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「――という訳で、あの曲は劇の脚本がまだ荒削りだった頃に作り始めたんですよ。脚本家が乙女たちの力を……」
おっと、と気付いてウルツァイトは言葉を切った。
「そういえば、あなたはまだ劇を見ていないと言っていましたね。ネタバレになってしまいますかね」
アミは、ふるふると首を振った。
「大丈夫です。もし知ってる物語でも、お芝居は実際に見なければ分からないので」
「そうですか。なるべくネタばらししないように言いますと……。脚本家がクライマックスのシーンの台詞で、表現したいものがうまく描けないと言ってきたんですよ。だから僕は、それなら音で語るしかないと、あの曲を提案したんですよ。あれは、台本で語られない力が……」
喋りすぎそうになったウルツァイトがすんでのところで気付いてアミの顔を改めて見ると、まるで星を映したように瞳が輝いていた。
ウルツァイトは、咳払いをして続ける。
「ええと……。まぁ、そういう訳で。最初は一つの楽器の音から始まり、徐々に別の音が加わっていく構成になった訳です。最後にひとつの旋律に束ねるのも、舞台の物語に合わせました」
「すごい……!」
お伽話を聞いた子供が夢見るように目を輝かせ、アミはウルツァイトの話に聞き入った。
「まぁ、僕にとってあの曲は語られない力の音ではあった訳ですが。それを〝可能性の歌〟と言ったのは、あなたが初めてですよ。アミ……さん」
ウルツァイトが語尾をぼそぼそさせて言うと、アミは裏表なく手放しで喜んだ。
「やったぁ。ありがとうございます。嬉しいです」
「……そうですか」
相変わらず眼鏡を直すフリをしているオーナーの横で、オリヴィアがくすくすと笑った。
「ふふっ。正直で可愛らしい子ね。どうかしら、オーナー。この子に劇を見せてあげてもいいんじゃない?」
オリヴィアの提案に、ウルツァイトはすぐに頷いた。
「そうですね。支配人に言っておいて下さい」
「まあ、良かった! ちょっと待っててね」
オリヴィアは喜び勇むと、アミの肩をポンと叩いてからオーナールームを飛び出して行った。
アミは一瞬何のことか分からずに首を傾げたが、説明はなかった。
かしましいオリヴィアが出て行ってから、しばしのあいだ沈黙が流れた。
「……あ、あの」
急に思い出したように、アミがおずおずと口を開く。
「どうかしましたか?」
「実は……。侯爵様に、お願いがあって……」
「……」
そちらが本題であろうことは、ウルツァイトも薄々は気付いていた。ひとつ溜息を吐き、ウルツァイトは先を促した。
「さっきのお仲間が言っていたことですかね? ……いいですよ。話してみて下さい」
それは交渉してもいいという合図だった。アミは表情を明るくさせ、先に感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます。その……、『ヒロイン』たちのことで相談があって……」
「ああ、彼女たちのことですか。相談というのは?」
アミは何から尋ねていいか分からなかったが、とにかく『ヒロイン』を知っているという点は確認した方がよさそうだろう。
「侯爵様は、どこまでご存知なんですか? その……、『ヒロイン』のこと」
「知っている……とは?」
ウルツァイトは、片眉を跳ね上げた。
「えっと……。転生者、とか」
「テンセイシャ?」
「わ、私とリクが異世界から来たことは……?」
「それなら知っていますよ。グランルクセリアで当初、勇者を召喚するという計画があったことは。手違いで聖女になったと聞いていますが」
「は……はい。それがリクで、私はオマケで……」
アミは言いづらそうに、もじもじしながら話した。ウルツァイトがまた、眼鏡を指で上げた。
「オマケ、ですか……。僕には、そうは思えませんが」
「えっと、えっと。あっ、そうじゃなくて。ここに……このオペラハウスに『ヒロイン』たちが来ているのが、良くなくて。それで……」
「どういうことですか?」
相手の機嫌を損ねるかもしれない内容だ。アミは口がうまい方ではないが、慎重に話を進めた。
「それは……。侯爵様も、グランルクセリア出身なんですよね? あの国で処刑された人や、学園で逮捕された人たちみたいな子がいっぱいいて……。その人たちのことを『ヒロイン』と呼んでいて……」
その単語を反芻しながら、ウルツァイトは少し考えてから言った。
「『ヒロイン』ねぇ。そういえば彼女たち、自分たちのことをそう呼んでいましたね。何かの比喩かと思っていましたけど。裏があるということですか?」
「説明が難しいんですけど……。とにかく逮捕された人たちは、みんな『ヒロイン』だったんです。だから、ここに来ている人たちも何か問題を起こすかもしれなくて……」
「……それで、グランルクセリアの貴族として……とか言っていた訳ですね」
ウルツァイトは、ここへ来て初めてシエラやミラフェイナたちの言っていたことに合点がいった。




