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「『光の乙女』リク殿と『異界魔術師』アミ殿、公爵家ご令嬢ミラフェイナ殿がおいでになりました」
衛兵が扉を開き、異界人二人と公爵令嬢が中へ通される。
謁見の間には宰相シリングスをはじめ、政府の要職や貴族の重鎮たちが揃っていた。
そこには当然、魔術師団長であるミラフェイナの父ローゼンベルグ公爵もいた。
壇上の玉座からは国王アルベール・ルーセディオ・グランルクセリアが見下ろしており、その隣には体調不良ということになっていた第一王子コルネリウスの姿もあった。
(殿下……!)
第一王子の姿を視認したミラフェイナは思わず顔を逸らした。彼は婚約解消を待たずして『光の乙女』であるリクに求婚したのだ。顔を合わせてどんな表情をすればいいのか分からない。
リクたちは公爵に倣い、玉座の前で膝をつき頭を垂れた。
「面を上げよ」
王の許可を得て顔を上げると、予定通り今後の方針が発表されるようだった。
「『光の乙女』よ。聖女認定式での顛末は宰相から聞いた。これからの活躍に期待している」
声を掛けられたリクは、ゆっくりと国王の顔を仰いだ。
グランルクセリア王はまだ四十代半ばといったところだろうか。婚約者を無下に扱うような男――第一王子との血の繋がりを示す金髪に青い目。果たして賢王か愚王か。見定めるのはこれからだ。
リクはただ「はい」とだけ答えた。
続いて宰相シリングスが進み出て、従者が持って来た書簡を受け取った。
「では『光の乙女』の日程を発表する前に、陛下よりお達しがある」
国王は頷くと、ローゼンベルグ公爵に対して告げた。
「魔術師団長、ローゼンベルグ公爵の任を解く。此度の勇者召喚の儀において、その責を果たせなかったことによる。後任は追って発表する。……残念だよグレゴール」
「……申し開きもございません」
公爵は覚悟していたのか、特に慌てる様子もなく沙汰に従うつもりのようだ。
一方、ミラフェイナの方は違った。真っ青な顔を俯かせている。そのミラフェイナを、王の横から第一王子がニヤついた顔で見下ろしていた。ミラフェイナが怯えていることは明らかだった。
「――待って下さい」
口を挟んだリクと、国王の目が合う。リクは慎重に言葉を継ぐ。
「……発言の許可をもらっても?」
「リク殿! いきなり何を……!」
見咎めようとした宰相を制し、国王が言った。
「よい。許す。この場を遮るからには、余程のことがあるのだろうな?」
「その通りです」
リクは立ち上がり、アミと目配せした。合図を受けたアミも立ち上がる。
「……私とアミは、異世界の神によってこの世界に送り込まれた」
「えっと……。私たちのスキルの鑑定書を見ましたよね? 名前の読めない神様の祝福があったはず」
リクの言葉を補足したアミの説明にも、場の一同は釈然としない様子だった。
皆の疑問を代表してか、シリングス宰相が答えた。
「それは確かに我々も確認しているが……。それが何だというのかね?」
「まだ分からない? この国の勇者召喚の儀に便乗して、『神』が私たちを送り込んだということ」
「それは……どういうことだ!?」
途端に場がざわめき出す。リクは続けた。
「神は勇者ではなく、聖女を求めていた。だから儀式を妨害して私を送り込んだ。そして、その代わりに私には勇者に引けを取らないスキルを与え、さらに足りない分を補えるようにアミを寄越した」
それは完全にリクの作り話だったが、謎の神の祝福や聖女らしからぬスキルがあることは事実だ。頭ごなしに否定することも難しいだろう。
驚嘆の声がさざめく。手応えを確認し、リクはさらに話を詰めていく。
「だから王様、公爵を更迭するのは間違っている」
「…………!!」
膝をついていたローゼンベルグ公爵と、その娘ミラフェイナが同時に目を見張った。
『光の乙女』が、ローゼンベルグ公爵家を庇っているのだ。
「相手が神様なら、誰がやっても勇者召喚は失敗したはず。何の非もない優秀な人間を手放すのはどうだろう。国にとって損失になるとは思いませんか?」
ざわめく一同を黙らせ、国王は頷いて言った。
「なるほど……。そなたの言いたいことは分かった」
「いいえ王様、話はこれで終わりじゃない。……私の今後の日程、聖女用に変更したものなら元の勇者のものに戻して下さい。勇者がやるはずだった討伐などの仕事は、全て私がやります。そして『光の乙女』として聖女……の器にしかできないことも、同時にこなしましょう」
リクは強く宣言し、「アミと一緒にね」と付け加えた。アミは苦笑いしていたが、どちらにしても一緒に行動するのなら同じだ。
「そっ、それではリク様の負担が大きすぎますわ!」
思わずミラフェイナがリクの身を案じて声を上げたが、リクは軽く首を振って「いいんだ」と目で語った。
「……っ」
リクの言わんとすることを慮ったミラフェイナは、それ以上何も言えなかった。
グランルクセリア王は眉間に皺を刻みながら溜息を吐き、玉座にもたれ掛かった。
「『光の乙女』よ、そなたの言う通りだ。グレゴールほどの魔術師人材は、この国にそうはいない。そのうえ、そなたが勇者の代わりをするということだな?」
「むしろ勇者として扱ってくれて構わない……です」
「つまり我が国は事実上、勇者と聖女両方を同時に手に入れたに等しいと」
「そのような成果を実際に出すことで、皆様にご納得頂くことを約束します」
かなり大きく出たリクの顔を、グランルクセリア王は険しい双眸で見つめた。
できることと失うものの大きさを示し、因果を含めるやり方は非常に合理的だ。一人でも多くの人を納得させられる運びに誘導できているはず――と、リクは国王の視線を真っ向から受け止めながら思考を巡らせた。
国王は熟考するように一度瞼を伏せ、そして何度か頷くようにしてから顔を上げた。
「……では、こうしよう。リク殿の実績が評価のできる一定量に達するまで、公爵の解任判断は保留とする」
国王が決定を覆したことに、宰相や貴族の重鎮たちも驚きを隠せない表情だ。
国の長としての判断は申し分ない。何の条件も付けずにただ決定を取り下げるだけでは、勇者を待ち望んでいた者や公爵の失脚が都合のよい勢力などから反感を買いかねない。
あとはリクの働き次第となった。つまりボールはこちら側にあるのだ。




