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広間への回廊を急ぐ三人、ミラフェイナとそれに続くリクとアミ。
「あの場には姫様もシエラもいましたし、大丈夫かとは思いますけれど……」
「でも、万が一ということもある」
「そ、そうですわね……!」
リクが懸念するように、ヒロインに無条件で肩入れしてしまう人がいるなら安心はできないだろう。
「ディアドラさんのゲームでは、断罪されるとどうなるの?」
乙女ゲームに詳しくないアミが尋ねる。
「『花ロマ』では基本的に悪役令嬢は追放エンドなのですけれど……。ルートによっては追放後死亡解釈や、り、陵辱エンドもあって……」
ミラフェイナが言いにくそうに答える。リクは構わずに質問をたたみ掛けた。
「そのユレナって人は確か、全員を攻略しているのだっけか」
「ええ、そうですわ。『花ロマ』のヒロイン――ユレナ様は逆ハーレムルートを進めていらっしゃいますので、ディアは追放後辱めを受けて死ぬストーリーで……!」
「……」
一瞬怖い顔になるリク、「そんなのひどいよ!」と叫ぶアミ。
ミラフェイナがぎゅっと拳を握って言う。
「もちろんシナリオ通りになんてさせませんわ! ゲームの『悪役令嬢ディアドラ』ならともかく、現実のディアは何の悪事もしていませんもの! こんな時のための『フリーダム』、わたくしたちの出番ですわ!」
三人は大きく頷き合い、広間の扉を通った。
絢爛なパーティー会場の中心で、騒ぎはすでに起きていた。
ざわめく観衆が人だかりを作っており、『花ロマ』のメインヒーローである第二王子とみられる男性の声が響き渡っていた。
「ユレナ嬢への数々の嫌がらせに加え、彼女を階段から突き落として害そうとした罪。よもや忘れたとは言うまいな!」
クリスティン王子は片腕にユレナ・リリーマイヤー子爵令嬢を庇うように抱いており、あくまでもディアドラの被害者を守るようなポジションを取っている。
「……忘れるも何も、私は何もしておりません」
第二王子クリスティン・ツォルド・グランルクセリアの追及に、ディアドラ・フラウカスティア伯爵令嬢は凛と背筋を伸ばして芯の通った返答をした。
すると、陥落済みの『花ロマ』攻略対象たちがわめき出す。
「しらばっくれる気か!」
「貴女がユレナ嬢を突き落としたところを見たという目撃証言もあるのだぞ!」
「先日ユレナ嬢を襲おうとした暴漢も、貴女によく似た令嬢に金を積まれたと証言しています」
オズモンド侯爵令息セイルが証拠とばかりに報告書を提示する。
勝利を悟ったクリスティン王子が高らかに宣言する。
「――ディアドラ・フラウカスティア。今この時をもって、貴様との婚約は破棄する! 私はこのユレナ・リリーマイヤー嬢と新たに婚約し、君のような悪女から守るとしよう」
「クリスティン様……!」
周囲がざわつくのと同時に、ユレナは感動の涙を流して口元を押さえた。その両手の下で、歪んだ口元が弧を描く。
婚約破棄を言い渡されたディアドラは、蒼然とその場に崩れ落ちた。
「……ま、間に合わなかったですわ……!」
広間に戻るやいなやの騒ぎを見て、ミラフェイナは遅れてしまったことを悟る。
そのままリクとアミの三人で人混みをかき分け、注目の中心へと合流した。
そこには床に崩れ落ちるディアドラと、対するは彼女の婚約者である第二王子クリスティンとヒロイン・ユレナがいた。
「ディア!」
ミラフェイナたちがディアドラに駆け寄り、リクが彼女を助け起こした。
どういう訳か、ミラフェイナが離れた時には側にいたはずのエクリュア王女やシエラの姿が見当たらない。
「大丈夫? ……これが、あなたたちの言っていた婚約破棄というやつ?」
「ええ……。そうね。ついに来てしまったようです」
ディアドラは平静を装っていたが、多勢に無勢で憔悴しているようにも見えた。
「こんなのってひどいよ。みんなでよってたかって……。婚約者なのに……っ」
アミがユレナの信奉者たちに苦言を呈した。ディアドラを取り囲んでいたのは、『花ロマ』の攻略対象である男性五人だけではない。エリック・バードランを始めとした、ユレナの魅力に落ちてしまったその他大勢まで含めれば二十人はくだらない。
「はあ? 外野は黙っていろ」
ジファード伯爵令息ロランが凄みを利かせてアミを睨み付けた。びくりと肩を震わせたアミの前にリクが立つ。
「そっちこそ。王子様はともかく、何の権利があってこんなことを」
『光の乙女』という肩書きのリクに睨み返されたロランは、思わぬ眼光の鋭さに黙り込む。
心理的に消耗させられているディアドラを見て頭にきたのか、ミラフェイナはクリスティン王子に厳しい視線を向けた。
「このような祝いの席で婚約者にひどい仕打ちをするなんて。王族としてあるまじき行為に思えますわ」
「何だと? これは私とディアドラの問題だ。いかに第一王子の婚約者で公爵令嬢といえども、まだ婚礼前で王族でもない身で私に意見しようというのか?」
「……っ」
ミラフェイナは歯噛みした。第二王子の言う通り、この場に王族に指図できる者などいない。
「クリスティン様ぁ……。私、あの方が怖くて怖くて……」
涙ぐむユレナの腕には痛々しく包帯が巻かれており、第二王子は彼女を気遣うように抱く腕に力を篭めた。
「ああ、こんなに怯えて……。もう心配はいらない。全て私に任せておけ」
「クリスティン様ぁ♡」
やたらとハートマークを撒き散らす二人を前に、リクは当事者であるディアドラに意向を尋ねた。
「どうしたい?」
リクのその問いは、ディアドラの意志さえあればいかなる協力も辞さないということだった。
一方、ラビたちも騒ぎの中心を離れたところから見ていた。
「うわー、ホントに兄やんの言う通りになっちゃったよ……」
美しい黒髪の伯爵令嬢がイケメンの第二王子に婚約破棄を告げられる場面を眺めながら、セミュラミデは大人って怖いと思った。
インクイジターが天界から与えられた情報によると、多くのヒロインの最終目標に必要な出来事が『断罪イベント』というらしい。
「あれがそうなら、好機だ。行くぞ」
「本気であの中に入っていくつもりなの……? 空気読めなさすぎない……?」
カレンはひどく気が進まない様子だったが、ラビの方はノリノリだった。託宣を告げた巫女としては従うしかない。溜息ひとつ、カレンはラビの背中に続いた。
「お、おれの姉さんもあんなふうに捨てられて……っ」
崩れ落ちる伯爵令嬢の姿が亡くなった姉と重なるのか、ウォルターは喉の奥を震わせて唇を噛みしめた。
そんなウォルターに気付き、セミュラミデは足を止めて彼の肩を叩いた。
「だいじょーぶ! お姉さんの無念も、兄やんならきっと晴らしてくれるよ。何しろ、私の敬愛する最強のニキ様もついてるからぁ~」
「ニキ様……? う……うん」
神話に疎いウォルターはセミュラミデの言う神様のことを知らなかったが、きっとすごい神様なのだと思った。
セミュラミデはウォルターの手を引き、カレンたちを追いかけた。




