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悲鳴を上げたのは、ミラフェイナだった。
「ア、アミ様がっ!?」
リクたちが目にしたのは、ぐったりしたアミの姿と、彼女を抱える見知らぬ青年だった。
「まさか、気を失っているのでしょうか?」
驚きで口元を抑えながら、シエラが言った。
リクは剣を握る手に力を篭めながら、青年を睨み付けた。
「アミに何をした?」
「……何も」
ウルツァイトはソファの背もたれにアミを寄り掛からせ、オリヴィアに任せてソファを離れた。
「あの制服は……」
シエラが何か気付いたようだったが、リクにはどうでもよかった。
ソファで意識を失っているアミを見て、静かな怒気を滲ませながらリクが言った。
「アミ……! やっぱり、ひとりで行かせるんじゃなかった。心配した通りになった」
「……へえ。それでよく、来られましたね」
ウルツァイトはアミの仲間たちに弁明する言葉を用意していたが、リクが語った言葉を聞いた瞬間に、それらは消え失せた。
リクは相手の言ったことが理解できなかったが、構わない姿勢を見せた。剣の切っ先を勢いよく相手に向け、確認のため訊ねる。
「その声、さっきの……。あなたがブレーザー侯爵?」
「そうですけど?」
片手で眼鏡を上げながら、ウルツァイトは答えた。
相手の軽薄に見える態度に、リクはまなじりを決した。
「アミを返せ」
ソファで気を失っているアミは、歌姫オリヴィアに抱きかかえられている。その状態をちらりと見てから、ウルツァイトが答えた。
「断る……と言ったら?」
間髪入れず、リクは剣に覇気を篭め、目に見えて殺気を発した。
すぐ後ろにいたミラフェイナやシエラまでもが気圧され、数歩後ずさった。
リクは剣を掲げ、相手を指すことで宣言する。
「抜け。それか代理人を指名して」
「それには及びませんよ」
ウルツァイトは腰のベルトに付けた小型の魔法鞄を開くと、中から一本の剣を取り出した。ダンジョンの中層階でドロップした品だ。
「それじゃあ、決闘ってことでいいんですかね」
「私が勝ったら、アミを解放してもらう」
「僕が勝ったら?」
「……っ!」
リクは唇を噛み、床を蹴って剣の刃を相手に叩き付けた。
しかしウルツァイトは涼しい顔をして、リクの剣を受け止めた。
その一撃で充分だった。
相手の強さを悟ったリクは距離を取り、剣の感触を確かめた。
アムリタ統合学園へ転入した頃のリクのレベルはミラフェイナと同じくLv.31程度だった。今は戦闘実習や訓練などで上がり、Lv.35にはなっている。剣伝いに感じた硬さを鑑みて、同等レベルか少し上かもしれない。
リクはすぐさま相手を見据えたまま、自身に『祝福』を掛けた。これで能力値が多少は上がる。
「へえ。そういえば、あなたって聖女でしたっけ」
「……」
リクは答えず、眠っているアミの方を見た。聖女スキルの『祝福』も、アミの付与性能には敵わない。
「アミ……待っていて」
リクは相手の軽口には取り合わず、握る剣に更なる覇気を篭めて突進した。
「はぁッ」
激しい剣戟が始まると、後方にいたミラフェイナとシエラが動いた。
最初はリクの剣幕に呑まれていたが、今は落ち着きを取り戻していた。
「シエラ嬢! わたくしたちも、参りますわよっ」
「は、はい……!」
シエラはリクを見ながら少し途惑っていたが、ミラフェイナに続いてソファの方へと近付いて行った。
一方、オリヴィアはミラフェイナたちの接近に気付いていたが、戦闘能力を持たないため動くことはなかった。
反撃の素振りがないことに緊張を緩め、ミラフェイナとシエラはソファのそばまで近寄った。
下町では人気のあるオリヴィアの名を、シエラが口にした。
「歌姫オリヴィア・ティアード……」
先ほどオペラハウスの入口で、アミは歌姫と知り合いになったと言っていた。シエラは冷静にそのことを思い出していたが、アミと親しいミラフェイナが先走る。
「アミ様をお放しなさい!」
「ちょっと、誘拐した訳じゃないわよ?」
迫られたオリヴィアは、ぎょっとして言い返した。
ミラフェイナは、ソファの前にあるテーブル上のティーセットを一瞥して言った。
「アミ様をお菓子で釣るなんて、酷すぎますわ! さては、薬を盛ったんですのね!? なんて恐ろしいことを……!」
「く、薬……?」
シエラもティーセットを見て、その可能性があることを認めた。
大げさに案ずるミラフェイナの反応に呆れて、オリヴィアは溜息を吐く。
「何もしてないわよ。……この子を介抱してくれるなら渡すわ」
「当然ですわ!」
ミラフェイナがソファへ駆け寄ると、アミは静かに寝息を立てていた。
アミをミラフェイナに託すと、オリヴィアはゆっくりと離れて行った。




