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最後に残ったのは、クレハとソフィアだけだった。
このメンバーなら問題ないと判断し、ニムは懐から通信用魔導具の小型水晶玉を取り出した。魔力を通すと、決められた対象へ魔導通信で呼び出しを掛ける。
しばらくすると、反応があった。相手が応答したのだ。水晶玉に浮かび上がったのは、ぼさぼさの金髪に眼鏡を掛けた野暮ったい印象の青年だった。よく見ると、アムリタ統合学園の冒険科の制服を着ている。
『――はい』
「ブレーザーさん? ニム・セキです」
相手は少し途惑う様子を見せた。
『……本当に連絡してくるとは思いませんでした』
「あら、いけなかったかしら?」
『いえ、別に……』
答えつつ照れ顔で頭を掻く青年は、明らかに女性慣れしていない野暮ったさがにじみ出ていた。
ニムとの会話を聞きながら、クレハとソフィアが唖然とした。
(――何あの暗そうな地味眼鏡は!? 誰!? どこのモブ!?)
叫び出したいのを堪えてクレハがソフィアの方を見るが、ソフィアもぶんぶんと首を振る。
少なくとも『ヒロイン』が相手にするようなタイプではない。
「この前言っていたことを覚えているかしら? お友達の女の子たちが、困ったことになってしまって」
『はあ……。頼みごとの件ですか。それって、僕でお役に立てることなんですか?』
相手がボソボソと渋るような返事をしたため、ニムはにっこりと微笑んだ。
「ええ。少し場所を貸してほしいの。空いているホールの貸し出しと……。それから、公演チケットを優遇してもらえると助かるわ。各国の王侯貴族への喧伝効果は、私が保証するわ」
『そういうことですか……』
こちらの目的を察すると、相手側は一時口を噤む。
しばしの沈黙が流れた。
端から聞いていたクレハたちも、これは断られるのではと予想した頃だった。
『……まあ、いいですよ。女の子たちが困っているなら』
相手は眼鏡を指でくいっと上げながら言った。見る者に若干の不快感を与えそうな仕草だ。
「ありがとう」
ニムは満面の笑みでお礼を言う。
隣で聞いていたクレハとソフィアは、思わず心の中でツッコミを入れた。
(いいんかい! じゃあ何で最初の方、嫌そうだったのよ!?)
(何アイツ、うざ……)
訳が分からないクレハとソフィアたちは、微妙な表情で顔を見合わせて首を傾げた。
用件だけを済ませて、ニムは魔導通信を切った。
聞きづらいことでもニムに尋ねることができるのは、腹心であるクレハの特権だ。クレハは一呼吸置いて、自分を落ち着かせてから口を開いた。
「ニム、今のは誰?」
するとニムは穏やかに微笑んで、魔導具の水晶玉をくるくると手の中で回しながら答えた。
「彼は少し前に見付けた人物よ。接触してみたら、案外使えそうだったからキープしておいたの」
「人物……。キャラクターってこと? 攻略対象なの……!? いいえ、まさかね」
クレハはブレーザーと呼ばれた青年のダサくて野暮ったい見た目を思い出し、顔を引きつらせた。
「どっちでもいいけど。それって、どこの!?」
クレハとソフィアは身を乗り出し、前のめりで尋ねた。
どこの、というのは場所を聞いている訳ではない。どの作品のモブか、ということだ。ひいては『ヒロイン』が誰で、悪役令嬢が誰かということまでも意味する。
ニムはゆったりと微笑むと、次の瞬間、背筋が凍り付くような破滅的な瞳で文字通り嗤った。
ニムがその顔をする時は、無敵だ。
おそらく、全て計画されているのだろう。身震いを抑えながら、クレハはニムが答えるのを待った。ソフィアもクレハに倣う。
ニムはもったいぶることもなく、簡潔に答えた。
「ふふっ……。彼は、『ななダン』の登場人物よ。たぶん、ね。攻略対象かまでは分からないわ」
「攻略対象か分からない? ……それって、どういうこと!?」
「これから確かめるところよ」
意味深な言葉を聞いて、クレハは首を傾げた。ニムに分からないことなどあるのだろうかと、深読みしてクレハは呆気に取られた。
その間に、ソフィアが当然のことに気付いていた。
「『ななダン』って、ヒロインは今ウワサのリク・イチジョウの……」
「そう。彼女ともう一人の子は、今のところ私より未来の地球から来た転移者よ。あなたたち転生者は、軒並み2030年以前にまとまっているし。転移者の方が未来から喚ばれているのは、何故かしらね」
「そういえば、そんな話をしていたわね」
「私たちが憶えている地球は2020年代後半だったから、驚きよね」
クレハとソフィアが、前世を思い出しながら呟いた。二人は前世では赤の他人だったが、同時期の地球から転生していたようで話も合った。
ニムが少し考え込むように腕を組み、口元に手を当てて言う。
「私がクォンタムに召喚された時の地球は、2038年だった。それより未来の作品のことは分からない……。『ななダン』は2020年代の作品だけれど、未来でリメイク作や続編ができていないとも限らないわ」
「確か、リク・イチジョウは2052年……、って言ってたわね」
言いながら、クレハがシリアスな表情になる。ニムのアドバンテージを上回る相手がいるというのは、もし仲間でないなら脅威でしかない。
「……じゃあ、もう一人の子は、その続編の『ヒロイン』ということ?」
当然考えられる予測を、ソフィアが口にした。しかし、ニムは断定を避けた。
「それは分からないわ。私のお友達の情報では一条さんも、もう一人の子も乙女ゲームを知らないみたい。滑稽よね」
ふふっ、とニムが昏い微笑を見せた。
クレハとソフィアは、さもありなんという表情で互いに肩を竦めた。
「それで、話を戻すわね。一条さんたちとは、そのうち直接話をしなければと思っていたから、学園都市にいるグランルクセリアの人間を調べていたの。そうしたら、彼を見付けたのよ。さっきのブレーザー君」
「それって……」
クレハは恐ろしいことに気付いた。味方になるかどうか分からない、〝変人〟のヒロインを引き入れると言っている人間が、その作品の「推定登場人物」を先にキープしている――。
それはどういうことか、考えるまでもなかった。
(……それって、リク・イチジョウが仲間にならなかったら……。どんな手を打つつもりなのよ……!)
ぞくりと一瞬悪寒を覚えたクレハは、口が裂けても最後の疑問を言うことはなかった。
クレハたちが全員出て行き、世界に張り巡らせた同盟の窓も閉じられた。
盟主の椅子に座るニムだけが残される。
ひとりになってみると、秘密の談話室は広いものだった。ニムはひとり、溜息を吐く。
「相変わらず、わがままな子たちだわ……」
「――終わったかい?」
唐突に、ニムの背後から声がした。ひとりの男が、ニムのそばに転移術で移動してきたのだ。
暗闇のような黒髪には、ところどころ毒のような紫の色素が滲んでいる。整った顔立ちをしているが、死人のような白い肌が不気味な気配を醸し出している。暗黒の星が輝く瞳も、見る者によっては気色の悪さがあった。
彼が現れると、一種の魔力による威圧が広がる。慣れない者は、居合わせるだけで魔力酔いを起こすだろう。
振り返ったニムが、彼の名を呼ぶ。
「デュラン! 来ていたの!? ……郷国の方は?」
「上々だよ。クォンタム王の命は、握った。あの国はもはや、君のものだ」
彼の名は、デュランザール・デヴァストヘイヴ。
魔導王国クォンタムに存在する魔塔の主であり、地球の乙女ゲーム『終焉のアンブロシアン・マギカ』略して『終マギ』では全てを破壊する魔神の化身として登場する。つまりはラスボスである。
そんなことも、彼は承知していた。
ニムは魔導王国に召喚された数年前、数々の攻略対象とのフラグを全て折った。
そうして当時まだ魔塔の実験体でしかなかったデュランザールを探し出し、ヒロインの力で彼を助け出した。
その後、ニムはデュランザールに全てを話し、そのうえでシナリオを破壊して彼を選んだ。ニムの真心に打たれたデュランザールは、『終マギ』のラスボスとは違う道を進んだ。
今では、彼はニムとの未来のために行動している。
ニムは立ち上がり、彼の方へと歩み寄る。
「何言ってるの……。国なんていらないわ。あなたさえいれば……」
「そう言うと思ったよ。でも、君が遊ぶ庭は必要だろう」
デュランザールはニムの手を取って、その掌に顔を寄せた。
「デュラン……」
二人はしばらくの間、静かに見つめ合うのだった。
やっとフルネーム出てきました、魔塔の主さん。
ニムの最強彼氏です。
初登場は第一部第十八章2話です。
ニムが処刑寸前のユレナに遠隔魔導通信で話しかけたシーンで、少し登場してます。
その時はニムが愛称を呼んだだけで、地の文では魔塔の主としか書かれていませんでした。
よかったら読み返してみて下さいね。
真の初登場・地味ダサ眼鏡ブレーザーくん……。
おめでとう……(察して)
転生/転移者・攻略対象等まとめ
【終マギ】乙女ゲーム
・ヒロイン:ニム 魔導王国クォンタムに召喚された転移者 ヒロイン同盟の盟主
・悪役令嬢:???
・攻略対象:???
・ラスボス:デュランザール 魔塔の主 非攻略対象 ←New!




