4
こほん、と照れ隠しの咳払いをして、エクリュア王女は続きを語った。
「とにかく。あの大量逮捕以来、どの国の王家も警戒して王族に近付く人間には注意を払っていたと思うわ」
ディアドラが真面目な顔で相槌を打ち、ミレーヌが女の子の絵の隣に男の子の絵を描いて、あいだに分かりやすいハートマークを描いた。つまりヒロインと攻略対象ということだろう。
「当然の結果ですね」
と、シエラが言う。他の令嬢たちも、むべなるかなと頷いている。
「そ。その影響もあって、王子の方も婚約者以外の女性とおおっぴらにイチャつけなくなったんじゃないかしら」
ミレーヌが、ハートマークを描いた男女の絵にバツ印を付けた。
「その証拠に……」
エクリュア王女が視線を飛ばすと、ディアドラが頷いて応じた。
「私たちのクラスに頻繁に来ていた『聖カレ』のヒロイン、チェスター令嬢も最近来ていません」
「そうなのです。最近マリアーネの嫌味を聞いていなくて、逆に不気味なくらいでしたわ」
ディアドラの言葉に、『聖カレ』の悪役令嬢であるテレジアが不安な面持ちで言葉を継ぐ。
貴族科二年生の二人と同じクラスに、『聖カレ』のメインヒーローであるカレイド国王子アルフォンスがいるのだ。
「少し前までは毎日のように、わざわざ神学科からアルフォンス殿下に媚を売りに来ていましてよ。それが最近では、ぱったり見なくなったのです」
テレジアの話では、マリアーネは聖カレイド国の貴族学院では王子たちと同じクラスだったようだ。
しかし聖女だからと、アムリタ統合学園ではマリアーネだけ神学科に入れられた。そこにテレジアは全く関与していないにもかかわらず、逆恨みで悪い噂を流されるなどということがあったという。
執拗にテレジアを悪役に仕立てようという目論見は、今のところ成功していない。
マリアーネが神学科という離れた場所にいることと、貴族科で同じクラスのディアドラが協力して悪い噂を片っ端から払拭しているのも大きいのだろう。悪役令嬢を追い詰めるためにやって来たヒロインからすれば、大きな誤算だったであろう。
「でもあのマリアーネが身を引くなんて、考えられませんわ。何か裏があるということかしら?」
テレジアが鬱屈と質問をぶつけた。
「……こちらも、いいでしょうか?」
その時、魔法魔術科のフレイが挙手をした。テレジアの質問に答える前に、「どうぞ」とエクリュア王女が発言を許可する。
フレイはアンフィトルテに目配せをして頷いた後、発言した。
「最近、イカレヒロイン……。『恋菓子』のキャンディも、教室では大人しくなったような気がしていたわ。『雨ふら』のレインは、何故か休みがちになって……。今日みたいに、アンフィ様は相変わらず命を狙われていますけれど……。何か変だと、私もアンフィ様も感じていました」
フレイの言葉に、アンフィトルテは黙って首肯する。
貴族科、神学科、魔法魔術科。それぞれの場所で皆が皆、ある程度の違和感は覚えていたようだ。
「――何かあるということね」
「一体、何が起こっているの?」
当事者であると告げられたリクそしてアミが、核心へと踏み込んだ。
満を持したように、エクリュア王女が勘所について話し始めた。
「エクスの商業区にある、オペラハウスを知っているわね」
侍女のミレーヌが、黒板に三角屋根の建物を描き始めた。
「それって、あの音楽の……」
呟いたアミが、わずかに目を輝かせた。そんなアミの反応を見たリクの表情が若干険しくなるのを、イングリッドは見た。それにミラフェイナが気付いていないことも。
「エクスで有名な、黒いオペラハウスですわよね。わたくしたち、この都市に来た日に偶然そばまで行きましたわ。公演を観に行ったことは、ありませんけれど……」
はるばるグランルクセリア王国から、リクたちがこの学園都市エクスに到着した日のことだ。
街から聞こえてきた音楽につられて馬車を飛び出したアミが迷子になってしまい、小一時間ほど皆で捜索したという経緯がある。
発見された時、アミは黒いオペラハウスのそばにある公園にいた。そこで練習していた楽団員たちの奏でる音楽に、聴き入っていたのだ。
学園都市エクスの黒いオペラハウスといえば、近隣諸国でも有名な建物である。
黒い三角屋根の巨大な建築物で、多くの人を魅了する演劇や音楽の演奏会などが催されている。
「そのオペラハウスが、どうしたって?」
何か言いたげなアミを制して、リクが尋ねた。
エクリュア王女が神妙な顔をして言う。
「追跡調査で判明したんだけど、どうやら『ヒロイン』たち、ここ最近は毎日のように黒いオペラハウスを訪れているみたいなのよ。それも、攻略対象の王子たちもね。ここまで言えば分かるわね?」
侍女のミレーヌが黒板に描いた三角屋根の建物の前に、小さな棒人間のカップルを何組も作っている。
「……なるほど、考えましたわね」
「ええ。そこなら……」
最初に気付いたのは、高位貴族であるテレジアとアンフィトルテだった。エクリュア王女に代わって、ディアドラが説明した。
「お察しの通り、VIPルームですわ。王侯貴族御用達の観覧席なら、護衛も付いてセキュリティが確保されています。チケットのない部外者も除外できますから、秘匿性も高い空間という訳です。現地で待ち合わせして別々に入れば、単独で催しを観覧しに行っただけと言い訳もできるでしょう。オペラハウス側のスタッフたちを口止めできれば、なお完璧ですわね」
つまり、お忍びの逢い引き場所には最適の場所なのだ。
ディアドラの見解に、エクリュア王女が相槌を打つ。
その時、シエラが挙手をして言った。
「ちょっと待って下さい。公演など、毎日何かしらのイベントがあるとして……。いくら王子たちでも、毎日毎回VIP席のチケットを取るのは経費がかさみすぎるような……」
シエラの指摘は正しい。
国によって規模の差はあれど、王族といえども割り当てられた予算は有限だ。ポケットマネーにも限りがある。数回であれば大勢に影響はないだろう。
しかし婚約者でもない相手に対してそこまで資金を投入して、彼らの本国がそれを見逃すだろうかという疑問が残る。
まさに王族として、エクリュア王女はその可能性を否定した。
「それよ。普通に毎日行くには無理があるわ。そうなると、オペラハウス側が協力しているとしか考えられないわよね。つまり……場所貸しみたいなことをね。そこで黒いオペラハウスのオーナーを当たってみたのよ。何か妙なお金の動きがないか、とかね。そうしたら……」
エクリュア王女は敢えてひと呼吸置き、続けた。
「お金の動きは特に見付からなかったんだけど……。問題が、ひとつあったわ。あそこのオーナーは、ひと昔前からうちの国の貴族だったわ。私も知らなかったんだけど、〝深淵ダンジョン〟がある特殊な領地のブレーザー侯爵。前の当主が最近失脚して、今は若い嫡男が跡を継いだらしいわ。まさかと思ったけど、数年前からこの都市に来ているらしいわ」
「それは変な話ですね。ブレーザー家を継いだ当主が、ダンジョンのある領地を離れるのもそうですけど……。どうして国外の、アシュトーリアのエクスにオペラハウスを所有しているのでしょう?」
同じ国の貴族としての疑問を呈したシエラに、エクリュア王女が答えた。
「それは何とも言えないわね。グランルクセリアの人間だけど、彼やブレーザー家についてはあまり情報がないのよ。ブレーザーが特殊すぎるっていうのもあるけど。うーん、グランルクセリア王なら何か知ってるのかしら……? 今度、聞いてみようかしら……」
「あら? オペラハウスに、ダンジョン……、若き侯爵……。うーん、どこかで聞いたような……」
するとミラフェイナが何やら難しい顔で腕組みをし、ウンウンと唸り始めた。
「ミラ、あなたもですか? 私も何か憶えがあるような、ないような気がしていて……」
ディアドラが、同じく口元に手を当てて考え込む。二人の反応を見たエクリュア王女も、同じだと口にした。
「あなたたちも、そうなのね? 実は、私もなのよ。なーんか見たことあるような気がするのよね~……オペラハウスの設定とか……」
悩み始めるエクリュア王女たちを前にして、リクとアミは顔を見合わせた。
ついに本格的に話題に上りました、黒いオペラハウス。
第二部序章のプロローグ1から、街の音楽という要素をチョイ出ししていました。
アミがいい音楽に惹かれてフラフラと脱走し、ヘイデン家との顔合わせに遅れたというエピソードです。
黒い屋根のオペラハウスとして初めて名前を出したのは、第二部第五章4話でした。
気になる方は、色々と読み返してみて下さると嬉しいです。
また、マリアーネがテレジアに嫌味を言うシーンは本編には出てきていませんが、
リクやイングリッド、カレンたちのいる教室での言動を見れば
悪役令嬢のテレジアにどんな態度を取っていたのかは想像できますね……。
お話変わりまして、ついに逆さはてな男のイラストができあがりましたので
この場を借りて公開させて頂きます。
色付き片眼鏡に描かれた逆疑問符がアタオカなので、よろしくお願いします(笑)
足元に見えているのが地球で、頭上に見えているのが異世界アークヴァルトです。
過去の関連回のあとがき部分にも追加します。
▼トラックでも過労死でも病死でも、その後に狭間の世界でこの男に出会ったら要注意!
うまいこと言って、ヒロインにさせようとしてくるぞ!
うさんくさい言葉には気を付けよう!




