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午後に行われた聖女降臨式典は、簡単な宣布式の後にパレードへと切り替わった。
屋根のない豪奢な装飾馬車で王都の市街を行進してまわり、新たに召喚された聖女と相棒の異界魔術師の姿を国民に広く知らしめた。
リクとアミは微笑んで手を振っているだけでよいと言われていたが、それが意外と難しいものだった。
「聖女様!」
「聖女様だ!」
「あのお方が、噂の聖女様?」
「何てお美しいんだ……」
「ああ、この国は救われる……ありがたや」
民衆の中に感涙して目元を拭うお年寄りが何人か見えた時は、リクの作り笑いもさらに引きつっていた。
「……私、まだ聖女じゃないって言われたのにいいんだろうか……」
「リクは実績さえあれば認められるんだからいいじゃない。私なんてもうどうしたらいいの!」
アミの方の噂は、宰相が作り上げた何の根拠もない捏造である。
「聖女様の隣にいるのは誰?」
「一緒に星の国からいらっしゃった魔法使いだってよ」
「この世界にはない魔法が使えるそうだ。それで聖女様と共に魔物をやっつけて下さると」
「何て心強い!」
「この国は安泰だ!」
「むしろ聖女様の盾となって戦って下さるに違いない!」
リクの聖女効果も加わって尾ひれが付きすぎだった。
「……何か私の方めっちゃハードル上がってるしぃぃ」
またしてもだばーっと滝の涙を流すアミに、リクはくすりと微笑った。
「心配しないで。戦闘は私が何とかする」
「リクぅぅう」
涙目で縋りつくアミの顔が面白くて、リクはもうしばらく笑ってしまうのだった。
二人が王宮に戻ってきた時には、身体を動かしてもいないのにヘトヘトだった。
「お二人とも、お疲れさまでした」
心労でグロッキーになっている二人を出迎えたのは、公爵令嬢ミラフェイナだった。
「温かいハーブティーですわ。これをお飲みになって、しばらく休憩なさって下さい」
「ありがとう」
「いい香り~」
穏やかな花の香りがゆるりと広がっている。ミラフェイナの淹れてくれたお茶は、体を温めて緊張を緩める効果があるのだろう。とてもほっとする味だった。
お茶を飲みながら、アミが尋ねた。
「この後は、何があるの?」
「王の謁見の間で、今後のお話をされるはずですわ」
「……」
リクは押し黙って考える仕草をした。リクが何事か考えていることにアミはすぐに気付いたが、リクが何も言わないので様子を見ているようだった。
やがてリクが口を開く。
「……ミラさん」
「は、はひっ!? 何でしょう、リク様?」
突然、名前を呼ばれたミラフェイナは声が裏返った。
「公爵家のご息女って、かなり身分が高いと思うのだけれど」
「え……? ま、まあそう……ですわね」
リクが何を言わんとしているのか、はじめミラフェイナには分からなかった。
「いくら聖女……が相手だからといって、あなたのような人に侍女の真似事をさせるのは何か違う気がする。仕えると言っていたけれど、やっぱりそういうのは……」
「――そ、そのことなのですが……。わたくし、もう明日にはリク様のお側にいられないかもしれません」
「そんな、何で?」
かちゃりと、アミが驚いてティーカップを皿に戻す音がした。リクは公爵令嬢から目を離さなかった。
「どういうこと?」
「それが……」
ミラフェイナが語るには、『光の乙女と七人の伴侶』のストーリーではローゼンベルグ公爵家の没落は必至なのだという。
勇者を召喚しようとして現れたのが聖女であったなら、それは紛れもない失敗なのだ。
ミラフェイナは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「その……。『光の乙女』であるリク様は大聖女で、確かに歓迎される存在なのですけれど……。勇者召喚が失敗したという事実は変わりませんわ。父は召喚を行った魔術師団長として、全責任を負うことになりますの」
「責任なんてそんな……!」
理解できないというように、アミが声を上げる。
「仕方ありませんの。……ゲームのストーリーでは、この件で我が家は没落の一途を辿ります。そしてわたくしの末路は……良くて追放、悪くてリク様暗殺未遂の罪で処刑……ですわ」
必然的に第一王子との婚約も破棄されることになる。
ミラフェイナは俯き、ぎゅっとドレスの裾を掴んだ。
彼女の言うゲームのストーリーをリクは知らないが、穏やかでない単語を聞いては確認するよりほかはない。
「暗殺未遂?」
「い……いえ!」
パッと顔を上げ、ミラフェイナは否定した。
「わたくしはゲームのミラフェイナとは違います! 嫉妬の心も、リク様を害するつもりも微塵もありませんわ! ですが……何も変えられなかったのです。コルネリウス殿下との婚約を何度白紙に戻そうとしても、わたくしにはできなかったのです。ですから……」
その先を、ミラフェイナには言うことができなかった。
もしもゲームの強制力というものがあるとしたら、今までの努力が全て否定されてしまうからだ。
そんなミラフェイナの表情から察して、リクが静かに尋ねた。
「……今も、あなたの知るストーリー通りになっている?」
ミラフェイナはしばらく考えてから、首を振った。
「い……いいえ。リク様の行動はわたくしの知らないものでしたし、もうかなりわたくしの知っているストーリーとはかけ離れてしまっていますわ」
「うーん」
アミが唸り声を出して、ブレスレットの端末を操作した。
「そのゲーム、私たちが知ってればよかったんだけど。今は検索もできないしなぁ」
《ネットワークが見付かりません》
AIイリスが相変わらずの様子で告げる。
「……分かった」
おもむろに、リクが立ち上がった。客間の出入口に向かおうとする。
「ど、どちらへ?」
「行こう。謁見の間へ」
リクは手を伸ばしてミラフェイナの手を取った。
「勇者が来なかったこと。お父さんのせいじゃないと証明すればいい」
「……!?」
そんな方法があるのかとミラフェイナには想像も付かなかったが、絶望に侵されそうな彼女の心には光が差すような瞬間だった。




