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「見て。ディアドラ様よ」
「今日はおひとりかしら。いつもはローゼンベルグ令嬢の傘に隠れておいでだから、浮かない顔ね」
「婚約者のクリスティン様に見限られて、よく学院に来られますこと」
「お可哀想に。私だったら堪えられませんわぁ」
「美しくても、可愛げがなければ殿方に愛想を尽かされても仕方ありませんね」
「しっ。声が大きいですわよ」
王都にある貴族学院にディアドラはこの日、一人で登校していた。
いつもは親友の公爵令嬢ミラフェイナが一緒なのだが、今日は魔の森の討伐へ出発する『光の乙女』リクたちの見送りで午前中いないのだ。
ディアドラ・フラウカスティア。
フラウカスティア伯爵家令嬢で、グランルクセリア王国第二王子クリスティン・ツォルド・グランルクセリアの婚約者だ。
婚約者といっても名ばかりのもので、クリスティン王子の心は今やリリーマイヤー子爵令嬢ユレナに奪われている。
子爵令嬢ユレナ・リリーマイヤー。
天真爛漫で、花のような笑顔が特徴の可愛らしい少女。リリーマイヤー子爵の私生児で、始めは平民育ちと揶揄されていたものの、持ち前の明るさと努力で周囲の人々を次々と魅了していった。その中には、グランルクセリア王国の名だたる貴族の嫡男たちや第二王子も含まれていた。
彼女が転生者であることを、ディアドラは知っている。
何故なら、ディアドラもまた転生者だからだ。
乙女ゲーム『花と光の国のロマンシア』。通称『花ロマ』。
同一制作会社の『光の乙女と七人の伴侶』とは姉妹作品にあたるが、あちらがRPG要素込みのファンタジー色強めなのに対し、こちらの作品は王道の恋愛シミュレーションゲームだ。
舞台は貴族学院か王宮がほとんどで、選択肢によって五人の攻略対象との親愛度が変化し、エンディングはなんと二十通りも存在する。
ディアドラは悪役令嬢として全てのルートでヒロインのお邪魔虫をする。最後には第二王子に婚約破棄されて追放されるのだ。
そして修道院に向かう途中で馬車は盗賊に襲撃され、悪漢たちの手によって殺されるか、陵辱の限りを尽くされた後に奴隷として売り飛ばされるかの二択。
どちらにしても、破滅だ。
破滅すると分かっていて、シナリオ通りに行動する道理があるだろうか。
答えは、ノーだ。
ディアドラは同じく前世の記憶持ちで転生者の友人ミラフェイナと共に、子供の頃からシナリオに抗ってきた。
王子との婚約はミラフェイナ同様、避けることができなかった。
しかしヒロインであるユレナの邪魔をしたことは一度もない。
浮気、婚約破棄、追放されると分かっている相手を好きになれるほど愚かではない。むしろさっさと婚約を解消してシナリオからの解放を願っていた。
教室の手前で、人だかりができていた。
ピンクの髪のヒロイン・リリーマイヤー子爵令嬢ユレナと、その犠牲者の男たちだ。
男たちに囲まれたユレナが涙を拭っている。
さしずめ架空の被害を受けたと言ってディアドラを貶めているのだろう。
(相変わらずのようですね……うん?)
ディアドラは、ある違和感に気付く。
侍らせている男がやたら多いのだ。
第二王子クリスティン。
ハーファート侯爵令息ダニエル。
オズモンド侯爵令息セイル。
ジファード伯爵家次男ロラン。
ナイヴィット子爵令息リチャード。
この五人は『花ロマ』の攻略対象だが、ほかにも三、四人熱心な男がいるようだ。いずれも攻略対象になってもおかしくないほど見目が良い男子生徒だった。
(あんな人たち、ゲームにいたかしら……?)
ディアドラは前世の記憶を辿ってみるも、彼らが『花ロマ』に出てきた記憶はない。
また信奉者を増やしたようだと、ディアドラは溜息を吐く。
シナリオに出てこなくとも、ヒロインには賛同者も多かった。そのうちの一人だろうとディアドラは結論付けた。
「待てディアドラ!」
素通りしようとしたディアドラを、第二王子が呼び止めた。そのまま行かせてはくれないらしい。
「……ごきげんよう。クリスティン様、ユレナ様。何かご用でしょうか?」
「フン。とぼけるつもりか。見損なったぞ」
「私が何か?」
泣いていたユレナはディアドラの顔を見るなり、ビクッと怯えた表情をした。
「あ……。いえ」
口ごもるユレナの代わりに、クリスティン王子が声を荒げた。
「貴様は先日、取り巻きたちと寄ってたかってユレナに暴言を吐いたそうだな。嫉妬に駆られたとはいえ、よくもそんな卑劣な真似を!」
「身に覚えがございませんわ」
ディアドラがぴしゃりと言った。
確かにゲーム内ではそのようなイベントがあったが、ディアドラは極力ユレナには近付かないようにしている。会話すら、なるべくしていない。つまりゲームと同じような出来事が起こっていたとしても、それにディアドラは関わっていない。
「シラを切るつもりか。醜い女だ」
ディアドラは頭が痛くなってきた。
「いいえ、殿下。まず取り巻きたちと暴言を吐いたと仰いますが、その取り巻きとやらはどこにいるのです?」
ディアドラはひとりだ。ミラフェイナのような友人はいても、取り巻きなどはいない。
「フン。姿を隠すのが上手いな」
この男は何を言っているのだろう。第二王子に対して、ディアドラはそんなことを思った。
ユレナの傾倒者たちが、次々と攻撃を始めた。
「か弱いユレナを脅すなど!」
「その時の脅し文句で「教科書のようになりたくなければ」と言ったそうだね。前回、ユレナ嬢の持ち物を破損させたのも君たちということになる」
「ははっ。語るに落ちたな」
「貴族の風上にも置けない下郎が。恥を知れ!」
男たちが唾を飛ばしながらまくし立てるその眼前で、ディアドラは数日前のことを思い起こした。
ユレナの持ち物や教科書がズダズダにされるという、シナリオ通りの事件があった。
ディアドラはやっていないので犯人は別の者か、あるいはユレナの自作自演だろう。
「私ではありませんわ。証拠はあるのですか? ……ユレナ様、私のほかにいたという取り巻きが誰だか教えて下さい。もし知らないところでそのようなことが行われていたとしたら、私からも抗議致しますわ」
「そっ……それは……」
ユレナは目を泳がせる。やっていないディアドラ以外の名前を挙げられないということは、誰からも暴言を吐かれたりする出来事は起きていないということだ。
「まさか名前を知らない訳ではありませんわよね。新学期からもう何ヶ月も経っていますし、親しくない生徒でも名前くらいは……」
「こっ、怖くて言えません!」
小動物のように怯えながらユレナが言った。
やはり狂言か、とディアドラは確信した。怖い集団のボスの名前は言えて、手下の名前は言えないなどということがあるだろうか。そんなはずはないだろう。
「やめろッ! これ以上ユレナを脅すつもりか!」
「……!」
鼻息を荒くした攻略対象の一人が、ディアドラの胸倉を掴んだ。
いっそのこと殴られた方が有利になると思いディアドラは抵抗しなかったが、それはユレナも気付いたらしく止めに入った。
「待って! 私のために暴力はやめて! 私のことならいいの。ディアドラ様の気持ちも……分かるから……」
作られた表情や仕草はあまりにもヒロインらしく、ディアドラは内心「うわぁ」と辟易した。
しかし他の男たちには効果抜群だったようで、攻略対象プラスアルファたちは目をハートにした。
「何を騒いでいる」
しばらくして教師がやって来たことで、ディアドラの胸倉は解放された。
数学と歴史教師のハイド教授だ。
「クラス委員はフラウカスティア令嬢だったか。授業で使う資料を取りに来なさい」
「は……はい」
「他の者たちは教室に入りなさい。着席して私語を慎むように」
クラス委員はゲームではヒロインの役回りだったが、サボってやろうとしないユレナの代わりにディアドラが引き受けたのだ。
しかし表向きには、「目立ちたがりのディアドラがユレナから名誉ある仕事を奪った」ということにされていたが。
これ幸いと、ディアドラは教授に付いて資料室へ向かった。
ユレナは内心歯噛みしていたが、何かを思い付いて笑みを浮かべると、男たちに向かって可愛らしい笑顔で言った。
「クリスティン様。私も手伝ってきます。ディアドラ様も、きっと話せば分かってくれるわ」
「何だって?」
「あの女と二人でなんて危険だ。行くなら俺も……」
「先生もいるから大丈夫よ」
男たちは反対したが、元々クラス委員もユレナの役割だったと主張すると、逆に感動して送り出すのだった。
(ちょっっろ)
ユレナは男たちに背を向け、舌を出した。
更新
転生/転移者・攻略対象等まとめ
【ななダン】
・ヒロイン:リク
・悪役令嬢:ミラフェイナ
・攻略対象1:コルネリウス王子 ※フリました
・攻略対象2:レンブラント
・攻略対象3:アウグスト
・隠しキャラその3:ローゼンベルグ公爵
・モブ王女:エクリュア ※花ロマにも出てくる
【花ロマ】 ←New! ※正式作品名
・ヒロイン:ユレナ
・悪役令嬢:ディアドラ
・攻略対象1:クリスティン王子
・攻略対象2:ダニエル ←New! ※名前
・攻略対象3:セイル ←New! ※名前
・攻略対象4:ロラン ←New! ※名前
・攻略対象5:リチャード ←New! ※名前
・モブ王女:エクリュア
【あるネット小説(作品名未公開)】
・モブ?:シエラ
【不明】
・???:アミ ※作品名も役柄も不明
『花ロマ』のヒロイン・ユレナと、悪役令嬢ディアドラです。
令嬢たちサイドもよろしくお願いします!




