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一方、当のアンフィトルテとフレイたちはまだ不安なようだ。
「でも、フラウカスティア令嬢。いくら影の護衛と言っても、ジョルムンド殿下の闇の精霊を退けられる実力者となると厳しいのでは……? 今回は聖女見習いであるリクさんや全属性の異界魔術師であるアミさんに助けられましたが、さすがにずっと一緒にいられる訳ではないですし……」
普通の騎士や戦士などの護衛では、ジョルムンド王子の闇の精霊には太刀打ちができない。
また、中途半端な魔術師などでも撃退は難しい。国内で対処するのは困難なため、アンフィトルテはアドラス王国を出たのだ。
ディアドラは頷き、大公家と繋がる闇ギルドの人員リストを思い出しながら答えた。
「……そうですね。闇の精霊に対抗するとなると、Lv.4以上の精霊術か退魔系スキル、もしくは光属性が必要です。ギルドの冒険者でいえば、A級以上の使い手ということになりますけれど、幸い優秀な人材はまだご紹介の余地がありますわ」
「本当ですか? それは、是非ともお願いします。護衛報酬は、ニードルクラウド家が保証します」
「う……。うちの領も、お金はないけど命には代えられないわね。何とかします」
フレイが少し顔を引きつらせながら言った。
彼女の故郷であるエバークラウン王国のビターブラッド伯爵領は、『恋菓子』ヒロインである男爵令嬢キャンディの企みにより水源を汚染されている。
そのせいで領民の生活はもとより、農業や医療にも影響が出ていて余裕がないのだ。
「問題ありません。フレイさんの影も、ニードルクラウド家が雇い入れますわ」
「ア、アンフィ様。それは……!」
申し出たアンフィトルテに対し、フレイは申し訳ないと言って遠慮する。しかし、アンフィトルテの意志は固いようだった。
「フレイさんには、今まで幾度となく助けて頂きました。この中では、誰よりも命の恩人です。どうか友人と思って、受けて下さらないかしら?」
「アンフィ様がそこまで言うなら……」
「ありがとう」
フレイはまだ気が引けているようだったが、アンフィトルテは穏やかに微笑んだ。
魔法魔術科でアミやミラフェイナが編入してくるまで、アンフィトルテとフレイは二人でレインたちの嫌がらせに堪えてきたのだ。他の友人たちよりも仲間意識が強くて当然だろう。
二人の絆に感動したアミが、目を輝かせてグッと拳を握り締めた。
「すごい友情だね!」
「うふふ。リク様とアミ様のようですわね」
「そ……そう?」
何故か頬を染め、ミラフェイナが「きゃー」と照れている。アミが振り返ると、リクは隣でグーサインをしていた。
「闇の精霊だなんて……。同じ聖女でも、マリアーネは役に立ちませんのね」
優雅に扇子を広げながら、貴族科のテレジアが皮肉を言った。
彼女たちの作品『聖カレ』のヒロインであるマリアーネも聖女と認められているが、とても聖女とは思えないと言いたいのだろう。
ヒロイン同士は結託していて、互いの横暴には見て見ぬ振りだ。本来、聖女であればもっと正義感があって然るべきであろう。
そんなテレジアの感想を踏まえて、エクリュア王女が所見を述べた。
「他の『ヒロイン』についても、順次対策を練っていかないとだわね。みんな、とりあえず当面は何かあったらすぐに連絡して頂戴。『フリーダム』でできることがあれば、私はもちろんのこと皆でフォローしましょう」
改めて『フリーダム』の方針が告げられると、皆が賛同して頷き、喜んで協力を約束した。
その時、ミレーヌや大公家の侍女たちがティーセットとケーキ類を運んで来た。
皆のテーブルに皿やカトラリーが並べられると、手配したディアドラがエクリュア王女に代わって言った。
「さあ、皆様。お疲れでしょう。ハーブティーと、甘いものをご用意しておりますわ。どうぞ召し上がって下さい」
「わぁ……!」
テーブルに並べられたのは、木苺のタルトやクリームたっぷりの苺ケーキ、甘酸っぱいベリークリームのマカロンなどだった。
爽やかなハーブティーの香りも、心を落ち着けて乾いた身体を潤すようだった。
アミが目をキラキラさせて舌鼓を打つのを、リクはミラフェイナと一緒にほのぼのした表情で眺めた。
「そういえば、姫様。さっきの騒ぎでうやむやになっていましたけれど、今日は何か緊急の招集と仰っていませんでしたか?」
皆が甘味にほっこりして雑談に興じ始めた頃、シエラがエクリュア王女に尋ねた。
エクリュア王女はマカロンを口に入れる寸前で、はたと止まった。
「――忘れてたわ!!」
(忘れてたんかい……)
何人かの令嬢が密かに同じことを思うなか、エクリュア王女は椅子を蹴ってガタリと立ち上がった。
「大変なのよ! 大変なことが判明したのよ!」
大仰な言い方に一部の者は何事かと顔を向けたが、肝心の人物たちは未だにのほほんとお茶を愉しんでいた。
そんな彼女らを、やきもきしたエクリュア王女がビシッと指差した。
「ええい、『ななダン』組ッ。あなたたちに関係のあることよ!」
エクリュア王女が指したのは、リクやミラフェイナたち『ななダン』関係者やアミがいる席の方だった。
「え……?」
リクとアミ、そしてミラフェイナが何のことかと振り向いた。一緒にいたイングリッドは『ななダン』組ではないため、目をぱちくりとさせていた。
「『ななダン』の関係者が、悪事に加担しているかもしれないのよ。そのことで、リク・イチジョウ。そしてアミ・オオトリ。あなたたちが、インクイジターに詰められるかもしれないのよ!」
「……インクイジター?」
リクは鋭い瞳で、静かにその単語を反芻した。
一方、アミの方はインクイジターと聞くと、青ざめてティーフォークを取り落とした。まだ彼に説教されたトラウマが残っているのか、実に分かりやすい。
『ななダン』というのは、言わずと知れた地球の乙女ゲーム『光の乙女と七人の伴侶』のことである。悪役令嬢であるミラフェイナも無関係ではない。
「どういうことですの……?」
「順を追って説明するわね」
エクリュア王女が指示すると、侍女のミレーヌが車輪の付いた移動式黒板を押して上座の皆が見える位置へ運んで来た。
ミレーヌが黒板に女の子の絵を描き始めると、エクリュア王女が話し出した。
「私が持つ王族の情報網と、ディアの旦那様に協力してもらって調査していたのよ。この学園に残っている、『ヒロイン』と思われる女子生徒の実態をね」
「そんなことをしていたのですか?」
驚くシエラの問いに、エクリュア王女は頷いた。
「ええ。あの四十人裁判で『ヒロイン』が退場した作品の悪役令嬢は解放されたけれど、そうじゃない人もまだまだいるでしょう? それに『ヒロイン』がいなくなっても、ブリジットみたいな例もあるし……。いざという時、みんなの力になれるように動向を探っていたのよ」
「スバラシイ……。ありがとうございます」
ブリジットが感動して、目を潤ませながらエクリュアを拝んだりしていた。




