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アミを受け取ったミラフェイナは、心配そうにアミの頬を撫でた。
「ああ……、アミ様。揺すっても起きませんわね。回復魔法は後でリク様にお願いするとして……。念のため、わたくしは解呪を試してみますわ」
「簡単な回復魔法なら、魔導具があります」
シエラが手持ちの鞄の中から小さな宝石の付いたアミュレットを取り出した。回復魔法が封じ込めてあるものだ。
「シエラ嬢、ナイスですわ!」
だが、ミラフェイナが初歩の『解呪』を試してもアミが起きる気配はなかった。
続いてシエラの魔導具で回復魔法を施したが、アミが目を覚ますことはなかった。
「ど……どうしましょう。呪いの類いでないなら、やはりリク様の『浄化』が必要かもしれませんわ!」
ミラフェイナは、まだ薬の線を疑っているようだ。シエラは心配そうにアミを見守っている。
処置を見ていたオリヴィアは、やれやれと首を振っていた。
アミが目覚めないことで、ミラフェイナがリクに向けて合図をする。
「リク様! アミ様がお目覚めになりませんわ! 『浄化』が必要かもしれませんの!」
「……!」
ミラフェイナの言葉を聞いたリクは、歯噛みして剣を打ち込む。相手の侯爵――ウルツァイトは、寸分違わずタイミングを合わせて止めに来る。
力が拮抗し、二人は剣を合わせたままギリギリと膠着した。
『浄化』は神職者系のスキルだ。ミラフェイナたちでは、どうにもならないのだろう。
「アミに薬を……!?」
「さあ?」
「……許さない」
リクは剣を押し返し、煙に巻くような態度のウルツァイトを睨み付けて怒濤の追撃を開始した。
「あの子の真心を踏みにじったな!」
「はあ」
リクが詰問しても、相手は生返事をくり返す。
「目的は何?」
「勝手に乗り込んできて、それはこっちが聞きたいですね」
アミの付与性能については、一部の人間しか知らないはずだ。ブレーザー侯爵もグランルクセリアの出身とすれば、どこかから情報が漏れた可能性がない訳ではない。
アミの秘密を知っている本国の魔術師団副団長クライド・ドゥラクロワのことも、リクは信用していない。
「どこでアミのことを?」
「どこで、とは? 彼女とは、今日が初対面ですが」
リクはカマを掛けてみたが、相手は乗ってこなかった。
「あの子を利用しようとしているなら、私が許さない!」
強い一撃を打ち込むが、相手は飄々とそれを受け止め続けた。リクは手数を増やして対抗する。
ウルツァイトは連撃をいなしながら、片手で眼鏡のズレを直した。
「……利用、ね」
視線を感じたリクは、訝しげに顔を上げた。
若き侯爵が、探るようにリクを見ていた。年齢はおそらくリクよりも年下、アミの方に近いだろう。リクは高等部二年に在籍させられているが、実際には二十一歳だ。
「彼女と仲が良いんですね」
「私たちは運命共同体。あの子のことは、私が守る」
今までにリクが敗北したのは、一人だけだ。
最初の『ヒロイン裁判』の日、王宮のパーティー会場にいた巫女の少女。
その時、その巫女少女に付与を行った人物。それが、『星河の巫女』カレン・スィード。彼女は、おそらくアミと同等の付与性能を持つと思われる。
カレンに付与を受けた巫女少女の攻撃を、リクは防ぐことも躱すこともできなかった。スキル『見切り』も通用しなかった。
この先、最も脅威となるとすれば、神殿側でありインクイジターの仲間であるカレン・スィードだけだ。
キン、と鋭い音が鳴り、リクの剣が弾かれた。
今まで打ち込んだ剣撃も全て止められるか、いなされている。リクは『武具自在』『武術自在』で達人級の剣技をくり出しているはずだが、侯爵はそれに付いて来ている。
この相手は、間違いなく強い。
「結構、やりますね」
「……っ」
強い金属音を響かせて侯爵の剣を弾き返すと、リクは一度距離を取り、相手を見据えた。
「アミに手を出したこと、許さない」
カレン以外の相手に負ける訳にはいかない理由が、そこにはあった。
リクは精神力を研ぎ澄まし、剣に強い覇気を篭めた。
『縮地』と『見切り』を発動させ、リクが高速で侯爵の懐に飛び込む。
勝負に出たリクの一閃を受け止められず、ウルツァイトの剣が弾け飛んだ。甲高い音を立てて、ウルツァイトの剣が後方へ落ちて床を滑った。
衝撃で倒れたウルツァイトに、リクは剣を突きつけた。
「……私の勝ちだ」
「はは、悔しがるのは苦手でして」
ウルツァイトはゆっくりと両手を上げ、潔く負けを認めた。
「アミは返してもらう」
「ご自由に」
降参のポーズを続けながら、ウルツァイトが答えた。
リクは肩透かしを食らいながら、『ヒロイン』たちのことを訊ねた。
「どうしてオペラハウスを『ヒロイン』に解放している? ……転生者なの?」
「またその質問ですか。僕はただ、ニムさんに頼まれただけなんですけど」
「ニム……!? それは」
その名前を聞いて質問を重ねようとするリクを、ウルツァイトは片手で制した。
「あの子……、アミさんから事情は聞きましたよ。あなたの強さに免じて、『ヒロイン』と名乗る女の子たちに場所を貸すのはやめにします。あなたみたいな厄介な人が乗り込んでくるのは、もう御免ですからね」
「……」
「何なら、正式な書面に残しましょうか?」
「……いや、いい」
侯爵が思いのほか素直だったため、もうここにいる必要はなさそうだ。
リクはさっさと剣を鞘に戻し、アミのいるソファへと駆けて行った。
リクが離れた後、ウルツァイトは床に膝をつきながら、黙って眼鏡の位置を直していた。




