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「うふふっ。私ってば、今日も可愛い♡」
ユレナ・リリーマイヤーは、鏡に映るピンク色の髪の美少女に溜息をもらした。ファンシーなレースとリボンの編み込まれたドレスは、第二王子からの贈り物だ。
前世より格段の美少女に転生して、ユレナは非常に満足していた。
そう、ユレナ・リリーマイヤーはヒロインだ。
乙女ゲーム『花と光の国のロマンシア』で、五人の美形貴族たちを夢中にさせる美少女なのだ。
王宮にある控え室のひとつで、ユレナは攻略対象たちを待っていた。彼らが、手土産を持って帰ってくるのを。
ドアがノックされ、侍従によって扉が開かれる。入って来たのは案の定、第二王子クリスティンを始めとした攻略対象たちだった。
ユレナはパッと表情を明るくさせ、クリスティン王子に抱きついた。
「クリスティン様っ!」
「待たせてしまって済まない、ユレナ嬢」
「ううん。みんなのこと、信じてたから」
王子の胸から顔を離した後、ユレナは後に続く男たちを見た。
「ダニエルもセイルもロランも、協力してくれてありがとう。……本当は卒業まで頑張らなきゃって思ってたけど、やっぱり辛くって……」
ユレナは何かを思い出しながら、泣きそうになるフリをした。
「礼には及ばない」
「そうそう。この程度、君のためなら朝飯前だよ」
「な……泣くなよ! お前にそんな顔させないために、走り回ってたんだからよ」
オズモンド侯爵令息セイルと、ハーファート侯爵令息ダニエル、そしてジファード伯爵家次男のロランが続けて言った。
「そ、それじゃあ……」
ユレナは神妙な顔を作り、第二王子の方へと視線を戻す。クリスティン王子は力強い笑顔で頷いた。
「ああ。ようやく準備が整った。もう君に悲しい思いはさせないと誓おう」
クリスティン王子が合図すると、セイルが束ねられた書類のいくつかを提示して見せた。
「君を襲った暴漢の自白した調書だ」
「……あの犯人が捕まったの!?」
ユレナは一瞬、動揺した。しかし目の曇った男たちは、その驚きが「怖い思いをしたことを思い出して怯えた」ようにしか映らなかったようだ。
さらに、ダニエルとロランも続く。
「いい報せはまだあるぞ。君が学院で階段から突き落とされた時の目撃者が見付かった。皆、君のために証言してくれるそうだ」
「……ったく。あいつらときたら、折れるまで時間取らせやがって。ユレナのために、さっさと協力しろってんだ」
「ロラン。それは言わない約束だ」
「あー、すまねえ。そうだった。悪い」
ダニエルに言われて頭を掻くロランを見て、ユレナは全てが順調だと受け取ってほくそ笑んだ。
「みんな……! 私のために、ほかの人を説得してくれたのね。みんな、フラウカスティア伯爵家を怖がって助けてくれなかったのに……!」
ふん、とセイルやダニエルが鼻を鳴らす。二人とも、フラウカスティアより格上の侯爵家だ。
「たかが伯爵家など、どうとでもできる」
「周囲が恐れているのは、クリスティン殿下の威光でしかない。そうだろう? 君は何も悪くない」
「で、でも……」
ユレナはあくまで清純派ヒロインの顔で、悲しげに言った。
「ディアドラ様は、クリスティン様の婚約者で……、私なんかが逆らえる人じゃないって分かっているけど……」
怯えるユレナの肩に、クリスティン王子が手を置いて励ます。
「そのことは心配するな。あの女は必ず私が何とかしよう。信じてくれ」
「クリスティン様……」
ユレナはウソ泣きの涙を拭いながら、心の中でガッツポーズをとった。
(やった……! ついにこの時が来たわ! あのシナリオ無視女を始末できる日が!)
しかし、ユレナにも若干の心配事はあった。
相手の悪役令嬢がシナリオ通りに悪事を働かないため、こちらもかなり強引な手段をとっている。本来なら卒業パーティーで行われる断罪イベントを、半年も前倒しで実行しようとしているのだ。
そのために五人の攻略対象たちのイベントを、季節を無視して急ピッチで進めてきた。結果的に攻略対象たちは全員コンプリートできた訳だが。
「……うん。クリスティン様のこと、信じてる」
「よかった。あとは任せてくれ」
第二王子は嬉しそうに顔を綻ばせた。
話が一段落したところで、ユレナは攻略対象が一人足りないことに気が付いた。『花ロマ』の攻略対象は、第二王子を含めて五人だ。
ナイヴィット子爵令息リチャードの姿が見えない。
「そういえばリチャードは、どうしているの?」
「ああ、奴ならすでに会場入りしている。ディアドラに気付かれないよう、エリックや他の協力者と一緒に見張っている手筈だ。逃がさないためにもな」
「そ……そう。よかった」
第二王子は思った以上に用意周到だ。頼もしいところだが、ユレナは心配事をそれとなく零してみた。
「でも、今夜は聖女様のお祝いの日なのに……大丈夫かしら?」
今夜はパーティーはパーティーでも、『花ロマ』シナリオの卒業パーティーではない。
姉妹作のヒロインである聖女が魔物討伐を成功した祝賀パーティーらしい。
「大丈夫さ」
第二王子は、何でもないことのように言った。
「聖女殿なら、ユレナ嬢のことを分かってくれるだろう。むしろ我々は聖女殿の胸を借りるつもりで、あの悪女を懲らしめねばならない」
第二王子の言葉に、ほかの攻略対象たち――セイル、ダニエル、ロランも賛同する。
「殿下の言う通りだ」
「へッ、違いねぇ」
「君が不安になることはないよ。全て殿下と俺たちに任せていればいい」
「みんな……。ありがとう……」
ユレナは少し元気付けられたように笑った。
(……ま、同じヒロインだし? 後でテキトーに挨拶しとけばいっか。何か、変わり者みたいだし)
そのあちら側――『ななダン』のヒロインの噂は、ユレナも聞き及んでいた。
召喚された聖女が、『ななダン』のメインヒーローである第一王子コルネリウスの求婚を断ったという話だ。
(あっちのヒロインは、王子推しじゃないってことよね? 王子をフッたんだから、ハーレムルートもないし……。ってことは、私のクリスティン様が王太子になる可能性もまだあるってことよ! そうなったら、この私が王太子妃よ!? ゆくゆくは、王妃に!? サイッコー! あっちのヒロインさまさまね!)
グランルクセリア王国には数人の王子がいるが、現国王はまだ誰も立太子させていない。第一王子が聖女と結婚できなければ、第二王子クリスティンにも王位を継ぐ可能性が出てくる。
そうなれば、ユレナも笑いが止まらないという訳だ。
(そのためにも、必要ない悪役令嬢には退場してもらわないと……ね)
ユレナの黒い笑みに気が付かないクリスティン王子たちが、ユレナにエスコートの手を差し伸べる。
「さあ、行こうユレナ嬢。聖女殿に倣って、我々も魔女退治だ」
「はーい♪ クリスティン様♡」
勝利を確信し、ユレナは男たちに囲まれてパーティー会場へと向かった。




