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カンッと乾いた音を立て、彼の手から剣が弾け飛んだ。
弾き飛ばしたのは、リクが握る剣だった。リクはひゅんと剣を振り、その尖端をアウグスト・クレイシンハの喉元に突きつけた。
「そこまで!」
決闘の見届け人である副団長が声を上げ、勝敗が決した。
リクの勝ちだ。副団長の斜め後ろで、騎士団長アダムが顔を手で覆っていた。自慢の息子が目の前で女に負けたのだから、無理もない。
鍛錬場の入口で一部始終を見ていたレンブラントや、ほかの騎士団員たちも呆気に取られていた。
決闘の報せを受け、取るものも取り敢えず駆けつけたミラフェイナが見たものは、飛ばされたアウグストの剣が勢いよく床に落ちるところだった。
「――駄目だな」
彼が溜息交じりに呟くのをリクは聞いた。
討伐にあたり、聖女を前線に出さないと言った騎士たちにリクは反発した。勇者代行を名乗るからには前へ出て戦う必要があるからだ。
「約束通り、私は前線で戦わせてもらう」
「いいや、これでは許可できない」
「……!?」
勝負が付き剣を下ろしたリクの手を、アウグストが掴んだ。父親の騎士団長に似て見上げるほど背が高い彼は、眩しそうにリクを見下ろしていた。
「俺の修行不足は認めよう。だが、君の力はスキル依存だろう。スキルに頼っている限り、使えば魔力や精神力を消耗する。俺が魔族の将なら、時間をかけて物量で君を消耗させ、命を奪おうとするだろう。そうなった時、どうするつもりだ?」
その懸念はリクも考えていたことだった。
リクには上位スキル『武具自在』と『武術自在』がある。どんな武器でも握れば使いこなし、達人クラスに戦えるスキルだ。だがアウグストの言うように、それはスキルの力であってリク自身が体を鍛えたり修練を積み習得したものではない。行使するには代償が必要なのだ。
リクが答えるより先に、アウグストはさらに続けた。
「君は言ったな。『聖女の器』として、回復役や浄化の仕事も引き受けると。ひとつひとつのことはできるのだろう。だが戦いながら全てを同時になど、君の魔力が持つとは思えない」
まだ答えないリクの目を見つめながら、アウグストは強い瞳で宣言した。
「君が引き下がるまで、俺はこの手を放さないぞ」
「勝ったの私なんだけど……」
リクは場外に視線を移し、キラキラした目をしながら見学していたアミの方を見た。すると何故かその横に今朝から姿を見ていなかった公爵令嬢ミラフェイナも合流しており、一緒になって目を輝かせていた。
「すごいよリク! あの騎士さんに勝っちゃうなんて。超カッコイイ!」
「な、何ですの。この萌えスチルは……。『ななダン』をコンプした前世のわたくしでも見たことがないシーンですわっ」
二人は相変わらずのようだ。
リクは気付かれないくらい小さな溜息を吐いてから、秘密を打ち明けるように言った。
「私が無茶できる原因は、あそこにいるわ」
リクの視線の先を確認して、アウグストは微かな嫉妬心を覚えた。リクと一緒に異世界から来た娘のことはアウグストも聞き及んでいる。
「……それはアミ殿のことか?」
「来て」
リクはアウグストを引っ張り、脇で観戦していたアミたちの方へと近付いて行く。手を放さなかろうが、勝ったのはこちらなのだと言わんばかりに。
「あら、こっちへ来ますわ」
「あの騎士さんも一緒だね」
呑気に実況めいたことをしている二人の前へ行くと、アミがアウグストに掴まれたままのリクの手を見て言った。
「手繋いでる。二人とも、もう仲良くなったんだね。あっ、一度戦ったらトモダチ~みたいな?」
アミの言葉に、リクとアウグストは自分の手元を確認した。
「……」
「すっ、すまない。そういうつもりでは」
先に堪えきれなくなったアウグストが、ぱっと手を放した。リクがちらりと見上げると、大きな体に似合わないほど顔を赤くしていた。
あっけなく手が解放されたものの、アウグストの様子を見てミラフェイナが「あらまあ」と何やら邪推している。
「し、しかし。まだあなたを前線に出すことに賛成した訳では!」
「心配しなくても」
と言いながら、リクはアミの後ろに回って彼女の肩に手を置いた。
「アミのサポートスキルがあれば私は……いえ。みんな無敵よ」
「えっ」
全員の視線が、一気にアミに集中した。
「さ、行きましょう」
「ちょっ……」
何の気なしに鍛錬場を後にするリク。騎士たちの視線を受けながら、アミは彼らをあしらうためダシに使われたことに気付き、焦ってリクに続いた。
「またハードル上がったんですけどぉぉ」
嘆きのアミは相変わらずで、そんな彼女にくすりと微笑みかけてリクは言う。
「アミのスキルは最強よ。自信を持って」
「それは絶対言い過ぎだよぉ」
「そんなことないわ」
鍛錬場で言ったことは、単なる方便ではなく本当のことだ。絶対に無効化されない特効付与と彼女の幸運があれば、無敵というのも過言ではないはずだ。
「……おい。あなたは一体、何がしたいのだ……!」
去って行くリクを追いながら、レンブラントも困惑した表情を見せる。
「彼は私たちが勇者代行として動くことに反対した。だから戦っただけ」
「『たち』!?」
巻き込まれて軽く青ざめるアミ。
「私ひとりじゃ無理だけれど、私とアミが合わされば勇者に届く。そのことを証明するわ。ふたりで勇者代理よ」
「うそーん」
逃げられないと悟り、アミがお約束の滝の涙をだばーっと流した。
未だにどこか憮然としているレンブラントに対し、リクが言う。
「お互い、代理同士頑張りましょう」
「代理……同士?」
首を傾げるレンブラント。するとリクの横で、アミがぽんと手を打った。
「あっ、そっか。ラッハさんも聖騎士の弟さんの代理だっけ」
「……!」
リクの言わんとすることをようやく理解したレンブラントは、しばらく言葉を失って二人の背中を見つめていた。
「ところでリク様」
鍛錬場を出た辺りで、リクは今度は公爵令嬢ミラフェイナに詰められることになる。
「あ。ミラさんね、さっき合流したんだよ」
説明するアミに、それは分かっているとリクは心の中で答えた。
腰に手を当てたミラフェイナに諭される。
「いきなりアウグスト様と決闘なさるなんて。わたくし、始めに報せを聞いた時は心臓が止まるかと思いましたのよ?」
「……これには深い理由が」
「いいんですのよ。来てみれば思わぬ萌えスチルをゲットできたうえに、早くもいい雰囲気になられたようで安心しましたわ」
「……。まさか」
「そうですわ! 三人目の攻略対象ですのよ!」
「あー……」
リクは先ほどの赤面したアウグストの顔を思い出し、なるほどと思い至る。
「ちなみにアウグスト様ルートでは、魔の森であの方に助けられたのをきっかけに親愛度が増していきますけれど。討伐出立前に決闘になる展開は初めてですわ」
ミラフェイナは語る。
「お二人が、今朝から騎士団で作戦会議であったことは存じております。それが何故このようなことになったのか、できれば説明して下さると嬉しいですわ!」
目を輝かせるミラフェイナの頭には、『新しいアウグストルート』をもっと詳しく聞きたいという願望でいっぱいのようだった。
「それはちょっと……」
「えーっ、何でですの! わたくしが悪役令嬢だから!?」
「ゲームは関係ない……」
リクが勇者代行として動かなければならない理由は、ほとんどがローゼンベルグ公爵家のためだ。だが、それを令嬢に知らせるのは違うだろう。
当の本人は恋愛ばかりで、そのことに気付かなさそうなのは好都合ではあるが。
(――『攻略対象』? 『アウグスト様ルート』……『ゲーム』……? 一体、何のことだ?)
『聖女の器』であるリクの護衛として後ろを歩きながら、彼女たちの話を聞いていたレンブラントは聞き慣れない単語に首を傾げているのだった。
その後、討伐任務にリクは『光の乙女』兼勇者代行として、前線部隊に配置されることになった。
更新
転生/転移者・攻略対象等まとめ
【ななダン】
・ヒロイン:リク
・悪役令嬢:ミラフェイナ
・攻略対象1:コルネリウス王子 ※フリました
・攻略対象2:レンブラント
・攻略対象3:アウグスト ←New!
・隠しキャラその3:ローゼンベルグ公爵
・モブ王女:エクリュア ※姉妹作にも出てくる
【作品名?】
・ヒロイン:ユレナ
・悪役令嬢:ディアドラ
・攻略対象1:クリスティン王子
・モブ王女:エクリュア
【あるネット小説(作品名未公開)】
・モブ?:シエラ
【不明】
・???:アミ ※作品名も役柄も不明




