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正面の大扉を抜けると、オペラハウスの中はまるで芸術品のようだった。
壁沿いに並ぶ柱には一つ一つに意匠が施された彫りが装飾され、天井には最高級の絵画が敷き詰められている。
幾つもの魔水晶のシャンデリアが床を照らし、足元で鏡のように反射した光が幻想的な通路を浮かび上がらせていた。
グランルクセリア王国にいた時、アミはリクと共に迎賓館で生活していた。何度も王宮に出入りして絢爛豪華なものにも触れてきた経験があるが、それでもこのオペラハウスの内装は別格だった。
アミは感嘆して、溜息を吐くことしかできない。演劇や演奏を鑑賞する前から、この建物に足を踏み入れた時点でおとぎ話を経験しているような気さえする。
「すごい……」
「ふふっ。中へ入るのは初めて……よね」
「は、はい」
おのぼりさんのようになってしまうアミに優しく微笑み、歌姫オリヴィア・ティアードは「こっちよ」と誘った。
身なりの良い客たちが進んで行く方向とは、別の通路を進むようだ。
あれだけ厳重だった入口の警備も、オリヴィアや支配人たちと一緒なら顔パスであった。
しばらく進むと、螺旋階段が現れた。
そばに警備員と思われる男が、左右に二人立っている。が、表にいた用心棒と違ってアミを見咎める様子はない。
「オーナールームは、この上の最上階よ。私はお茶を用意して来るから、あなたは先に行っておいでなさい」
「え、でも……。それなら、私も……っ」
躊躇するアミに対し、オリヴィアはくすりと微笑った。
「大丈夫よ。ごゆっくりね」
オリヴィアは投げキッスの仕草をしてから手を振ると、支配人と一緒に別の方向へ行ってしまった。
残されたアミは、意を決して螺旋階段を上っていった。
螺旋階段は、途中の二階や三階と思われる場所に幾つか扉があった。それらは固く閉ざされていて、何の出入口かアミには分からなかった。
オリヴィアの言っていた最上階ではないため、アミはそのまま進んだ。
階段を上りきったところは、おそらくは四階か五階に当たる高さだった。間違いなく、最上階だろう。
少し先に見える扉に視線を疾らせると、今までの扉と違って警備員が立っていた。アミは躊躇しかけたが、向こうもこちらに気付いている。引き返す方が変だろう。
アミが恐る恐る近付いて行くと、強面の警備員が横にずれて扉を開けた。
「どうぞ、お嬢様」
「ひえっ」
アミは小動物のようにビクッとしてしまったが、何とかお礼をして扉をくぐった。こちらが来ることは分かっていたのだ、警備員にも連絡が行っていて当然だろう。
アミは自分を落ち着かせるために深呼吸をして、部屋の中を見渡した。
オーナールームの中は、不思議な空間だった。
魔法によるものだろうが、前方の空間には幾つかのホールの映像が映し出されている。オペラハウス内で行われているコンサートや演劇の様子が確認できるのだろう。
部屋の手前にはソファやローテーブル、絨毯など寛げる空間が用意されていた。この部屋だけで全てのホールの催しが観覧できるのではないかとアミは思った。
「すごい……」
アミが進んで行くと、部屋の中央にはグランドピアノが置いてあった。そこに、ひとりの青年が座っていた。
「あ、あの……」
ポーンと和音を響かせた指を離し、青年が振り返る。
無造作に撫で付けただけの金髪に、眼鏡を掛けている。群青色の瞳は気怠げに細められ、アミを興味深そうに見つめていた。
館内放送で聞いた声の印象通り、彼はアミたちと同世代のようだった。
(この人が……?)
ぴったりとした動きやすい上衣にベルト、革のブーツ。上着はロングコートを羽織っている。
アミは彼の着ている衣服に見覚えがあった。アムリタ統合学園で見た記憶がある。制服だ。だが、それが何科なのかは分からない。騎士科やシエラがいる錬金科の男子制服とも違うようだ。
兎にも角にも、もしそうなら相手は侯爵だ。アミはグランルクセリアで教わった礼儀作法を思い出し、威儀を正して挨拶をした。
「初めてお目に掛かります。私の名前は、鳳アミといいます。面会を許可して下さって、ありがとうございます」
「まぁ、いいですよ。別に」
アミが顔を上げると、青年はピアノの方から移動してソファに座った。アミに向かいのソファを促す。お礼を言って、アミは彼の向かいに座った。
「……それで、僕に何の用ですか?」
「あの……。あなたが、あの曲を作った人ですか?」
オペラハウスのオーナーでも侯爵でもなく、曲を作った人かどうかとアミは尋ねた。
アミが握り締めている歌劇のチラシを一瞥して、青年は答えて言った。
「ああ、まあ。そうですね」
すると、アミは目を子供のように輝かせて青年を見つめた。
「あのあの! お名前を聞いても……?」
「……ウルツァイト・ブレーザーです」
別の相手なら「知らないで来たんですか」と突っ込まれてもおかしくない場面ではあったが、何故かアミに対してウルツァイトがその台詞を口にすることはなかった。
何しろ名前を聞いた途端、アミの目はさらに尊敬の念が込められてキラキラと輝き始めたからだ。そんな純粋な瞳の前では、揶揄する気持ちは起こらなかったのかもしれない。
「あの曲が、どうかしたんですか」
「すっごく素敵な曲で! この都市に来た時に、近くの公園で初めて聞いたんですけど」
「ああ……、野外練習ですか。そんなにやっていたんですかね……?」
野外練習は、そうそう頻繁に行われるものではない。たまに息抜きで楽団員やオリヴィアたちが公園に行っていたことを、ウルツァイトは知らなかった。
「始まりから壮大な流れがあって、どこか繊細さがある旋律で、それでもひとつひとつの音が、楽器が束ねられていく節が本当にすごくて……! 私の中で、これは〝可能性の歌〟だなって」
「可能性の歌……。オリヴィアさんもそんなことを言っていましたね」
ウルツァイトは、こめかみの辺りで眼鏡をくいっと上げながら呟いた。
「はい! それで今日、オリヴィアさんの歌のバージョンを聞いて。息が止まるくらい感動しました……!!」
「それは、まあ……。どうも」
眼鏡がずり落ちるのか癖なのか、ウルツァイトは再び指で眼鏡の縁を押し上げた。
そこからのアミは止まらなかった。
曲に対する感想を、旋律の秀逸さや頭に思い浮かんだ情景に至るまで、情熱を持って語った。その曲がどれだけ素晴らしいかを、ひたむきに。
「……私は、まだ劇を見ていないんですけど。こんな素敵な音楽に彩られたお芝居って、どんなのかなって。ずっと想像してて、それが楽しくって」
「…………」
「あっ、ご、ごめんなさい。私ばっかり、ずっと喋ってて……」
相手が無表情で黙っているのに気付き、アミは咄嗟に謝罪した。
ここのアミが単身でオペラハウスに先行してウルツァイトと話すシーンは、
この物語の第一部を書く前から決まっていました。
ウルは第一部がなければ、どうあっても出せない人物でした。
お察しの通り重要人物なのですが、まだまとめを出せません。
もうしばらく本文のみでお付き合い下さい。
実は重要人物なのに、まだまとめが出ていない人が他にもいます。
誰だか分かった人は、感想欄で教えてね!
他にもこういう「決まってた」シーンはあります。
第一部で言えば、ラビ登場シーンはほぼそれです。
ガールズは最初の序章2の「プロローグ1:邂逅ヒロイン」がそれにあたります。
「決まってた」シーンの残り半分くらいはほとんど第二部に詰め込まれているので、
ぜひこの先もお楽しみ頂けますと幸いです。
続きが気になる人は、☆☆☆☆やいいねで応援してね!
▼こちらのイラストのシーンは第二部前半にありますのでお楽しみに。




