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「……本当にこのまま全てを明け渡して、あの子のためになるのか心配なのです」
「全てを明け渡す? 妹君にか?」
「はい。シナリオ通りなら、そうなります。問題は、その後のことです。小説通りの人生になることで、全てを手に入れられると勘違いしてしまったら……。本人にとって良くないことになると思うのです。……でも敵視されている私には、伝えるすべもなく……。一体、どうしたらいいのかと……」
アイラが原作通りの純粋な娘であったなら、このような心配はしていないだろう。
姉のものを何でも欲しがって手に入れてきた娘が、取りあげる相手がいなくなった時にどうなるかは転んでみなければ分からないという話だ。
「自分の退場後まで妹の心配をするとは、見上げた精神だ。ふむ……。そこまで覚悟があるなら、ひとつアドバイスがある」
「はっ、はい!」
イングリッドは、びしっと背筋を伸ばして傾聴した。
「全てを明け渡すと言ったな。その心は立派だが、全てを差し出すには対象が悪い」
「対象が……悪い?」
イングリッドは、きょとんとした。
「そうだ。どうせ全てを差し出す覚悟があるのなら、その対象は神に向けよ。神に全てを明け渡すなら、良い方向へ向かうであろう」
神官が語ったのは、思いもしない言葉だった。
「これは別に、教会に寄付を募っている訳ではないぞ」
「はっ、はい。分かっています。……でも神に明け渡すとは、どうすればいいのでしょう」
「信仰は?」
神聖星教では多数の神々が存在するが、どの神をあがめても根源は同じだという考えがある。
全ての神々に通じる星の海と同じように、どの神々も根源である至高者へと繋がっているのだ。
イングリッドは答えた。信仰するなら、母の想いを継ぎたいと考えていた。
「あっ……。亡くなった母の故郷では、星の龍神様をお祀りしていました……」
まだ幼かった頃、母の生家で母と祖母に連れられて星のお祭りに連れて行ってもらったことがある。星のお祭りは、地域や信仰する神々によって様式が異なる。
イングリッドの記憶の中のお祭りでは、家々の屋根や木の枝、高い場所にキラキラした飾り付けがされて町中が輝いていた。
「星の龍神というと……、星光龍神シリューズ様か」
「はい。その神様です」
神聖星教の龍神信仰宗派の中では、混沌龍神オールドと並ぶ大龍神の一柱だ。
「縁があることが重要だ。母親の縁に従って、シリューズ様にお祈りしてみるといい」
「妹のことも、解決するでしょうか……?」
「それは難しい問題だな。家族とはいえ、当人のことは本人次第でもある」
「本人次第……。そう……ですよね。でも、分かりました……!」
力強く立ち上がったイングリッドは、晴れ晴れとした顔をしていた。仕切り越しに神官にお辞儀をして、お礼を言う。
「私、できることからやってみようと思います」
「幸運を祈る」
「ありがとうざいました」
告解部屋を出ると、イングリッドはその足で祈りの大広間へ向かった。
星十字の前には、街の人々が何人も祈りを捧げていた。イングリッドもそこに混ざり、星十字の下へ行って膝を折った。両手を重ねて、祈りを捧げる。
今日は神官のおかげで母のことを色々と思い出し、寂しくもあるが温かい気持ちになった。
『ヒロイン』だとか悪役令嬢だとかは関係なく、妹のアイラにもこういう気持ちで接しようと思った。
祈りの中、イングリッドは同じように星の龍神様へお祈りしていた美しい母の姿を思い出す。
(――シリューズ様……。お母様のことを、憶えていらっしゃるかしら……)
すると、目を閉じているのに瞼の裏に光が溢れてきた。
そして室内だというのに、さらりと心地よい風がイングリッドの前髪を揺らした。
『ああ、よく憶えているぞ。あれは良き献身者であった』
「えっ?」
ハッと目を開ける。イングリッドは周囲を見回した。教会の中、祈りの間、訪れた街の人々――誰も何も気にしていない様子だった。
『他の者には見えていないし、聞こえてもいないぞ。私や至高者を拠り所とする心がない者にはな』
小さな翼が羽ばたいていた。白い手足に、美しいエメラルドグリーンの鱗が輝いている。頭には黄金の角が生えており、胸には竜の宝石が淡い光を放っていた。そして丸くて大きな無垢なる瞳が、こちらを見下ろしていた。
そこにいたのは、小さな竜の子供だった。とても神々しくも可愛らしいその姿を見た時、イングリッドは理由もなく涙が溢れた。
「……シリューズ様……? で、でも……」
教会には、祈りを捧げている信者が大勢いる。何故、彼らには見えないのだろうか。
イングリッドは、本で読んだことがある。また、神学科の授業でも何度か出てきていた。
――曰く、自分の欲望を叶えるために神に祈る者には、神を悟ることはできないと。
『お前には素質がある。若き献身者よ。……何せ、神や至高者への親愛を理解するには、1カルパでは足りんからな』
壁に設えられた大きな星十字が、高いところで煌めいていた。
美しいドラゴンの翼が、イングリッドの上に降りてきた。イングリッドは涙を拭う暇もなく立ち上がり、両腕で小さな竜の子供を抱き止めた。
「何て可愛いんでしょう。竜の子供なんて、初めて見ました。親御さんはいらっしゃらないのでしょうか?」
『親? ……強いて言うなら、星の海かな』
幼竜は、きょとんとして大きな目をくりくりさせた。そのあまりの可愛さに、イングリッドは「はわわ」と声がもれてしまう。
「あなたは、シリューズ様の御遣いなのですか?」
イングリッドは先ほどから聞こえている声と、この竜の子供が同一であるとは夢にも思わなかった。
『御遣い?』
「違うのですか? ……でも、お声が……」
その時、「ぐうう」と腹の鳴る音がした。竜の子供は、イングリッドの腕の中でぐったりした様子を見せる。
『空腹だ』
「……それは大変です! 他の方に見えないのでは、仕方ありませんね」
イングリッドは袖で目元を拭うと一念発起して幼い竜を抱きかかえ、礼拝堂を後にした。
※カルパ=時間の単位で、宇宙が始まってから終わるまでが1カルパ
やっとこちらのイラストを公開できます!
絵師様にお頼み申す順番を間違えて、かなり前からできてしまったものです。
ちび竜様の可愛さをお収め下さい。
イングリッドと一緒に「はわわ」しましょう。よろしくお願いします。
『愛レゾ』のヒロイン、アイラとイングリッド+ちび竜です
ついでにアイラの顔芸(笑)
アイラが着ている赤い服が、貴族科高等部女子制服になります。
イングリッドはリクと同じ神学科制服です。リクと違って首元閉めてます。
余談ですがリクは個人端末のチョーカーがあるので前開けてる感じですね……。
連続更新日です。
明日も更新します! お楽しみに!!
♥今回のような連続更新のお知らせなど事前に発信していますので、まだの方はぜひブクマよろしくお願いします♥