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二人には、乙女ゲームについての知識がほとんどない。ミラフェイナやエクリュア王女たちが何のことを言っているのか、さっぱり分からなかった。
リクは子供の頃に、親からもらったクラシックゲームの中に入っていた『ななダン』らしきゲームを遊んだ微かな記憶しかない。
アミに至っては、『ななダン』どころか乙女ゲームに触れた記憶が全くなかった。
ともにグランルクセリア王国を舞台にした乙女ゲームである『ななダン』『花ロマ』組である彼女たちに分からなければ、元よりリクたちに分かることは何もないのである。
「どこで見た……聞いた……? ああっ、前世の記憶と混同して混乱してきたわ!」
「……っ!」
エクリュア王女の呟きを聞いたミラフェイナの脳裏に、前世のシズカ・サクライの記憶が唐突に呼び起こされた。
シズカが大判の書物を手に入れて、鼻歌交じりに狭いワンルームの部屋に帰って来るところだった。
その時のシズカのウキウキした感情が、現在のミラフェイナにも伝わってくる。食事も忘れてベッドに寝転びながら、ページをめくるのだった。
目を見開き、顔を上げたミラフェイナが叫ぶ。
「そうですわ! ファンブックですの!」
「ファンブック……?」
リクとアミは首を傾げるが、前世で『ななダン』をプレイしたことのあるエクリュア王女とディアドラには何か通じるものがあったようだ。
「前世のシズカが公式ファンブックで読んだ記憶がありますの。ゲームプロデューサーのインタビューページで、次回作の構想が語られていましたわ!」
「それだわ!」
エクリュア王女が、ビンゴといってミラフェイナを指す。ディアドラも同じ記憶があったようだ。
「思い出しました! そういえば、ツカサも『ななダン』をプレイしていた時に買っていましたわ」
ツカサというのは、ディアドラが前世で地球人だった時の名前だ。
「どうして忘れていたのかしら……」
エクリュアとミラフェイナたちが三人で分かり合っているなか、リクとアミには何のことか全く分からない。他の令嬢たちも、全員が『ななダン』に詳しい訳ではない。
「ミラ、どういうこと……?」
「何か分かった……?」
リクとアミが恐る恐る聞いてみると、ようやくミラフェイナたちが皆に分かるように説明した。
「……ああ、申し訳ありませんリク様っ。実は、思い出したのですわ。『ななダン』には正式な続編となる作品の構想があったのですわ。そこに出てくるキーワードが、まさに黒いオペラハウスと若き侯爵。ダンジョン、音楽、それからヤンデレ……? あら……? 期待に胸を膨らませたシズカは全裸待機していましたけれど、続編が出る前に制作会社が倒産してしまいましたの。それで記憶が薄かったようですわね」
(何だか不穏な単語があったような……?)
ミラフェイナの解説に、他の令嬢たちが冷や汗を浮かべてリクとアミを見た。よく分かっていない二人は、首を傾げる。
「……つまり続編は作られなかったけど、その侯爵とか領地のダンジョンは実在する……?」
「オペラハウスもあって、音楽も……?」
総括したリクとアミに、ミラフェイナやエクリュア王女たちが強く頷いた。
「つまり最終的に、どういうことだろう……?」
何故かリクがすっとぼけ始めたので、エクリュア王女がバン、と後ろの黒板を片手で叩き付けて言った。お絵描きをしていたミレーヌはチョークを持ったまま動きを止め、涼しい顔をしている。
「とにかく。その黒いオペラハウスのオーナーが、グランルクセリア出身ってことが問題なのよ。今、どういう状況に見えるかしら? 多数の『ヒロイン』たちが、黒いオペラハウスの存在によって匿われているのよ!」
エクリュア王女に続けて、ディアドラが客観的に可能性の高い事実を述べる。
「第三者から見れば、手引きした首謀者はグランルクセリアの『ヒロイン』に見えるでしょうね」
「……!」
主題は、そこだ。リクが思い至り、真剣な表情に変わった。
さらにディアドラが続ける。
「私たち『花ロマ』のヒロインだったユレナ様が退場している以上、現時点で首謀者になり得るのはリクさんたちしかいらっしゃいません」
そこでアミが急に震えだした。
「え 待って。私、関係ある……?」
「関係大アリよ!」
ヒロインなんだから、とエクリュア王女が無情にも突きつける。
「いやいや……。私、ヒロインじゃないし……」
アミがまだ何か言っているが、周りの者は信じないだろう。
確認するように、リクが言った。
「私もアミも、他の『ヒロイン』たちやオペラハウスのことは何も知らない。でも、あの男――インクイジターなら、この件を利用してグランルクセリア繋がりで私やアミを追求する可能性は充分にある……。ということね」
「何で私まで……」
完全にとばっちりを主張するアミが、だばーっと滝の涙を流した。
ようやく結論に至ったことで、エクリュア王女も息をつく。
「そういうこと! 何か手を打つ必要があると思うわ」
「……」
黙り込んで数秒思慮してから、リクが怖いことを言った。
「そのナントカって貴族が邪魔なら、斬ればいいんじゃないだろうか」
数秒間の間が空き、全員がドン引きした。
「ストーップ! いくらなんでも、それはダメ」
さすがにエクリュア王女が止めた。
「殺さない程度に」
「殺さなくてもダメ!」
エクリュア王女のツッコミは的確だった。
「アミを危険に晒すなら、許す訳にはいかない」
「ダメ! 人斬りNOー!!」
エクリュア王女が腕でバツを作ってリクに詰め寄る。そこにイングリッドも加わり、リクを宥め始めた。
「リクさん落ち着いて下さい! まだ、その方が敵と決まった訳じゃ……」
かたやミラフェイナはどちらに味方すれば良いのか判断に迷い、うろたえている。
話が盛り上がってきた頃、アミがぽつりと口を開く。
「でも、その人……侯爵さんは、どうしてオペラハウスを『ヒロイン』の人たちに解放してるんだろう? 場所を貸してるって言ってたけど……。それなら理由を聞いて事情を話して、何とか『ヒロイン』に使わせないように説得するしかないんじゃないかな?」
ここ数時間で最もマトモなことを、アミが言った。
皆が意外そうに注目したので、アミは些か焦ったようにきょとんとした。
「だって、そうじゃないとリクが困って、私も困るし!」
ぐっと拳を握りながらアミが言うと、リクが頷いて宣言した。
「行こう。そいつのところに。エクスにいるなら、オペラハウスに行けば何か分かるかもしれない」
「それしかなさそうですわね……。でしたら、わたくしも参りますわ。『ななダン』の悪役令嬢として……。いいえ、お二人の友人として!」
ミラフェイナが自分の胸に手を当て、名乗りを上げた。
すると、そこにシエラも加わった。
「私も行きます! 姫様やディアドラ様は行けないと思いますから、代わりに私が同行します。同じグランルクセリアの貴族でもありますし」
シエラはエクリュア王女やディアドラと頷き合う。
しかし、リクが遠慮がちに言う。
「いや、今回は危険があるかもしれない。魔力値の高いミラはともかく……」
「大丈夫です。いざという時は、錬金術がありますから」
シエラの意志は固いようで、エクリュア王女たちも止める気配はない。
「……分かった。そこまで言うなら……」
「はい!」
リクが折れると、シエラは花が咲くように微笑んだ。彼女がいると、場が和むのは確かだ。
「――決まりね」
黒いオペラハウスに乗り込むメンバーが決まった。
リク、アミ、ミラフェイナ、そしてシエラだ。
方向性が定まったものの、穏健派の令嬢たちの中にはリクたちを心配する声もあった。
「……本当に皆さんだけで大丈夫でしょうか……?」
テレジアの呟きを拾ったエクリュア王女が、太鼓判を押すように言った。
「大丈夫よぉ。知ってるでしょ? リク・イチジョウは魔の森を開拓した勇者だし、アミ・オオトリも異界魔術の使い手よ。今日だって、アドラシアス・ジョルムンドの闇の精霊を撃退した訳だしね。心配してる間に、敵の首を持って来そうな勢いね」
リクが長らく魔物の領土だった魔の森を開放したことは、半年前に知れ渡っている。
そしてアミの方も、最近マスター魔術師に認められた話は記憶に新しい。
同行するミラフェイナも、グランルクセリア王国の炎の公爵にして魔術師団長であるローゼンベルグの娘だ。『ななダン』の悪役令嬢であり、高い魔力を持っている。
心配するテレジアたちの方を向き、リクとアミが言った。
「その侯爵とやらを引きずり出して、場合によってはオペラハウスを潰す。誰か『ヒロイン』が出てくるかもしれないが……、その時はその時だ」
「悪い『ヒロイン』に協力するのを、やめさせないとね」
『ヒロイン』たちに企みがあるなら、オペラハウスを抑えれば阻止できるはずだ。
それは、この場にいる悪役令嬢たち――『ヒロイン』の横暴に困っている令嬢たちを助けることにも繋がる。誰もリクたちを止める理由はなかった。
「頼もしいです」
「当然ですわ! リク様とアミ様ですもの♡」
シエラの言葉にミラフェイナが強く頷き、何故か誇らしげに語る。
そんなリクたちを眺めながら、エクリュア王女は『フリーダム』として助力を惜しまない。
「とりあえず、ブレーザーへの先触れはこっちで出しておくわ。あとは、あなたたち次第ね」
「分かった」
後日、リクたち四人は商業区で待ち合わせをして、黒いオペラハウスへ向かうこととなった。




