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一件落着して息をつくアミに、リクが声を掛けた。
「……さっきのが、噂のセブンスフィア?」
「う、うん。今はまだ魔力を撃ち出すくらいしかできないんだけどね」
あははと笑うアミに、リクは真摯にゆっくりと首を振る。
「そんなことない。レベル通りの威力じゃなかった。本来は全属性だからってことか……。おそらく、どの属性に対しても有利に働くんじゃないだろうか」
「そ、そうなのかな……」
「たぶんそう」
分析しつつリクが絶賛していると、ミラフェイナも飛んで来て賛同した。
「そうですわ! 全属性特攻ということですのよ!? あり得ませんわ! アミ様はすごいんですのよ! もっと自信をお持ちになって下さいませ~!」
二人に称賛されるが、アミはあまり実感が湧かないようだった。今まで評価が低かったせいもあり、仕方のないことではあった。
一方、護衛の面目丸潰れのレンブラントが、不機嫌さ全開の表情でリクの背後に仁王立ちしていた。
「……いい加減に剣を返せ、『光の乙女』」
「あ。忘れてた」
ホイと軽い感じで、鞘に戻した剣をレンブラントに返すリク。
リクは護衛の神殿騎士から剣を拝借して先行し、アンフィトルテたちの救出に駆けつけていたのだ。
「ごめん。お茶会に剣はいらないと思って、自分のは置いてきてしまったんだ」
「そういう問題ではない……」
さしものレンブラントも、口元をひくつかせた。
何が問題か分からないリクは、レンブラントが怒っている理由が分からなかった。
レンブラントは我慢できずに、人差し指でリクの鎖骨の辺りを指して言う。
「護衛対象が、護衛から剣を奪うんじゃない!」
「それは謝っているだろう。急だったし、友達を助けるために仕方なかったんだ」
「……この勇者聖女は……ッ」
「そうだけど……何?」
まるで夫婦漫才のようなやり取りを久しぶりに見たアミは、半ば感動して喜んだ。
「わあ。この光景、久々だよ!」
「アミ様はヘイデン家に行かれてから、ご覧になっていませんでしたものね」
「うん! いいなぁ~。この雰囲気」
「うふふ……」
レンブラントと口論するリクは、未だにアミやミラフェイナに生暖かい目で見られていることに気付いていなかった。
皆が一息ついたところで、シエラが急ぎ移動を促した。
「皆さん、今のうちに! サロンの建物なら、大公家の力で厳重な結界が張られていますから。エクリュア姫様たちもお待ちですよ」
「うん。また襲ってきたらヤバイよ」
「ああ、急ごう」
今度はリクとアミが皆を先導し、闇の精霊に気を付けながら一同はサロン貸し切りの建物へと急ぐのだった。
「……さて。みんな無事ね」
アシュトーリアの皇族であるシェイドグラム大公家が買い取ったカフェテリアには、大がかりな結界術が施されている。闇の精霊でも簡単には入り込めないだろう。
秘密サロン『フリーダム』オーナーのグランルクセリア王国王女エクリュア・ヴァイス・グランルクセリアが、カフェテリアになだれ込んできた帰還メンバーたちを見渡して安否を確認した。
アンフィトルテたちの救助に向かったリクたちと違い、簡単に動くことができないのが王女という立場のあるエクリュアだ。
同じく、今やアシュトーリア王国の大公と婚約しているディアドラ・フラウカスティア伯爵令嬢も護衛の戦闘侍女二人に止められ、行くことができなかった。
国の要人であるエクリュア王女とディアドラは、こういう時に自ら動くことができない。
そうして戦闘能力を持たない他のメンバー、貴族科のテレジア・ディボード公女とブリジット・ベレスフォード侯爵令嬢らと一緒に、やきもきしながら皆の帰りを待った。
いきなりトラブルで開幕したサロン開催日であったが、結果はイングリッドやリクたちの働きで事なきを得た。
アンフィトルテたちを襲っていた刺客は闇の精霊であり、アンフィトルテが悪役令嬢として登場する乙女ゲーム『闇の王と雨降らしの精霊士』略して『雨ふら』のメインヒーローであるアドラス王国王子ジョルムンドの契約精霊であった。
それもこれも、『雨ふら』ヒロインである子爵令嬢レインの差し金だ。
今まで祖国グランルクセリアにいた頃から『ヒロイン』の横暴を目の当たりにしてきたエクリュア王女は、毎度のことながら怒り心頭であった。
「性悪ヒロインたち、やってくれるじゃないの。うちのメンバーに……」
どうしてくれようかしら、と歯ぎしりしながら呟いたエクリュア王女に、ディアドラが冷静沈着に対抗策を述べた。
「相手も中部列強国のひとつ、アドラスの王子です。闇の精霊に襲われたと訴えても、シラを切られるだけですわ。ニードルクラウド公女とビターブラッド令嬢にも、影の護衛を紹介するように手配致しましょう」
「それがいいと思います!」
ディアドラの案に勢いよく賛成したのは、一年の貴族科でエクリュア王女と同じクラスのブリジットだった。
ブリジットはヒロインが退場した『F彼』の悪役令嬢だったが、スピンオフ作品の18禁版主人公に付きまとわれ辟易していた。
しかしエクリュアの紹介で『フリーダム』に入ってから、鬱屈した生活が一変したらしい。
「ディアドラ様のご紹介で影を付けてから、あの男に尾行されることがめっきりなくなったのです! 後ろめたいのか、教室でも何だかよそよそしい感じで……。おかげさまで、信じられないくらい清々しい日々に……!」
「それは、ようございました」
「感謝しきれません!」
ブリジットが堪えきれずにディアドラの手を握り、何度も何度もお礼を言った。よほど18禁版の男主人公に悩まされていたようだ。
「だいじょーぶよぉ。今度何かしてきたら、私がぶっ飛ばしてやるわよ~」
強気に啖呵を切るエクリュア王女の後ろで、王女の護衛兼侍女のミレーヌがゴホンと咳払いをした。
「……姫様。お言葉遣い」
「あらやだ、ごめんあそばせ~」
王女らしく優雅な言葉に変えたエクリュアだったが、顔が含み笑いをしていたので説得力がなかった。
それを見た、エクリュア王女の幼い頃からの親友であるシエラが「相変わらずですね」と言ってくすくすと笑うのだった。




