラン・ジファードがエリックに食ってかかる。


「おいエリック。あのガキ、前にも教室に来たヤツだろ。お前の元婚約者の弟と言っていたな。無関係な問題に、ユレナを巻き込むなよ!」


「い、いや。俺は何も……」


 エリックは途惑っているようだ。


 無関係、という単語を聞いてウォルターはますます彼らへの視線を鋭くする。


「――静粛に!」


 インクイジターが一喝した。


「これ以上裁判を妨害するなら、被告人ともども縛り上げることになるが?」


 インクイジターが脅すように言うと、ロランは舌打ちし、エリックを突き飛ばして離れていった。


 さらにインクイジターはウォルターにも言った。


「……少年。気持ちは分かるが、今は裁判が進行中である。証人は証言の機会を待たれよ」

「はっ、はい。すみません!」


 ウォルターは袖で涙を拭い、傍聴席に座り直した。


 一方、ディアドラは驚愕しながら状況を見守っていた。


(悪役令嬢の私ではなく、ヒロインのユレナ様が裁判にかけられるなんて……。明らかに『花ロマ』のシナリオからは逸脱しています。かといって『ななダン』のストーリーとも違いますわ……。考えられるとすれば……)


 思惟に耽るディアドラは背後で気配を消す存在には気付かない。






 インクイジターが裁判を続けた。


「話を戻す。……では被告人および弁護人は事実関係を否認すると」

「その通りだ。我々は、ユレナの無罪を主張する!」


 インクイジターの確認に対し、ダニエル・ハーファートが第二王子に代わって男たちの代表と言わんばかりに答えた。


 第二王子が使い物にならない今、攻略対象で最も階級が高いのは侯爵令息であるダニエルとセイルだ。セイルは先ほど聖者だという裁判長が現れてから頼りないので、ダニエルがリーダーシップを取るのは当然と考えていた。


 予想通りの答えに、インクイジターは口元に美しい弧を描く。


「では被告人の罪状を証明するため、いくつかの証拠を提示しよう」


 インクイジターは最初に炎に包まれた書類の束を手にした。


「被害者の死亡日前日と当日における、被告人の行動をまとめたものだ。王宮の使用人や学院の教師、用務員等から私が実際に聞き取り調査を行ったものだ。まず……」


 インクイジターが調査報告を読み上げる。




 朝七時起床。第二王子と王宮の客間で朝食。


 午前八時、王宮の馬車に乗り第二王子と学院に登校。


 午前九時五十五分、図書室で男子生徒と密会。


 午前十時五十分頃、裏庭で別の男子生徒と密会。


 午後0時過ぎ、食堂で第二王子を含む複数の男子生徒と合流。昼食を囲む。


 午後一時五十分、屋上で別の男子生徒と密会。


 午後三時過ぎ、生徒会室で第二王子たちと談笑。


 午後四時前、生徒会準備室で別の男子生徒と密会。


 午後五時過ぎ、第二王子と合流し王家の馬車で王宮へ戻る。


 午後七時、第二王子と王宮の客間で夕食。


 午後九時、第二王子が出て行くまで客間で密会。




「……以上が前日の動向だが、死亡日の当日も全く同じだったので省略する」


 書類をパラパラと捲りながら、インクイジターが言った。


(学院でのことまで、一体いつの間に調べたのよ……!)


 口には出さなかったが、ユレナが黙って歯噛みした。


 ヒロインの心の声は、インクイジターにだけ聞こえている。


 何故か顔を真っ赤にしながらダニエルが反論した。


「い、異議ありッ! そ……それはユレナの単なるプライベートじゃないか!」

「被害者の死の前日と当日における、被疑者のアリバイを調査するのは当然ではないか?」


「ぐっ……。ならば、分かっただろう!? ユレナは我々と一緒にいたのだ! そんな女と関わるヒマなどなかった!」


「おや、それでは密会していた男子生徒の一人と認めるのだな? せっかく全ての証言を用意していたのに残念だ。まあ、一応出て頂こうか」


 ダニエルが失言に気付いて自身の口を覆ったが、すでに遅かった。インクイジターが合図すると、控えていた証人たちがぞろぞろと証言台に集まった。


 彼らは王宮の侍女と侍従、学院の指導教員や司書、庭師や警備員まで様々だった。




 王宮の使用人たちの証言。


「いつも第二王子殿下と仲睦まじくしてらっしゃいますよ。夕食の後も何時間も篭もっておいでのようで……。もちろんその日に限ったことではないかと……」




 学院で司書を務めるブラウン氏の証言。


「ああ、いつも図書室に来ているよ。誰って、そこのオズモンド侯爵令息だよ。抱き合っていたから、令嬢の恋人かと思っていたね」




 学院の庭師の証言。


「まあ裏庭の花壇はよく逢い引きに使われているけどね。令嬢といつもいるのは、そこのハーファート侯爵令息だったよ」




 学院の食堂清掃員の証言。


「ええ、お昼はいつも人に囲まれているのを見ますよ。あまり女生徒は見ませんね。王子様や男子生徒といるみたいです」




 学院の警備員の証言。


「巡回中に屋上で二人でいるところをしょっちゅう見かけたよ。そこのジファード伯爵令息が恋人なんじゃなかったのか? 証明できるかって? 巡回記録を取っているから、もう提出したよ。変わったものを見かけたら、生徒の逢い引きだろうがメモしてあるよ。趣味? いやいや、仕事だよ」




 学院の女性指導教員の証言。


「生徒会準備室を私的に利用しないようにと、注意しました。そこのナイヴィット子爵令息です。よく令嬢との逢い引きに使用していたようなので。貴族だからといって学院の風紀は守らねばならないので、後日注意したのは事実です。指導日誌に日付も書いてあります。見かけたのはその日だけではありませんが……」






 全員が呆気に取られて、彼らの証言を聞いていた。


「お……お前らだったのか。抜け駆けするなって言っただろう!」

「そ、そう言うお前こそ!」


 ロランとリチャード・ナイヴィットが言い争う。セイルも顔を青くする。第二王子クリスティンは国王の目が怖くて何も発言できないようだ。


「しっかりしろ、お前たち! 俺たちはユレナの愛によって救われた! ユレナは俺たちを平等に愛してくれている!」


 ダニエルが男たちを叱咤した。ロランとリチャードは目が覚めたように争いを止めた。


「そ……そうだ。俺たちは救われたんだ」

「ユレナの愛に……!」

「ユレナ……っ」


 男たちが呪文のようにヒロインの名前をくり返している。

 狂信的に、あるいは病的に。


「愛、ねぇ……」


 傍聴席にいるディアドラが、冷めた目で呟いた。


「ひどい三文芝居ですわ」


 ディアドラは退屈そうにサイドの黒髪を指に巻き付けながら言った。


「私でしたら、ひとりを愛したいものです。多くは望みませんわ」

「何よ! 負け惜しみのつもり!?」


 批判されたとみるや、ユレナは反射的に激しい言葉を吐く。


「愛の形は人それぞれよ! 自分が愛されなかったからって、私をこんな目に遭わせて。絶対に許さないわよ!!」


「……何を仰っているのか分かりかねますが」

「うるさい!!」


 ついに清純派ヒロインの仮面が崩れたユレナが怒号を発した。


「この訳分かんない裁判が、アンタと伯爵家の力だってことくらい分かってるわよ! とぼけないでよね!!」


 桎梏の呪縛を受けた状態で大声を発したユレナは、呼吸を乱す。

 ばかなことを、とディアドラが肩を竦めた。


「王族を含めた高位貴族の子息たちを拉致し、審問官様を懐柔するような権力も巨万の富も、わが家にはありませんわ」


「じゃあ、アンタ以外に誰がいるってのよ!!」

「さぁ? ご自分の胸に訊いて差し上げたらいかがです?」

「~~~~~~~~~ッ」


 さして興味もなさそうに答えたディアドラに、ユレナは爆発寸前で唇を噛む。


(このクソ女……ッ!)


「――静粛に」


 証言を終えた証人たちが傍聴席に戻っていくのを眺めながら、インクイジターが言った。


「愛がどうとかはどうでもよい。さて、先ほどの被告人の日常的ルーティーンを見ても分かる通り、被告人と被害者に特別な接点はない。それは弁護人らの主張する通りである」


「……!?」


 しゅる、と世界樹の蔦が床に伸びてユレナの体を降ろした。


 依然として被告人席の結界からは出られないものの、インクイジターはユレナの拘束を解いた。


(何よ……。あっさり認めるの?)


 ヒロイン・ユレナの途惑う心の声を聞きながら、インクイジターは密かに嗤った。


「私が立証したいのは、汝と死亡した被害者が本来無関係であったことだ」

「そ……そんなの当たり前よ! これじゃあ、まるで支離滅裂じゃない」

「そう思うか?」


 インクイジターは口端を僅かに上げるだけで恐ろしいほどに魅惑的な微笑を作る。ユレナはどこか違和感を覚えながらも、その美しい相貌から目が離せない。


「だってそうじゃない。被告人だとか何とか言って、あなたが私の無実を証明したも同じじゃない」

「まさか。私はひとつの事実を提示したにすぎない。審理はまだ終わっておらぬぞ」

「はぁ!? まだ続けるつもり?」

「無論だ」

「もういい加減にして。何で無関係なことでいちいち聞かれなきゃならないのよ」


 ユレナはぶつぶつ言いながら髪をかき上げた。


「では、直接関係のあるところからいこうか」


 インクイジターは証言台に新たな証人を喚ぶ。









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